「――――世界が回っている……」


 メルキゼの第一声がそれだった
 ふらふらと頭を抱えながら歩く姿は見る者の心を荒げる

「……二日酔いになっちゃった?」

 だとしたら、調子に乗って飲ませた俺の責任だ
 二日酔いになどなったことの無い俺には彼の苦痛などわからない
 一体どうしたらいいのか―――水でも持ってきたほうがいいのだろうか

「メルキゼ、今日は寝てたほうが良いんじゃないかな
 二日酔いって、頭が痛くて吐き気がするんだろ…?」

「―――いや、そういった症状は無いから私は二日酔いではない」

 じゃあ何でそんなフラフラしているんだ
 どうみても二日酔いだろう

「あのさメルキゼ、別に無理しなくていいからさ…
 俺だって簡単なご飯くらい作れるし、掃除も洗濯も出来るから寝てろよ」

「いや、だから…本当に二日酔いではないのだ」

「じゃあ何?」

「大した事ではないのだが―――少し考事をしていてな…
 だが久しぶりに考え事をしたものだから頭がパンクしそうになって…」

 って事は知恵熱?
 お前はテスト前に一夜漬けして倒れる学生かい

「…何そんなに考えてるんだよ」

「服のデザインを少々な…君の買ってきてくれた布をどう使おうか思案していたのだ
 どれも個性の強い布だから、どれをメインにしようか迷っていてな
 かと言って欲張りすぎて全て使うと派手になるし―――バランスが非常に難しいのだ」

 メルキゼの視線の先には、いつの間にか生地が広げられていた
 そういえば俺、どんな布買ってきたっけ…
 何か最後の方で適当に選んで買って来てしまった様な気がする



「…えーっと…」

 俺はその生地を覗き込む
 何となく深い緑色の布に手を伸ばしてみた
 ―――って、良く見たらこれ迷彩柄じゃん……
 何となく自衛隊を連想させる色彩の布は、どう見てもメルキゼに似合いそうではない
 それに森で生活する彼がこの布の服を着たら―――森と一体化して何処にいるのかわからなくなる事だろう

「これはどんな模様だっけ」

 気を取り直して再び手を伸ばし、水色の布を手にする
 思ったより落ち着いた色合いの布には、何故かサンマの模様が施されている
 魚柄の服を着る猫耳男―――シャレにならない

 俺は緑と水色の布を視界の端へ押しやると、白い布を手に取った

「……こ、これは……!!」

 布は無地だった
 しかし白い布は光の角度によってキラキラと輝く
 ―――何で、よりによって銀ラメ加工された布なんか選んじゃったんだ俺……
 全身銀の光沢を放つ服を着た光り輝くメルキゼを想像して、俺は思わず頭を抱え込む
 ダメだ、これでは売れない演歌歌手方向性を誤ったホストのようになってしまう

「…メルキゼ…」

 何でお前がそこまで悩んでるのか、ようやくわかったよ…
 ごめんな、こんな悪趣味な布ばかり買ってきちゃって
 でも、これだけはわかってくれ―――決して嫌がらせじゃないんだ―――!!


「それでな、これからの季節だと…この布が暖かそうだと思うのだが―――どう思う?」

 メルキゼが手に持っていたのは無地の黒い布だった
 いや、黒というより深い紫なのだろう…光の加減で淡い紫が浮かび上がる、ずっしりと重厚なベルベッド
 自分で選んでおいて何だけど、この中では一番まともな布だ

「―――うん、良いんじゃないかな…」

「そうか、ならこの布をメインにして服を作ろうと思う」

 メルキゼはそう言うと、上機嫌で布を断ち切ってゆく
 この家にはハサミなんて物は無いらしい
 大振りのナイフで器用に布を切っていく様は見事としか言いようが無かった

 自慢じゃないが、俺は雑巾しか縫ったことが無い
 しかもこの家にはミシンも無いのだ
 とてもじゃないが手伝えないと悟った俺は、今日一日家事に撤することを心に決める

「―――じゃあ、俺は何か食べられそうな物を作ってくるよ」

 一応、アウトドア料理は得意だと自負している
 薪を燃やして飯盒炊飯をしたり、炭火でバーベキューするのも慣れている
 キッチンに行ってみると、想像通り薪式だった

 ―――が、ここで問題が一つ
 ここにはライターどころかマッチ一本すら見当たらない
 もしかして火打石を使うのだろうか―――けど、それが一体どんなものなのか…それすらわからない



