「―――まだ、船は来てないな」


 日も沈みかけた頃、俺たちはようやく海岸へと辿り着いた
 周囲は見渡す限りの白い砂浜
 久しぶりに見る空は茜にしっとりと染まっている

 少し肌寒い潮風が歩き疲れた身体に心地よく染み渡る


「う〜ん!! やっぱり潮風は気持ち良いよね〜故郷を思い出すよ」

 レンは嬉しそうに波打ち際で寛いでいる
 レグルスはそんなレンを幸せそうに眺めながら、汗に濡れた頬を拭っていた

「世話んなったな…結局オレたちは何も役に立てなかったけどよ、いつかまた逢った時には恩返しするぜ」

「ありがとうなのです。――――船が来たらお別れですけど…必ず、また逢いましょう」

 ゴールドとレグルスは妙に仲が良くなっていた
 この二人が何処で意気投合したのか俺にはわからないが

「二人とも、どうもありがとう……また逢おうね、絶対。約束だよ
 …って、何か湿っぽくなっちゃって嫌だなぁ〜まだ船も来てないのにねぇ」

 レンは相変わらずテンションが高くて元気だ
 きっとこの人は―――いつまでもこの調子だろう……
 これで俺よりも二つ年上だというのだから不思議なものだ
 俺とレグルスさんが同い年だと聞いたときも相当驚いたが…


「でも、意外とこの辺って交流が盛んなのかな?
 ほら……何かあっちの方に人影が見えるよ?」

 レンが指差した方には、確かに人影がひとつ――――こっちを向いていた
 その人影は黙って近づいて来る

「……どうしたんだろう…あの人…こっちに来るよ?」

「案外、あいつもオレたちみてぇに迎えの船待ちだったりしてな」

 レンとレグルスは他愛無い会話をしながら笑いあっていた
 俺も話しに混ざりながら笑顔を返す

 ―――しかし、そこにいつものゴールドの笑い声が聞こえない

「……ゴールド……?」

 不自然に思ってゴールドの顔を覗き込むと、何故かその顔は顔面蒼白になっていた
 額から冷や汗だろうか―――汗が流れて頬を伝っている

「………おい…ゴールド?」

「…ジュン、あの人は―――もしかすると敵かもしれません」

 敵≠ニいう言葉に俺たちは敏感に反応する
 レグルスはまだ小さな人影を警戒しながら、隠し持っていたナックルを装備した
 にこやかに笑っていたレンも表情を引き締めて武道か何かの構えだろうか―――両手を軽く握って身構えた


「人の形してるけど…化け物の一種なのか?」

「モンスターならまだ救いがありますが―――あれは……魔女です
 相手の出方次第ですが…いざという時のために逃げる準備もしていて下さい」

 ―――魔女………
 ゴールドは袋から魔石を取り出した

「――――っ…!!」

 魔石は燃える様な真紅の光を放っている
 ……相手が炎の属性を持つ上級クラスである何よりの証拠
 そして、それは敵がゴールドよりも力が勝っているということも表していた











「ゴールド、魔法の詠唱をしていた方がいいんじゃ…」

「……土の魔法は……砂地では極端に強度が下がってしまうのです
 今のボクには本来の力で戦うことが出来ません…戦闘になれば不利です」

 しかし、ジャングルに戻るのは更に現状を悪化させる
 視界が悪い上に足場も極端に悪い
 何より、仲間が分散されるのが致命的だ

「―――レン、お前は属性的にヤバい!! 早くジャングルの中に隠れろっ!!」

 レグルスが血相を変えて叫ぶ
 水の属性は炎の属性と相性が悪いのだろうか

「……ここは分散しない方が得策です。それに―――もう、間に合いません」



 そう、魔女は俺たちのすぐ目の前にいた

 ――――緊張が走る
 ゴールドが先に一歩踏み出した


「………魔女様がこのような辺鄙な所へ何用でしょうか……?」

 声が硬い
 いつもの笑顔は影を潜め、射るような鋭い視線が相手を捕らえている


「――中級悪魔が警戒しなくとも良いわ。私は大魔女カーン様の命により――そこの小僧を始末しに来ただけの事…」

 魔女が優雅な手付きで指をさす
 その先にいるのは―――――レン


「なっ…俺…!? それにカーンって…邪眼の……!?」

「……あなたの存在を知ったのは本当に偶然だった……
 でも、カーン様が力を注いだ瞬間に気づいたのよ、あなたの正体に
 偶然選んだ魔族の中に……まさか、あなたのような者がいるとは奇遇よね」

 魔女は物憂げ――というよりは鬱陶しそうにレンを睨み上げる
 その目には激しい憎悪のようなものが見て取れた

「残念だったわね。決死の小細工もカーン様の前では一年で見破られたわ
 この一年…カーン様はあなたの事を徹底的に調べ上げた…そして、生きるべきではないと判断なさったわ
 でも安心なさい。私はあのサラマンダーのような破壊趣味は無いの。……ひとり始末したら大人しく帰るわよ」

