「………俺……もう、駄目かも…………」
「ジュン、もう少しなのです……頑張って下さい」
俺とゴールドは互いを励まし合いながら命がけの大冒険をしていた
場所は村に行く時に通ったあのジャングルだ
ゴールドが草を刈り取っって作った道を目印に進んでいるのだから、確かに一度通って来た筈なのだ
しかし、そこは明らかに以前のジャングルではなかった
「………な、なぁ、何か……何かが違うように思えるんだが……俺の気のせいか……?」
「ボクも違和感を感じているのです。この間までのジャングルとは明らかに雰囲気が違うのです」
腰程にまで伸びている巨大な植物
大蛇のようなツタ
極彩色の熱帯植物……
それは確かに俺たちが見てきたものだった
―――しかし……
「……なぁ、ここって…意外とたくさんの生き物が生息してたんだな……」
「そうですね…来る時はモンスター1匹しか見ませんでしたが……不思議なものです」
俺たちは目の前の光景を信じられない思いで―――ただ呆然と見入ることしか出来なかった
「―――おい、お前ら!! いつまで放心してんだよ!? いい加減慣れねぇと神経イカレちまうぜ!?」
俺たちの後ろではレグルスとレンが早く進めと急かして来る
しかしどうしても第一歩を踏み出す勇気が出なかった
「………本当に走り過ぎると溶けてバターになるんだな………」
小さい頃に読んだ絵本に、数匹のトラが超高速で走り回ってバターになったというものがあった
俺は幼いながらに「んなわけあるか」と鼻先で笑っていたものだったが…
目の前で音速の速さで走り回っているラクダの群れを見つけたのが数分前
いつまで走っているのかと傍観していたら―――何故かバターになって溶けてしまったのだ
俺とゴールドは互いの頬をつねり合って夢ではないということを確認した
これは現実だ――今、俺たちの目の前には確かにバター…――しかもまだ温かい――が湯気を立てているのだから
「バターって、ずっと乳製品だと思ってたけど動物が溶けても出来るんだな……」
「…ボクは…それ以前に何でジャングルにラクダがいるのかが謎なのです……」
―――確かに……
「あぁ――こんな事ならたまにあるぜ? この間はバナナがマヨネーズ化しちまったし」
―――何で…植物が卵製品に……
鶏の立場って一体…
「オレも最初はビビッたけどよぉ…一年もするといい加減耐性もついくるしよ。驚いても取り乱すことは少ねぇな」
まだビギナーの俺たちにはキツ過ぎる…
これもレンの運≠ネのだろうか…
レンとレグルスは特に動じた風も無く――今度は彼らが先頭に立って歩き出した
「………えっと……足元、滑らないように注意してなのです…………」
草の上のバターはタイルの上の油のように良く滑る
まさかジャングルでバターに足元をすくわれそうになるとは誰も思わないだろう
「……ミルキーウェイならぬバターウェイだな……」
俺は食べ物(?)を踏みつけるという罪悪感に苛まれながら―――でも食べる勇気はないし―――その場を後にした
「何か…海で亀とかクラゲに襲われた(?)ってのにも妙に納得できるな……」
「……そうですね……流石にジャングルにクラゲはいないでしょうが……」
でも、ラクダはいた
何だか頭がふらついてくる
心なしか地面が揺れているような錯覚さえしてきた
「―――何か…俺、マジで駄目だ……ガクガク揺れてる気がしてきた」
「ジュンもですか? 実はボクも…なんだか足元が覚束なくて……しかも何か地響きのような幻聴が…」
ああ、確かに何か…ゴゴゴゴ―――って聞こえてくるような聞こえてこないような……
うん…しかも、だんだん近づいて大きく――――……って、大きく!?
「―――ゴールド…、一緒に後ろを振り返るぞ」
「はい…勇気を振り絞って――――いきますよ!?」
俺たちは勢い良く後ろを振り返った
そこには―――謎の民族達が槍を構えて立っていた
「……………」
俺達は、そっと優しく目をそらす
目を合わせてはいけない人たちだ
全身から嫌な汗がだらだらと流れているのがはっきりとわかった
―――何?
―――何なの? この方々は……?
俺達はとりあえず元凶と思われるレンの意見を聞いてみようと試みた
………しかし
目の前にいたはずのレン&レグルスの背中は……既に小さくなっていた
――――逃げてるし………
少しでも動くと背後から刺されそうな気がして、俺達は小声で対策を練る
「……ジュン、この場合……逃げるのと戦うのでは……どちらが安全でしょうか……?」
「攻撃魔法を一発ぶちかまして、その隙に逃げるのが一番確実だと思う」
「……そ、そうですね……そうしましょう………」
ゴールドが魔法の詠唱のため、小さく身構えたその瞬間―――
ごごごごごごごご…………
盛大な地響き音が足元で響いて―――
どぶぁ
何故か足元から水柱が噴出した
「―――τ○Ω×Ψ△φ□#〜〜〜!?」
俺達は謎の悲鳴を上げながら空高くへと吹き上げられた
「………あ、お帰り」
落下したのはレンとレグルスの目の前だった
途中で巨大なクモの巣に引っかかり、奇跡的に無傷だ
「――――レンさん……俺たちに何か恨みでもあるんですか……?」
「別に無いよ? 良くある事なんだから気にしない☆」
「お前らも怪我だけはしなかっただろ? …良かったじゃねぇか」
二人は笑顔で更に『何水だった? 海水? 温泉?』などと聞いてくる
―――そんなもの確かめる余裕も無かったに決まってるだろう……
「……物凄く驚いたのです………あ…あっはっは…は…はは……」
未だに目を回しているゴールドは半分泣きながらも自棄になって笑っていた
命は無事だった
怪我もしなかった
……しかし……
ゴールドの美形は台無しだ………
「―――おい、ゴールド……戻って来い」
俺は、あちら側の世界へ逃避してしまったゴールドを慰めつつ―――何で俺がこんな目に遭わなければならないのだ
と涙した
ああ、神様………涙で視界がぼやけて、前が見えません
いっそこのまま何も見えななければ、俺は平穏な生活をエンジョイできるのでしょうか?
――――いや、絶対無理だ…………
ゴールドの恥ずかしい口説き文句よりも先に、まずはこの唐突な展開に慣れなければ身が持たない
村を発って、まだ90分―――まだまだ先は長かった………
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