ジャングルを歩き始めて三日目の朝

 俺とゴールドは予想外の珍事件に脳神経の歪みを感じながらも、
 ようやく見えてきた終点にほっと胸を撫で下ろした



「ここまで来れば…もう少しなのです。夕方には海岸に着く筈なのです―――何事も無ければ」

 最後に付け加えた一言は明らかにレンを意識しての事だろう…
 そう、問題はレンが無意識に引き起こしていると思われる珍妙なトラブルだ

 実は俺も大学の友人に、一緒にいると妙な事ばかり起こる奴がいた
 一緒に行こうと決めた店はかなりの確立で定休日――もしくは潰れている
 年中無休、24時間営業が売りの某ファミレスですら店内改装で臨時休業
 水族館を目指して車を走らせれば、辿り着いた先は植物園…

 しかし、そんな奴でもレンに比べれば可愛いものだ
 俺はここ三日で起きた目を疑いたくなるような惨劇を思い出して―――深い溜め息をついた


「なぁ……今日は何が起こるだろうな……」

「そうですね…謎の民族からの襲撃は…もう勘弁して欲しいのです」

 初日に俺たちを襲ってきた謎の民族―――後にレンが根菜民族と命名した―――は、その後もたまに姿を見せてい
 物陰から槍を構えてじっとこちらを見つめてくる根菜民族には正直、気が気ではない
 夜も交代で見張りをしなければ、いつ刺されるかわからない恐怖から身を護ることが出来ない

「何なんだろうな…あの民族……」

「深く考えたらダメなのです…」

「……そうだな……」

 俺とゴールドは互いの背を叩きながら士気を高めた
 今日の夕方には珍事件とも別れられる筈だ―――――何事も無ければ





 深いジャングルは差し込む日差しも極端に少ない
 常に薄暗い状態だからこそ足元が覚束なく危険が高まるのだ
 こんな所で転べば鋭い草木が皮膚を深く傷つける

「―――それにしても暗いな……気が更に滅入ってくる……」

「そうですね……まるで巨大な影が頭上に――――……」

 ゴールドは視線を空へ向け――――そのまま凍りついた
 朝一番から早々、物凄く嫌な予感がする……

 俺は恐る恐る上を向いた
 そんな俺に続いて後ろにるレンとレグルスも空を見上げた



「――――――……」



 そこには巨大な生物が佇んでいた
 その生物は高い木の上にある椰子の実を貪っている

 長く鋭い牙が、硬い椰子の実を簡単に砕いた
 この牙で噛まれたらひとたまりも無いだろう

 血のように赤く大きな目が光る
 深く長い毛皮に包まれた大きな姿からは長くて細い――蛇のような尾が伸びている




 それは、間違いなく――――巨大なネズミだった










「……ちょっと、可愛いかもな………」


 小さな手で、必死に椰子の実を頬張っている姿が何とも愛らしい
 カリカリという齧る音すらも微笑ましく感じる

「朝食の残りのチーズがありますが――――あげても気付きそうにありませんね」

 ゴールドはのんびりとそう呟いた
 緊張感はまるで無い


「……襲って来ないか……?」

「……まぁ、ネズミですし―――大丈夫でしょう」


 俺たちは妙に、ほんわかした気持ちでその場を後にした




 それから約、二時間後――――


「…ゴールド、根菜類が来たぞ」

 巨大なシダ植物の陰に隠れている根菜民族を発見した
 槍を構えたまま、じっと植物の一部に成りすましているらしい

「おい、ゴールドさん。一発でかいのをゴボウ怪人に食らわせてやってくんねぇか?」

「そうですねぇ…牽制の意味も込めて…あの節穴面に亀裂でも入れてあげましょうか……」

 ―――結構、皆は根菜民族に適当な総称をつけて呼んでいた
 ……さり気無く酷い呼び方だ…


「では根菜を少し脅かしてあげましょう――――――…死ね…!! グレイブ!!」




 殺すのかよ!?





