「大丈夫かな…何か不安だ…」

 俺は沈みゆく夕日を眺めて呟いた
 こういう時、何も出来ない自分が嫌になる

「ボクたちに出来ることは本当に少ないのです
 でも、信じて待っている事も大切なのです…」



 リノライとレン、レグルスの三人が秘密の召喚魔法実験室に入ってから既に三時間
 人数が多いと気が散って魔力を集中出来ないと言うリノライ
 そしてレグルスがいないと魔力が集中出来ないと言うレン
 結果的に二人の意見を取り入れ実験は三人で行われるということになったのだ

 俺とゴールド、そしてカイザルは蚊帳の外の住人となっていた


「…物凄く不安なメンバーだ…絶対何かが起こりそうだ…」

「それは実験チームの事ですか?
 それともここに残っているボクたちの事ですか?」

 両方とも―――とは怖くてちょっと言えない
 レンの引き起こす珍事件も脅威だが、目の前のカイザルもある意味恐ろしい
 何故なら彼はまだ特にボロを出したり他とズレた行動を起こしていないのだ
 ……一気に何かが起こりそうな悪い予感がする……


「あの、カイザルさん…ひとつ聞いてもいいですか?」

 俺は嫌な予感を払拭させるために、あえてカイザルと話をすることにした
 このメンバーならカイザルも口調をあまり気にせずに話せるだろう

「あ…ボク、お茶でも淹れて来ます
 気にせずにお話していて下さい」

 ゴールドは気を遣ってか、会議室から出て行った

「……して、話とは?
 そなたは我の友だ。遠慮はいらぬ…話すが良いぞ」

「あの…もう少し口調を崩してもいいんじゃないんですか?
 ほら、俺とは友達なんだし…俺の前でだけでもリラックスして下さいって」

 俺としても威厳たっぷりで話しかけられると尻込みしてしまう
 ただでさえ今のカイザルは豪華な服装で迫力があるのだ

「む…そうか? うむ、そう言ってもらえると我としても気が楽だな
 ………で、聞きたいこととは何なのだ? 畏まらなくても良い内容なら嬉しいが」

 多少口調が柔らかくなると、声のトーンも少し上がる
 カイザルがほっと一息ついたのは傍目からでもわかった

「……プライベートなことに首を突っ込むようなんですけど
 カイザルさんてその後、リノライさんとはどうなんですか?」

「え」

「いや、何か…リノライさんが物凄く切なそうにしていたんで気になったんですよ」

 ゴールドと無事に恋人同士になったことを知った時…
 リノライの穏やかな笑顔が微かに曇ったのを俺は見逃さなかった
 そして切なそうに羨ましい≠ニ言葉を漏らしたことも

「リノの事をいわれると耳が痛いな…」

 カイザルは少し顔を歪めた
 その表情に、触れてはいけないことを聞いてしまったのかと後悔した
 しかし好奇心には勝てずに俺はそのまま言葉を続ける

「以前見たときは一触即発って感じがしたんで…」

「あぁ…確かにそうだな。事実、既に爆発されて痛い目に遭ったのだ
 あれは本気で物凄く痛かった。久しぶりに泣いたな…それに傷も深かった」

 逆上したリノライに刺されでもしたのだろうか
 それとも――――いや、止めよう…考えるのは

「そ、それじゃあリノライさんとは…?」

「正直言ってジュンが来るまで話すらしていなかったのだ
 リノは気まずくて我と顔を合わせることが出来ぬらしくてな…」

 確かにリノライを発見した時、彼は独りでいた
 特に何をするわけでもなく―――ただ城内の様子を眺めているだけだった

「カイザルさん自身はリノライさんの事をどう思っているんですか」

 それが一番気になるところだ
 彼に対して憎しみを抱いてしまっているのなら修復は難しい

「はっきり言っても良いか?
 ……実は、物凄く腹が立っている」

 まぁ、そりゃそうだろう

「リノが地べたに這い蹲って泣きながら懇願するならば…許してやらんこともないが…
 あぁ、だが…どうせなら許す前に思い切り土足でその頭を踏みつけてやりたい気もするな」

「…………本気で怒ってますね………」

「拷問室送りにしたり去勢しろと言わないあたり、まだ情けをかけてやっているのだが」

「…は…はは…ははは…は……」

 とりあえず俺は笑って誤魔化した
 さすが魔界の王子だ。結構サディストかも知れない
 というか、あるのか…拷問室……

「それに我自身にも多少なりとも負い目はあるのだ
 リノの事を真剣に考えようという気持ちが欠落していたのもまた事実
 我の態度もリノを追い詰めるひとつの要因となったことは否めないだろう…」

「それで、真剣に考えたんですか?」

 ここまで言っておきながら『考えるのイヤだ』とか言われたら救い様がない
 本当に大切なのはここから先なのだ

「我はこの魔界の王子だ。女王の亡き後は王座を継ぎこの地を支配しなければならぬ身…
 当然ながらに跡取りの問題も出てくる。我自身余命幾許も無いからこそ急を要するのだ
 本来ならば既に妻を娶り、この城の王座を継ぐ後継者を儲けていなければならぬ。それはわかるだろう」

 カイザルの余命はあと10年
 今から子供が出来たとしても…跡継ぎが成人するのを彼は見届けることが出来ない
 それに王族と言っても10歳にも満たない子供を王座につかせるわけにはいかない

 良く考えると、実は深刻な問題だ
 ……しかし……

「…答えになっていません。それはカイザル王子≠ニしての考えです
 その中にカイザル≠ニしての本心は含まれているんですか?
 地位や義務の事はこの際、考えないで…純粋に自分を見つめて考えて下さい」

「……そうであったな……」

「自分自身に正直になって答えて下さい。カイザル≠ヘ、リノライさんの事が好きなんですか?」

 ここで嫌い≠ニ言うのなら仕方が無い
 人の気持ち―――特に恋愛感情を操作することは難しいのだ
 しかし王子としての立場と一個人としての感情が衝突して彼を苦しめているのなら……



「……我は……」

 カイザルは今にも泣きそうな顔で俯いていた
 しかしその頬が微かに赤く染まっているのをジュンは見逃さない

 ――――考えるまでも無く、もう答えは出ているのだ


「はい、ストップ。……答えは出ましたね?
 じゃあその答えを俺では無く、リノライさんにちゃんと伝えて下さい
 ……カイザルさんの気の済むまで謝らせた後ででもいいですから……ね?」

「…ジュン…」

「大丈夫です…あなたを死なせはしませんよ
 皆頑張ってるし、絶対に間に合わせて見せますって!!」

 俺は激励の意味も込めてカイザルの背中を叩く
 重厚なマントは柔らかくその衝撃を受け止めた

「……そうだな……信じているぞ、我が友よ」


 ようやく、カイザルにいつもの屈託の無い笑顔が戻った
 きっと近いうちに吉報を聞く事が出来るだろう

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