泉の水で程よく冷えたワインをグラスに注ぐ
 しかし、目の前の大男はそれを口にする以前から全身を真っ赤に染めていた



「…うう…私には到底理解できない世界だ
 私なんてスカートの裾が少し乱れただけで恥ずかしくて…」

 スカートをはいている事自体が恥ずかしいとは思わないのだろうか
 ドレス姿で生活する世界の方が俺には理解できない

「…今時、小学生ですら免疫あるよ…」

 けれどメルキゼは真っ赤になって頭を抱え込んでしまっている
 ―――別に俺は彼に性教育を施しているわけではない

 ただ俺は海≠見たことが無いというメルキゼに海での思い出を語っていたのだ
 海と言えばビーチバレーにスイカ割り、釣りと海水浴と水着の美女――――
 ――と、言ったところでメルキゼから『水着って何?』という質問

 そこで俺は手近な紙に典型的な水着のイラストを描いてやったわけなのだが









「…信じられない…海では皆、そのような姿でいるのか…?」

 メルキゼは俺が描いたイラストですら直視できないでいる
 別に、そんなに刺激的ではない、ごく普通の水着なのだが―――

「こっちの世界ではどうか知らないけど、少なくとも俺の世界では海で水着は定番だよ」

「だ、だって、脚が出ているぞ!?
 腕も腹も―――…ああっ!!
 これ以上は私の口からはとても…!!」



 お前は何処の大 和撫子だ



 猥談をして遊んでやろうと思っていたのに、猥談どころのレベルじゃない
 水着のイラストを前に涙目になって、震えているその姿は哀愁さえ感じる
 真っ赤な全身からは『ぷしゅ〜』と水蒸気の音すら聞こえてきそうだ

 ―――何か、ここまでウブな反応を返されると罪悪感すら込み上げてくるな……

「…わかったから落ち着け、この話は止めてやるから
 ごめんな、お前の純真な心で遊ぼうとした俺が悪かったよ」

 そういって彼の目の前のイラストを片付けてやる
 きっとメルキゼは触ることすら出来ないだろうから

 この歳でここまで純情だなんて――神職に就けるんじゃなかろうか
 あぁでもコスプレしたオカマじゃダメか……



「まぁ、飲め…温くなる前に」

 ぽむぽむと背を叩きながら俺はメルキゼに酒を勧める
 少しアルコールが入れば気分もリラックスできることだろう

「…どんな味がするんだ…?」

 メルキゼはグラスに入った果実酒の匂いを嗅いでいる
 それから恐る恐る舌先で酒を舐め取った

 メルキゼ、お前―――仕草まで猫っぽい
 でもそれをここで言ったら、また沈ませちゃうんだろうな…



「飲めそう?」

「ああ、甘くて美味だ――野苺の味がする」

 そっか…甘党なのか、お前…
 そうと知ってたら土産に飴玉でも買って来てやったのに
 でも森には果物がたくさんあるから、お菓子は必要ないか

「赤いのが苺なら、紫のは葡萄かな…?」

 メルキゼは俺が注ぐと素直にそれを飲む
 ジュースのようにして飲んでいる様子からしてアルコール度数は低いのだろう

「よしメルキゼ、思う存分飲んじゃえよ」

 俺は新入学生にアルハラする先輩の如く、浴びるように酒を飲ませた
 それにしても強いな、こいつ…
 瓶一本空けてるのに、呂律もしっかりしているし
 顔は一応赤くなっているが、水着のイラストを見ていたときの方がずっと赤面していた








 うーん、良い飲み友達が出来たのかもしれない
 俺の周りの奴って、皆揃って下戸ばかりだったからなぁ…

 メルキゼの服が完成したら、二人で飲みに行くのも楽しいかもしれない
 ……って、そういえばメルキゼに買ってきた布、まだ見せてないや
 ついでに魔法書も地図も見せてないけど―――まぁ、いっか…酒飲んでる時くらい現実を忘れても

 メルキゼだって長年苦労してきたんだ
 このくらいの娯楽があったって罪にならないだろう


「そうだよな、メル――――って、あらら…」


 ちょっと目を放した隙にメルキゼは酔い潰れて眠っていた
 テーブルに突っ伏して、微かな寝息を立てている
 初心者にワイン二本空けさせたのは流石に無理があったらしい

「まぁ――最初っから潰れたら介抱するつもりでいたしね
 よっしゃ〜…じゃあ御片付けするかな―――って、そんなに汚れてないけど」

 片付ける物といっても空のワイン瓶とグラスくらいしかない
 瓶を玄関に出してグラスを洗ってしまったら、もう手持ち無沙汰になる

「…えっと…メルキゼはこの部屋で寝てるんだよな…でも、やっぱ背中痛そうだし…」

 俺は足元の固い床に閉口する
 彼は俺が来て以来、この床に毛布一枚で寝ているのだ
 少し考えた後、俺は彼をベッドに寝かせることにした
 やっぱり居候の俺が床に寝たほうが良いだろう

 そう結論付けて、俺は彼を寝室まで引き摺っていこうと試みる―――が


「――――重っ!!」

 大男は外見に比例した体重の持ち主だった
 重い―――もの凄く重たいっ!!

「うう…何だよこの身長差は…こいつ、絶対2メートルはあるよ…
 ってことは体重もきっと―――うわ…想像するの止めよう…辛さが倍増するし」

 一体何を食ったらこんなに成長するのだろう
 それともこの世界でも東洋人と西洋人の体格の差は存在するのだろうか…

「くそ〜…どうせ俺は黄色人種だよ…」

 メルキゼに理不尽な八つ当たりをしつつ、俺は何とか彼を運ぶ
 やっと彼をベッドの寝かせた頃には体力の限界が来ていた

「…ぐわぁ〜疲れた…」

 その場にぐったりと倒れる
 …あぁ、もういいや―――俺もここで寝ちゃえ

 上着を脱ぐと、ベッドの僅かに開いたスペースに横たわる
 そういえばメルキゼを着替えさせなくていいのだろうか…


 きっとその辺を探せばパジャマくらいあるだろう
 でもネグリジェが出てきたら、ちょっと怖い……

 ――止めておこう、スカートの裾が乱れただけで恥ずかしがる奴だ
 これで服を脱がされた上に着替えさせられたとなると憤死しかねない

 俺はそう結論付けると最後の力を振り絞って乱れた彼の襟元を正してやる
 それから捲れたスカートも直してやった

 そこまでした所で、いよいよ力尽き、そのままベッドに沈む

「……お休み……」


 俺は翌朝メルキゼが二日酔いにならないように祈りつつ、眠りについた


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