「んじゃ、改めて自己紹介するね?
 俺がレン・ダナン、こっちはレグルス・バーズ」

 相変わらずレンはハイテンションだった
 何でも率先するあたり、血液型はO型だと思われる
 既に彼はゴールドとも旧知の仲のように酒を注ぎあっていた



「あ、ボクはゴールドといいます。よろしくなのです」

 ゴールドは一見素行の悪そうなレグルスにもいつも通り変わらない笑顔で接している
 これには当のレグルスの方が面食らっていた

 普段からあまり笑顔を向けられることは少ない…と、レンがこっそり耳打ちしてくる


「……レグルスもいい子なんだけどねぇ……あれでもう少し落ち着きがあったら言う事無しだよ」

 ―――落ち着きが無いのはレンも同じなのでは――と思ったが俺はあえて口には出さないでおいた
 こういう常に満面の笑顔でいる人種は腹の中で何を考えているのかわからないから怖い
 それはゴールドにも当てはまることだったが――だからこそ尚更に警戒してしまう

 ゴールドも優しそうに見えて―――強いし、キザだし……
 思い出したらまた頬が熱くなった

 レンはそんな様子を楽しそうに眺めていたが、ふと真顔になって俺と向かい合う


「…ねぇ、ジュン君……君たちって何か訳ありなのかな?
 旅をしてるって言ってたけど、まだ旅立ってからあまり経ってないでしょ?」

 きっぱりと言い当てられる
 何故そんな事がわかるのだろう

「……な、何で……ですか?」

「だって、ゴールドさんの服…あれって最高級のシルクでしょ?
 あんなの着て普通は旅なんてしない――っていうより、普通の人はあんな高価な服なんて着れないよ」

 俺に服の値段なんてわからない
 ただ、言われてみると確かにゴールドの服は旅向きではないような気がしてきた

「それにさ、あんなペラペラの服なのに全然破れたり切れたりしてないでしょ?
 普通の旅人が着るような服でさえすぐに痛んでボロボロになるんだし
 ……だから何となく止むを得ない事情でいきなり旅を始めた――貴族か何かかなって」

 読みが鋭い
 ゴールドは貴族ではない――と思うが、確かに元・王宮勤めの身分だ









「なんかさ、船の事とかお世話になっちゃったから…相談相手ぐらいやらせてよ
 俺ってこう見えても色々な体験してるし、それなりにアドバイス出来るかもしれないから」

 ―――色々な体験……海を漂流したり幽霊船に襲われたりした事もその中に含まれてるのだろうか……
 まぁ、あてになるかどうかは別として…軽く話すだけなら大丈夫だろう

「ちょっとした事情で、強い水の属性を持った人を探してるんです
 えっと…たぶん魔法とか使える人が良いんだと思うんですけど…心当たりありますか?

「水属性かぁ…俺も水属性だけど――…所詮は一般庶民魔族だから魔力は無いし…
 人魚とかにも知り合いはいるけど、あれもランク的には魔族だから難しいなぁ…
 やっぱり魔法を使うってなると魔族じゃなくて悪魔や魔女のレベルってことになるよねぇ」

 どうやら魔力を持たない悪魔を魔族というらしい…

「悪魔とか魔女って、あまりいないんですか?」

「俺は22年生きてるけど…魔女を見たのは火山に封印されていた邪神・サラマンダーに生贄を捧げた時だけだよ
 上級悪魔はあまりにも数が少ないから、一人ひとりが結構有名で伝説とか逸話とかが残されてるみたいだし……
 その土地柄にもよるだろうけど……平均的に考えると一つの大陸に魔女や悪魔がに2、3人いたら多い方だと思う よ」

 ……魔女って……封印されているものなのだろうか……
 日本でも悪霊とかを鎮めるためのものがあるけど…もしかしたら似たようなものなのかもしれない
 いや、そんなことよりも―――魔女や悪魔って、そんなに少ないものだったのか……


「ん〜ごめん、俺には心当たりないや…ちょっとレグルスにも聞いてくるよ」


 そういうとレンは小走りで去ってゆく
 …やっぱり落ち着きないよなぁ…

 心の中でそう突っ込むと、俺は歩いてレンの後を追った
 足取りはずっしりと重い
 ――想像以上に人探しは困難のようだ
 ある程度覚悟はしていたが、まさかこれ程までとは思わなかった

「…一つの大陸に2、3人……しかも水の属性である確率を考えると……」

 しかも有名な人物では駄目だ
 あくまでも無名な一般市民として生きている魔女や悪魔を探さなければならない
 ―――考えれば考えるほど頭が痛くなってくる

 更に問題は、自分には相手の属性や力量を知る術が無いということだ

「……どうすればいいんだ……」

 頭を抱え込みたくなる衝動を抑えて、何とかゴールドたちの所まで辿り着く
 溜め息が止まらなかった


「―――ジュン、どうしたのですか? 顔色が悪いのです」

 ゴールドが心配そうに俺の額に手を当ててくる
 冷たい手が沈んだ心に暖かい

「ん――俺さ、相手の属性とか…どの位強いのかとか、全然わかんなくて……」

 こんなこともわからずに、よく旅に出るなんて言ったものだ
 今更ながらに呆れ返ってしまう

「ああ、そのことについては大丈夫なのです
 覚えていますか? リノライ様から頂いた袋の中に小さな石が入っていたでしょう?
 あれは魔石といって――強い魔力に反応して光るというものなのです
 属性によって光る色が変わるので―――まぁ水属性には蒼く光るのですが、ひと目でわかるので心配ないのです」