「…ごめんメルキゼ、火だけつけてくれる?」

「ああ、わかった―――それでは池で魚を獲って来てくれ」

 そう言われて俺は家の裏の池に向かう
 池といっても小さくて浅い
 少し離れた湿地帯から捕まえてきた魚を養殖しているらしい
 寿司屋の生簀のような感じで利用しているようだ

「ここに魚を入れとくだけで勝手に育って増えるんだもんな
 狩に出て肉を手に入れるよりもずっと楽だな―――手掴みで獲れるし」

 俺は手頃な魚を捕まえると逃がさないようにしっかりと掴みながら家に戻る
 所要時間一分の魚獲りだった


 キッチンでは、既に薪が燃え上がっている
 たった1分でどうやったらここまで出来るのだろう

「凄いな〜俺なら30分はかかるよ」

「そうか…? まぁ、これも慣れだからな、コツを掴めば簡単だ」

 確かに食事をする度に火を熾していたら扱いにも慣れてくるだろう
 だとしたら、俺も日本に戻る頃には火熾し名人になっているかも知れない
 俺は魚の内臓を取ると、ぶつ切りにして鍋に放り込む
 魚のおろし方なんて知らないのだ、この際煮物にして誤魔化そうという魂胆だ


 そしてたっぷりと一時間経過―――

 俺は、まさに異世界料理としか言いようのない煮物を前に項垂れていた
 この世のものとは思えない―――というより、食べ物だとは思えない
 恥を忍んでメルキゼに見せ行くと、彼は料理を前に凍りついた

「何と言うか…カーマインらしい料理だ…」

 器に盛り付けられた魚を前にメルキゼは必死に言葉を探している
 しかし泳いだ視線から動揺していることがわかる
 メルキゼは平静を装いながらも、4回ほど針で指を刺した

「…ええと…これがカーマインの国の料理なのだな
 とても怖ろし…いや、珍しいものを作ってくれてありがとう」

 ちょっと本音が出かかった
 まぁ気持ちもわからなくも無いけど…

「―――愛情込めて一生懸命作ったこの一品
 食べ方は鼻をつまんで呼吸を止めて一気に流し込みます
 注意事項として、決して臭いを嗅いだり舌で味わおうとしてはいけません」

 そんなもの食わせるな、と我ながら思う
 けれど折角作ったからには完食して欲しいのだ

 棒読みで一気に捲し立てる
 ちなみに俺は一切の味見はしていない
 料理の皿とスプーンを押し付けられたメルキゼは、ここではない、どこか遠くを見ていた

「……い、いただきます……」

 本当な頂きたくないんだろうなぁ
 あぁ、メルキゼの猫耳がしょんぼりと寝てる…ちょっと可愛い

「ごめんな、邪悪な煮物作っちゃって」

「い、いや、そんなことは無いぞ!?
 この香りも色も形も非常に独創的で―――!!」

 そう言って、メルキゼは一気に魚を食べ始める
 ―――あぁ…メルキゼ…あんた、本物の漢≠セよ―――……!!
 俺には絶対にそんな勇気ありません、まだまだ命が惜しいから
 メルキゼの勇姿に俺は涙を禁じえません

「…見た目ほど味は酷くな―――い、いや、見た目も味も素晴らしいぞ!!」

 …無理して言い直さなくていいから、本当に
 言われてるこっちが切なくなる

「この赤黒いソースと灰紫色の汁が緑に変色した魚と絶妙な味わいで―――」

 怖いから実況しないで下さい――!!
 俺は両手で顔を覆いながら、金輪際料理はしないでおこうと心に固く誓うのだった



 メルキゼが再び裁縫を始めてしまうと、俺はやることが無くなってしまう
 几帳面な彼は俺が起きる前に掃除も洗濯も終わらせてしまっていた

 ……ヒマなのである

 この家には娯楽となるものが何一つなかった
 家にいても暇なら外に行こうかとも思う
 けれど森に散歩に行こうにも、いつまた恐竜と出会うかわからない
 いつもの俺だったらヒマさえ出来たら寝ていたけれど、居候の身でゴロゴロしてばかりもいられないだろう

「…家庭菜園の雑草取りでもしてくるかな…」

 菜園は家の裏だから万が一恐竜に出会ってもすぐ家に駆け込めるし、森の中で迷うことも無い
 …結局、草むしりくらいしか出来ることが無いのであった


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