「髪が赤紫だから―――暖色系だとケバくなるよな…黄色は膨張色だし…」

 俺は、山積みの布を前に唸り声を上げていた
 村にたどり着いてすぐに見つけた仕立て屋で、生地を見させてもらっているのはいいのだが―――
 とにかく、量が多いのだ
 種類が豊富なのはいいが、どれが似合うのかがわからない

「水色のドレス着てたよな…やっぱり寒色系が似合うのかな…うーん…
 でも白とか黒の服も落ち着いた感じでいいかも…でも、やっぱり本人がいないと難しいな」

 年齢的に考えてシックな感じにした方が良いのかも知れない
 ―――彼が何歳なのかはわからないが、たぶん30歳くらいだろう

「ベージュとか焦げ茶色もダンディかな…いや、まだそこまで歳じゃないか」

 ひたすら悩みまくっている俺に、店員が助け舟を出す

「お客様、どのような生地をお探しですか?」

 いかにも村娘≠ニいった感じの少女がこの仕立て屋の店員だ
 継ぎ接ぎだらけのエプロンドレスに三角巾の金髪碧眼の村娘



 どう見ても、この村が日本上にあるとは思えない
 文明の発展レベルからしても違うのだ

「本当に、何処の世界だよここは…」

 日本で無いことは確かだ
 けれど、ヨーロッパなどの外国でもないのだ
 外国だとしたら言葉が通じる筈が無い

 それに見たことも無い動植物があふれ返っている
 やっぱりここは俺の知っている世界ではないのだろう

「うーん…ゲーム的に言うと、世界を救うために召喚された勇者って所かな…」

 けれど、自分の場合は目的が何かわからない
 さらわれた姫の噂も邪悪な魔王の話も聞こえてこない
 精々出来ることといえば、こうして村にお使いに行くことぐらいだった



「あの、お客様?」

「あっ…すみません、物思いに耽ってまして」

「ふふふっ、恋人にドレスでもプレゼントなさるんですか?
 男性の方がここまで真剣に贈り物用の生地を選ぶなんて…大切な人なのね
 ステキなドレスをプレゼントしたら、きっとどんな女性も貴方にドキドキしてしまうわ」

 ―――ここでドレスを持って帰ったら、最大級の嫌がらせだろうな……

「最近では裾の短いミニドレスも流行なんですよ
 脚が綺麗に見えて可愛さとセクシーさが絶妙なんです」







 きっとメルキゼはセクシーさなんて望んで無いだろう
 今の彼に必要なのは男物の服だけだ
 ミニドレスなんて、もってのほか!!
 普段のドレス姿だけでも恐ろしいのに、これで足まで出されたら…殺傷力絶大
 俺は赤紫色のスネ毛が生えた男の脚なんて見たくない
 それなのに想像力の逞しい俺の頭には、しっかりとその姿が浮かんでいる

「シックな生地でしたら胸元を大きく開けたデザインもステキですよ
 ボディラインに沿ったデザインにして、深めのスリットを入れれば―――」

「……止めて下さい…お願いですから……」

 これ以上俺に脳細胞を壊滅させるような想像をさせないでくれ
 ああ…彼女のせいで世にも恐ろしいモノを想像してしまうじゃないか!!
 俺の頭の中に阿鼻叫喚地獄絵図レベルの恐ろしい世界がぁ―――!!

「あら、子供には刺激が強すぎたかしら?」

 西洋人から見れば幼く見えるでしょうが俺はもう成人してます…
 ついでに言わせて貰えば……大人でもキツいです……この想像は……

「……あの、この辺の布下さい……」

 何かもう選ぶ気力もなくなった
 俺は適当に布を選ぶと、店員に貨幣を渡して店を出る
 店員はぐったりした俺に追い討ちをかけるように頼んでもいないエールを送る

「お兄さん、恋人と末永く御幸せにね〜」


 ―――絶対に恋人じゃないです――――…!!
 俺は言い返す力も尽きて、力なく歩き始めた

「…つ…疲れた…精神的に…」

 ずっしりと重い生地も疲労感を増幅させる
 けれど、後は本と地図を買うだけだ
 買うものを買ってしまえば、後は自由に村を見て歩ける



「―――ここが本屋…魔法書なんてあるのかな…いや、あるんだろうな――…この世界なら」

 小さな村には店が本当に少ない
 少し歩くだけで簡単に本屋は見つかった
 ヒビが入った土壁は村の建物の共通点らしい

「あの、すみません――地図と魔法書、ありますか?」

 俺は店の主であろう老婆に尋ねてみる
 魔法書なんてどんなものかわからない―――聞いてみるのが一番だ

「――お若いの、見慣れん顔じゃねぇ…隣町の子かね?
 こんな辺鄙な村にまでお使いにくるとは何て偉い子じゃろう…
 まったく…孫にも見習わせてやりたいよ、この婆の孫ときたらねぇ…」