 ゴールドは念のために常に持ち歩いているらしい
 俺の前にその魔石を差し出すと、それを軽く転がして見せた

「これで、いつ目的の方と出会っても大丈夫なのです
 ボクがいつもチェックしているのでジュンは心配しなくていいのです」

 目の前の石は、石炭のように真っ黒だ
 何の光も放っていない

「……これって遠くに離れていても反応するのか?」

「確か、半径50メートルまで大丈夫だった筈です
 これを持って町を歩けば、いつかは見つかるのです」

「そっか……頑張らないとな……」

 とりあえずセンサーのようなものは所持しているということがわかった
 俺にとってそれは気休め以上の効果をもたらしてくれる
 ―――望みが完全に絶たれた訳ではないのだ


 横では俺たちの話を興味深そうに聞いていたレンとレグルスが、珍しそうに魔石を眺めていた

「へぇ〜珍しいもん持ってんじゃねぇか…でもレンの力にも反応しねぇなんて厳し過ぎんじゃねぇ?」

 レグルスは少し不満そうだ
 どうやらレンは魔族の中ではそれなりの力を持っているらしい

「う〜ん…確かに俺は強い水の守護を受けてるって言われてるけど…それと魔力があるっていうのは別だよ?
 俺のは、ただ単に運が人よりも多少良いだけだよ。 ―――怪我しないのが俺の唯一の取り柄…それだけだって!!」

 怪我をしない――何とも羨ましいと思うのだが…
 モンスターだらけのこの世界でその特殊能力(?)は非常に有難いと思うのは俺だけなんだろうか

「レンさんからは不思議な力を感じるのです。確かに魔石は反応しませんが…
 何と言えば良いのかボクには上手く表現することが出来ないのですが…何かがあるのです」

「ははは…お世辞言っても何も出ないよ〜?」

 レンはあまり自分の力に対する関心が無いらしい
 酔いのせいもあるのかも知れないが、手を振って話を流している

「こう見えてもボクは一応、悪魔の端くれです。魔石には反応されませんが…
 でも多少なりとも魔力を持つボクが言ってるのですから信憑性はあるのです」

「そ、そう……? でも正直言ってあんましそういう話って興味ないんだよ
 俺の場合、人生の荒波は力じゃなくて運で渡っていってるしね〜…はははは」

 レンは鼻の頭をかくと苦笑いを浮かべた
 確かに彼の場合は運力で生きているような気がする

 ゴールドもそう思ったのか、曖昧な笑顔だ
 隅の方でレグルスがフォローの言葉をさがしているようだが―――結局、良い言葉は思いつかなかったらしい
 苦し紛れに『運も実力のうち…』などと呟いてるのが切なかった


 夜の空を巨大なフクロウがカメラ目線で飛んでゆく
 低空飛行していた一匹がレグルスの後頭部を直撃した

 ―――更に切ない………







「―――えっと…じゃあ、とりあえず明日の朝に出発ということで良いでしょうか?
 明日の朝に出発すると丁度ボクたちが海岸に着く頃に船も来るという計算になるのです」

 ゴールドなりの優しさなのだろう
 あえてレグルスを無視してレンに向き合った

「うん、道案内までして貰っちゃって何か悪いなぁ…でも、ありがとう」

「いや…流石にジャングルの中で津波に襲われることは無いだろうが…一応な…」

 何かが起きた時にゴールドの魔法があれば心強いだろう
 ―――レンの強運の方が更に心強いかもしれないが……

「そうだねぇ…怪鳥に連れ去られたりするかも知れないしねぇ」

 ――この人の場合、洒落になってない……
 ゴールドは真剣に怪鳥対策を練り出した

「…魔法が届く距離であってくれれば良いのですが…先手を打ってグレイブで……」

「そんなに心配しなくたって大丈夫だって!! 怪我しないもん〜」

 ―――俺たちの身の安全も保障して欲しい……
 ああ、でもフクロウに追突されたレグルスも無傷みたいだし…もしかしたら一定範囲は大丈夫なのか……?
 でもレンがいなければ…こんな唐突な事故は起きなかったのかも知れない……

「―――ゴールド…、海岸に着いた途端に津波に飲み込まれたりしないよな……?」

「そう信じたいのですが…話によるとレンさんの運の良さが発揮されるのは災難に直面することが前提のようなので… …」

 レグルスから色々と災難の話を聞いたらしい
 それを詳しく聞きだす勇気は―――俺には無かった


「――魔力を持たないあの二人がここまで辿り着けたのです
 恐らくレンさんの運の良さは本物ですよ…彼から逸れない限りは大丈夫でしょう」



 深く複雑なジャングルより、凶暴凶悪な化け物より―――レンの方がずっと脅威に思えた俺とゴールドだった


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