「これからどうするんだ? 城に帰っても仕方ないだろう?」


 穏やかさを取り戻した船は順調に航海を続けている
 あと数時間で船は予定通り城の領土へ辿り着くだろう


「カイザル様から船員を通じて言伝があったのです
 ボクたちの無事を確認したいそうですから―――このまま城へ戻ります」

 ゴールドは手に持ったビスケットを差し出して俺に銜えさせる
 食欲の無い俺を気遣ってくれているのだ

「ありがとう。……カイザルさんに会うまでに元気になっておかなきゃな…」

 とても王子だとは思えない気さくな青年が懐かしい
 まだ少し幼さを感じるあたり、どこかレンと重なるところがある
 直向きなあの純粋さは決して嫌いではない

「何か懐かしいな…リノライさんも元気にしているだろうか…」

 気苦労の多い魔法使い
 彼がカイザルに激しい愛情を抱いていることは傍目からでもわかる
 カイザル自身もそれをわかってはいるが―――受け入れてはいないという状況が続いていた

「あの二人にも幸せになってもらいたいものだが…」

「…それは難しいでしょうね…カイザル様は王子という立場ですし」

 身分が高いと色々と問題もあるのだろう
 跡継ぎの問題もそのうちのひとつだ
 そして何より―――カイザル自身の余命のことも

「……切ないな……」

「ボクたちに出来ることは、一刻も早く協力者を得ることです…頑張りましょう」

「……ああ」


 船はカイザルの領土に入った
 決して栄えているとも大きいともいえないような粗末なものだ
 狭い土地、少ない人口……でも豊かな自然は今日も命の輝きを見せている
 素朴ながらも美しいこの場所は、まさにカイザル自身のようだ

 レンガ造りの港は小さいながらもアンティークのような豪華さを感じさせる
 まだ少し船の揺れが体に残っている
 それでも暖かい大地の感触が靴底を通じて身体にしみ込む

 港から少し離れたところで、懐かしい顔が手を振っている
 俺たちが今日、辿り着くことを知っていたのだろう、二人して出迎えに来てくれたようだ

 いつもと変わらない無邪気な笑顔
 その姿を見て俺とゴールドは――――食べかけのビスケットを盛大に吹き出した





「ち、ちょっと待って下さい!! な、何でこんな所にいるのですかっ!?」

「うん、大事なことを思い出したんだよ。あはは…驚いた?」









 俺たちの目の前で何でもない事の様に――――レンは笑って見せた
 その隣で少しバツの悪そうなレグルスも苦笑を浮かべている

「……死んだんじゃなかったのか……?」

「いや〜…流石に俺も死んだと思ったね、あれは
 魔女から止めの一撃を食らいそうになって―――でも、何か知らないけど弾き返しちゃったんだ
 至近距離から特大の光弾を食らった魔女はそのまま自滅して粉々になっちゃったよ
 ―――でも、俺はその衝撃で凄く遠くに吹き飛ばされちゃってさ〜…気がついたら海の底で寝てたね」

 にへら〜と笑ってるレンの姿に殺意にも似た怒りを覚える俺を…誰か許してくれ
 だって…あんなに泣いたのに…あんなに…レグルスだって……

 それが、こういうオチかよ!?

 ゴールドも物凄く複雑な表情をしている
 俺もだが―――どういう表情をしたらいいのかわからないのだ

「それでまぁ何故かその衝撃で俺の身体が変わっちゃってさぁ
 海の中で息が出来る時点で既に妙だと思ったんだけど、気がついたら空まで飛んでるし…
 パニックに陥っちゃったんだけど、とりあえず皆に合流しようと思って空から追ったんだよ
 そしたら…俺が近づいたら船が転覆しそうになって…行くに行けなくて…もう、泣きそうになったよ」

 そっか…波があそこまで荒れていたのはレンが尾行していたからか……

「で、レグルスが海に落ちたのを見つけたから…とりあえずそれだけ拾って、船から離れたんだ」

 拾う言うな
 救助と言え、救助と…


「そ、それで…どうしてここにいるのです?」

「うん、何か俺の身体変わっちゃっただろ?
 何となくだけど―――今の俺なら役に立てるんじゃないかって思ってさ
 レグルスに聞いたんだけど…俺って実はちょっと珍しい種族だったんだろ?」

 珍しいどころか……架空の人物とされていたんだが……
 しかも船乗りたちからは死神扱いされていた

「ちょっと待ってて下さい。今、魔石を――――…あ!! 反応してます!!」

 魔石は淡い水色の光を放っていた
 レンが上級の力を持っているという証拠だ

「それにしても…セイレーンですか……
 いえ、そう言われて見れば、妙に納得できますが」

 異常気象を起こす伝説の海の守り神
 確かにレンがそばにいると妙な事故ばかり起こった
 そんな事故に巻き込まれても奇跡的に無傷だったのも、彼自身が守り神だったからだろう


「異常気象を起こしつつも護ってくれる守り神って…本当に…ありがたいのか……?」

 しかも異常なのは気象だけではない
 彼の場合はあらゆるものに異常をもたらす

「……オレとしてはよ、こんなんが海を護ってる時点で――もう世界の半分は終わったと思うんだけどよ」

 いや、それよりも俺としては海の守り神がこんな所にいても許されるのかが気になる……
 海にいなくてもいいのだろうか…いや、むしろいない方が海も荒れなくて良いのかも知れない

「いや〜俺って昔から他の奴とはどこか違うとは思ってたんだけどねぇ…
 まさかセイレーンだとは思わなかったよ……実は俺って天才? あははは」

「天災の間違いだろうが。ったく心配かけさせやがって…この分はしっかり働けよ!?」

 レグルスも以前の元気さを取り戻している
 神になろうが何だろうが、相変わらず二人の喧嘩漫才は健在のようだ

「それにしてもこの翼…物凄く重いんだよ。水の中なら平気なんだけど…どうにかならないかな…」

「ボクでよかったら後で消し方を教えます。……とりあえず今は…お城へ向かいましょう」

「お、お城!? ね、ねぇ…俺たち状況が良くわかってないんだよ
 ちゃんと協力するから…もうちょっと詳しく説明してくれないかな?」

 ……確かに、この二人には具体的なことは何も話していなかった
 まさかこの二人に手伝ってもらうことになるとは想像もしていなかったから当然といえば当然だが

「そうですね……では、その辺の店に入りましょうか
 少し長くなりそうですから何か飲みながら説明しますよ」

「良いのか!? だって、一応機密情報だって…」

「密談に適した店をちゃんと知ってますから」


 ……何で、そんな店を知ってるんだお前……
 あぁ、そういえばこいつも元・スパイだったっけ……

 人は本当に見かけによらない
 目の前には元・スパイの元・使い魔
 隣には守り神と不良のカップル
 そして、彼らから見たら異世界人の俺……

 ……もしかしたら、物凄い集団かもしれない……


 ―――まぁ、今更だけどな……
 俺は咳払いひとつして、気を落ち着ける
 何が起こっても不思議じゃないメンバーだ

 せめて…あまり取り乱さないように…落ち着いて行動しよう……
 そう俺は心に決めると、ゴールドの後をしっかり着いて行く

 まだまだ波乱の予感だ

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