 何か、とてつもなく話が長くなりそうだ
 年寄りの昔話は果てることを知らない
 何たって、歳の数だけ話題も豊富なのだ

「…あ、あの…魔法書と地図……」

「おぉ…そうじゃった、すまんの…歳をとると話が長くなって…この間も孫に言われてねぇ…」

 ―――って、やっぱり御孫さんの話題のオンパレード!?
 いや、孫の自慢話をしたいのはわかりますけど…俺はこれから山登りが…!!
 森の入り口ではメルキゼも、ずっと俺の帰りを待ってるだろうし―――

「…あの…早く魔法書と地図下さい…」

「はいはい、これじゃよ…魔法書と地図ね…銀貨二枚じゃ」

 俺はようやく受け取った本と地図を買い物袋に入れると、銀色の硬貨を二枚手渡した
 この村の買い物って―――疲れる……あぁ、スーパーマーケットが恋しい…
 店員との会話が楽しめるのは良いが、それも内容による

 それにしても、かなり時間が経ってしまった
 これでは村を見てまわる余裕は無さそうだ
 きっとメルキゼも心配しているだろう

「――お若いの、こんな婆の話を聞いてくれて有難うね…
 わしの孫も生きてさえいれば丁度、お前さんと同じくらいじゃ
 どうしても孫と姿を重ねてしまって…そうしたら話が止まらなくてねぇ…」

 そう言って鼻を啜る老婆
 ―――か、帰り辛い…っ…!!
 必殺・お婆ちゃんの悲しい話攻撃は強烈だ

「……あの……」

「あぁ、ごめんね…ちょっと重いけど、これを持ってお行き
 長々と話を聞いてくれたお礼だよ―――また、来ておくれね」

 俺は老婆から果実酒の入った籠を受け取ると、後ろ髪引かれる思いで店を出た
 本屋の店主は、俺が店を出てもずっと手を振り続けている
 その淋しそうな姿が一瞬だけメルキゼと重なって見えた
 …世の中には、淋しい人たちで一杯だ








「――カーマイン!!
 あぁ…遅かったから心配した
 でも無事に戻ってこれてよかった…!!」

 メルキゼは森の入り口で隠れるようにして俺を待っていた
 何だか捨てられた猫のような姿だ
 けれど俺の姿を見た途端に飛びつかんばかりの勢いで走ってくる

「ごめんな、ちょっとお店の人と話し込んじゃって…
 でもお土産が出来たんだ―――ほら、ワインだよ
 本屋のお婆さんに貰ったんだけど、メルキゼってお酒飲める?」

 ワイングラスを傾けている姿なんか、ちょっと似合いそうだ
 オンザロックのウイスキーを持ったりしても良いかも知れない―――が

「……酒は…飲んだことが無い」

「ありゃ☆」

 予想外の答えだ
 森で生活しているのだから、葡萄酒ぐらい飲んでると思ったのに

「そっか―――じゃあ、帰ったら飲んでみような」

「…酒癖が悪くなければ良いが…」

「あーいるよな、暴れ出したり脱いだりキスしたりする奴」

 酒に強い俺には理解出来ない
 まぁ、たとえメルキゼが悪酔いしても俺は酔い潰れないから大丈夫か
 いざとなったら今度は俺が介抱してやれば良いだけの事だ

「―――ぬ、脱……き、きっ…キス―――って、わ、私は、そっ…そんな事…!!」

「あー…大丈夫大丈夫、特殊な例だから」

 真っ赤になってるメルキゼは湯気でも出そうな勢いだ
 あ――…指先まで茹蛸と化してるよ……
 そういえば恋人も友達もいなかったんだから、当然そういう話もしたことなくて―――

「…免疫無いんだな…その歳で…」

 そうとなると―――悪戯心が湧いてくるのが人間の性だ
 ちょっとだけ彼で遊んでみるのも良いかも知れない
 よし、今夜酒の席で、ちょっとイケナイ話でも語ってやろう
 長年による同人女との付き合いで、そっち方面の話題も豊富だし―――

「か、カーマイン…何がそんなに嬉しそうなのだ…?」


 脅えた様子で俺を見つめるメルキゼを宥めつつ、俺は足取りも軽く山道を進んだのだった



小説メニューへ戻る 前ページへ 次ページへ