 俺には目の前の魔女が何を言っているのか、詳しくはわからない
 でも…このままだとレンが殺されてしまう――――それだけは、はっきりと理解できる

 そして今、俺が取るべき行動も
 …それは他の仲間も一緒だ

 俺たちはレンを庇うように陣形をとると、即座に戦闘体勢に入った


「―――やっぱり、そうなるのよね……予想はしていたけれど…
 武力行使はあまり好きではないけれど―――皆、まとめて始末するしかなさそうね」


 その一言が、戦闘開始の合図だった



「――――グレイブ!!」

 ゴールドが魔女の足元を目掛けて大地の棘を生やす
 魔女がそれをかわそうと地を蹴った瞬間―――

「アースセイバー!!」

 再び魔法の詠唱を終えたゴールドが、今度は大地の剣を振りかざした
 挟み撃ちにするようにレグルスがナックルで激しく殴りつける

 ―――しかし…


「…エクスプローション!!」

 魔女の放った巨大な光弾が地面に触れた瞬間、激しい爆発音と共に身体が吹き飛ばされた
 地面に激しく肩を、背中を打ち付けて息が詰まる
 一緒に頭も打ってしまったらしい
 脳震盪を起こしたらしく、指先一つ動かせない

 ゴールドもレグルスも、同じように地に叩きつけられていた

 そして


「―――うわあぁっ!!」

 爆風はレンの身体を海の中へ投げ出した
 激しい水飛沫が上がる

 魔女は真っ直ぐにその場へと向かった
 その手の中には新たに生み出された光弾が光っている

「―――っ……!! 俺が何をしたって言うんだよ!!」


 放たれた光弾を寸前のところでかわすが、爆発の衝撃で再び水面に叩きつけられる

 レグルスはレンの傍へ走り寄ろうとして――――自分の足が折れていることに気づいた
 ズボンが破れて血が滲んでいる
 流れた血は砂に吸い込まれて黒い跡を点々とつけた

 唯一動けるゴールドは剣を構え、魔女に攻撃を仕掛けようとする
 しかし光弾で牽制をされ、一定以上間合いを詰める事が出来ない
 グレイブを唱えても砂は棘を模る前に波に流されてしまい、意味を成さなかった

 そうしている間にも魔女はレンにも容赦無く光弾を放つ
 今のところ直撃は免れているが、明らかに体力を大幅に消耗していた
 逃げるスピードも次第に勢いを失いその身が粉々に吹き飛ばされるのは時間の問題だった

「……逃げ回るのも、そろそろ限界でしょう……?
 大丈夫よ、これ以上苦しまないように一撃で仕留めてあげる」

 魔女は今までのものとは比べ物にならない程の大きさの光弾を生み出す
 その言葉通り、これを食らえば即死だろう


「――――くっ…来るなっ!!」


 レンはその手にすくった海水を魔女に向けて浴びせかける
 最後の抵抗

 それは―――抵抗と呼ぶには、あまりにも……か弱いものだった


 ゴールドが手にしていた剣を投げつけるが、それすらも魔法の衝撃で弾き返される
 魔女は躊躇い無くその魔力を解き放った


 ――――鼓膜が破れそうな程の爆発音




 衝撃に俺は強く目を閉じた

 一呼吸置いて、巨大な水音が響く




 頬に、爆風に飛ばされた水飛沫が降り注ぐ
 海水だろうか―――微かに口に入ったそれは塩辛い



「……う…うう……」

 俺は目を開けると、ようやく動くようになってきた手で、その頬を拭う


 ――――…?

 妙な…違和感
 ふと見つめた手の平に、全身の血が凍りついた


「………これ…血、だ……」



 ぽた、ぽた

 ぽた、ぽた、と


 空から降り注ぐその滴は―――赤かった

 それは海水ではない
 触れると、まだ微かに温もりすら感じられる

 これは―――爆発によって四散した身体から飛び散った大量の血液



 その血が―――雨のように空から降ってきているのだった



 ぽた、ぽた、と

 頬に、肩に、消えた命が最後の温もりを伝えるように
 夕暮れの砂浜に悲しい血の涙が降り注ぐ
 俺に、ゴールドに、そして―――レグルスにも

 レグルスは震える手で、その滴を受け止めた
 手の平を濡らす血痕がひとつ、またひとつと増えてゆく












 白い頬から流れる涙が、赤い跡と混ざって流れていった





「……レン―――――……っ!!」


 レグルスの悲痛な叫びが鼓膜を振るわせた



 視線の先には夥しい血液によって赤黒く染まった海
 そして、その海を前に愕然とし―――立つ力を失い、砂の上に膝をつくゴールドの姿だった



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