「…牽制って…脅かすって…言ってなかったか…?」

「―――大丈夫なのです。単なる詠唱の際の掛け声なのです。手は抜いてあるのです」

 確かに、地面から突き出た土の棘は妙に太くて丸みを帯びている
 これでは敵を刺し殺すことは不可能だ

 それでも衝撃で根菜民族は空高く吹っ飛ばされた



「詠唱の掛け声は…はじめから決まってるのか?」

「いえ、ボクの趣味なのです」


 ………………。

 俺は何でもいいから救いを求めて後ろを振り返る
 背後ではレンが空へ消えた根菜民族に向かって満面の笑顔で手を振り、レグルスは忘れ物の槍を持って妙なダンス を踊っていた

 ―――――す…救われねぇ……

 がっくりと項垂れる俺を尻目に、他の三人はやたらと楽しそうだった
 …まぁ、確かに俺もちょっとスッキリしたけど……

「…何処まで飛んでいったんだ…?」


 どこかで落下音が聞こえたような気がしたが、それを確かめに行く気にはなれなかった




 それから更に歩き続けて二時間半―――…



「―――ねぇ…ジュン君、あれって何かなぁ…何か白いのがあるよ
 俺にもレグルスにもわからなくって…ジュン君とゴールドさん、心当たりある?」

 レンが俺の袖をつかんで引っ張った
 ゴールドは警戒しながらも指差された方へ向かってゆく
 俺は相変わらず嫌な予感を抱えつつもその後へ続いた

「…何…? …どこ?」

「……あれじゃないですか?」

 俺たちの視線にある白い物体――――それは、熱帯のジャングルには決してあってはならないものだった


「………な…何で………こんな所に………」


 こんな所に――――雪だるま……?


「…雪…降ってないのに…」













 それよりも、何で溶けないんだ―――というより誰が作ったんだ!?
 季節的にはもう冬がすぐそこまで来ている
 しかし、それでも熱帯のジャングルは少し蒸し暑い

 ―――不死身?


「あぁ…これ、ボク知ってるのです。これは守り神なのです」

「――――雪だるまがか?」

「雪じゃないのです。これは清めの塩を固めて作った御神体なのです」


 ……塩だるま………?


「頭の上にバケツ乗ってるんだが……」

「塩を運ぶ際に使ったものなのです。海から水を汲んでこの場所で塩にしたのです
 ……ああ…良かったのです。海が―――――終点の海岸が近い証拠なのです」

 ゴールドは嬉しそうに塩だるまを眺めていた
 ………でも……何で塩を…だるま型にしちゃうかなぁ……

 御神体とか守り神って……絶対にあんなんじゃ無いと思う……
 つーか神様を模るんなら、頭にバケツとか乗せちゃいかんだろう…


「この大陸の人のセンスがわからん…」

「ちゃんと神話というか……由来があるのです。人伝いに聞いた話なのですが
 何でも…村の若者が一人消える度に海岸に、この塩だるまが一つ増えてゆくという……」




 それは、神話じゃなくて―――――怪談だろ……




「……中に人が塩漬けにされて入ってたら、物凄く嫌だな………」

 猟奇殺人の空気がプンプンにおいそうな塩だるまの由来だ
 それ以前に、神話と言っておきながら――――神、出て来てないし………


「夏になると、村の代表が目隠しをして砂浜で割る大会があるそうです」

 ―――スイカ割り……?

「割って粉々になった塩は切ったスイカにかけて食べると縁起が良いそうなのです」

 ジャングルに長時間放置された塩なんて食えるか
 つーか、普通に海辺でスイカ割れ


「……まぁ、珍しいものが見られて良かったのです」

「確かに…塩で出来てるってのは凄いな……」

 冬の風物詩だと思っていたが…
 札幌雪祭りもいつか塩でやってもらいたい―――とは思わないな…流石に…

「これ、砂糖でやったら美味しいと思うよ」

 ―――アリが群がるだけだと思うぞ……



 俺たちは各々勝手な感想を述べながら塩だるまに背を向けた
 するとタイミング良く目の前を、例の巨大ネズミが駆け抜けてゆく


「あ―――……」

 ……口に…根菜民族…咥えてる……


「あんなの食べたら、お腹壊すよ…ネズミさん…」

「どんな味がすんだろうな…食いてぇとは思わねぇけどよ」

「…弱肉強食の世界なのです…」


 だ、誰も根菜民族の心配してない…
 もちろん――――俺も含めて、だ

 ……土に還れ、根菜類



 そして俺たちは先を急いだのだった



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