「―――そういえば、覚えていますか?」


 夕食が済んだ後、不意にゴールドが口を開く
 俺はレンから貰った果物を齧りながら聞き返す


「……何かあったっけ?」

「ええ、ジャングルで初めて野宿をしたときの事なのですが…
 確かあの晩、村に着いたら貴方を襲うという宣言をした覚えがあるのです
 無理強いはしませんが―――ジュンが許して下さるなら、その身をボクに任せては下さいませんか?」


「――――ごほっ☆」

 俺は思わず果物を喉に詰まらせた

「……マジ?」

 誘い方が回りくどいのかストレートなのか判定が微妙なところだが、とりあえず意図していることはわかる
 つまりは―――まぁ、そういうことだろう

 ゴールドはいつもと変わらない穏やかな笑みのまま、俺の返事を待っている
 大人の余裕、とでも言うのだろうか――妙に落ち着いている様が癪だ

「嫌悪感や恐怖心を感じるというのであれば――無理にとは言いません
 ボクはジュンの全てを大切に扱いたいのです。傷付ける気はありませんから警戒しないで欲しいのです」

 別に――自分でも不思議なくらい、嫌悪感は感じない
 ゴールドは男だし、背も高いし身体もそれなりにがっしりとしている
 それでも肌は白くて滑らかだし、優しい笑顔をたたえた顔はよく見ると美人だ
 黄金の瞳を縁取る睫毛は良く見ると長いし、薄い唇も艶やかな光を放つ

 ……実は、結構いけるかも知れない……

 そういう対象として改めてゴールドを見ると、今まで感じなかった特別な感情が湧き上がってくる


「………ん、大丈夫っぽい」

 俺は手に持っていた果物をテーブルに置くと、ゴールドと再び向き合う
 少しためらった後、着ていたシャツを脱ぎ捨ててベッドの上で手招きする

 ゴールドはゆったりと立ち上がると、髪を結んでいた黒いリボンを解いた
 ひとまとめになっていた金の髪がキラキラと弧を描きながら揺れる

 天使のようだ、と思ってから―――そういえば悪魔だったっけ、と思い出して苦笑する


「お前、羽とかは生えてないのか?」

 俺は絹のシャツを脱いで露になったゴールドの白い背中を眺める
 相変わらず陶器のように滑らかなその肌は白い天使の翼が良く似合いそうだった

「羽…ですか? 種族によりますが――…一応、ボクにはあります
 普通に歩いたり生活してゆくには不便なので消してあるのですが――」

「ええっ!? マジであるの!?」

 何となく言ってみただけなのに、本当にあるとは意外だった
 まぁ…一応これでも魔と呼ばれているんだから羽くらいあっても不思議じゃないのかもしれないけど…

「ボクだけでなく、カイザル王子やリノライ様にもあるのです
 種族差はありますが――大抵、魔力を持つ悪魔には翼が生えていることが多いですね
 まぁ、生えていたからって特に得をするわけでもないのですが――いえ、むしろ邪魔なのですが…」

 ……確かに、ベッドに横になったり狭い通路を歩く時には邪魔っぽい

「魔力を持たない魔で翼のある方は気の毒です…重たい翼を消すことも出来ないのですから
 意外と翼を消すという行為は魔力を消費するものなのです……結構、面倒なものなのですよ」

 ゴールドは鬱陶しそうに背中をさする
 恐らく、その辺りに翼が生えているのだろう

「空とか飛べないのか?」

「そうですね…持って生まれた翼の形状や大きさにもよるのですが…
 ボクは――まぁ頑張れば何とか飛べるという程度なのです
 全速力で走る行為よりも更に疲れるので滅多に飛ぶことは無いのですが」

 ……全速力でダッシュするゴールドの姿もちょっと見てみたいような気がする

「翼なんてあっても重くて邪魔で…肩がこるだけなのですが……
 それでも貴族たちの集まるパーティなどの正式な場では翼を出さなければならないのですよ」

 悪魔の翼は正装の一部らしい…
 城で働いていたゴールドも、やっぱり催し物の際には正装をするのだろう
 ビシッと一張羅を着たゴールドは、ゴージャスで格好いいに違いない

 ―――もしかしたら、カイザルさんよりも王子様っぽかったりして…

 何となく洒落にならないような気がして俺は思わず苦笑した


「……ボクの翼で良ければ――見てみますか?」

 いつの間にか全裸になったゴールドは、ベッドの上で相変わらず背中をさすっている
 俺があまりにも羽に対して関心を示したので戸惑っているのだろうか

「えっ…いいのか?」

「少しの間ならいいですよ――――見ていて楽しいものでもありませんが」

 ゴールドは、にこやかにそう言うと、そっと背中から手を離す
 すると、まるで手品のようにそこから大きな羽が広がった

「――うわっ!!」

 思わず俺は後ずさった
 想像していた以上に迫力がある
 でもそれは、禍々しい漆黒の羽ではなく―――彼らしい黄金の光を放つ羽だった

 怖くて不気味で―――でも、妙にゴールドとしっくり合っている
 黄金の悪魔、という敬称が彼には相応しい
 神々しくも背徳的な美しさ…とでも言うのだろうか、不思議な感動を覚える


「―――ふぅ…やっぱり涼しいですね…
 ボクは種族的に暑さには弱いので…あまり服を着るのは好きではないのです」

 ゴールドは長い髪をかき上げながら、ほっと息をつく

 そういえば、やたらと風通しのよさそうな服を着ていた
 普段から露出趣味があるのかと思ってたけれど―――そういう理由だったのか…
 ……ちょっと安心してしまった

「ジュンは、暑くありませんか?」

 そう言って、俺のズボンに手をかける
 白い指が、ひんやりと気持ちよかった

 ゴールドの肩に腕を回すと、しっかりと体温を感じる
 ―――ああ、こういう風にするには確かに羽が邪魔かもしれない
 俺は羽に気をつけながら背中の滑らかな感触を楽しんだ

 次第に互いの体温で、じっとりと汗ばんで来る
 混ざり合う吐息の熱に意識が朦朧とした
 それでもまだ足りないような気がして、更に腕に力を込めて抱き合う

 恥ずかしいけれど嬉しい、複雑な幸せを全身で感じる
 感情が昂ってスパークしそうな錯覚さえ覚える

 意識が白く霞がかってくる、次の瞬間―――…








「ジュン君!! 起き てる〜!?」





 ドアが激しくノックされた






「―――――――――……」


 一瞬、時が止まる
 そして意識が一気に覚醒した



「わ・わっ……!? れ、レンさんっ!?」

 ドア越しに聞こえるのは隣の部屋のレン・ダナン氏の声

 ――何で!?
 何故いきなり!?

 大量の疑問符が頭に浮かぶが冷静に考えている暇は無い

 ――――今、ここで部屋の中に入られるのは物凄くマズい

 俺たちは反射的に飛び上がると急いで衣類を手に取った
 慌ててばたつく物音を聞かれているかもしれないが、そんな事は気にしてられない
 とりあえずズボンとシャツを身に着けると、少しだけドアを開く



「――あ、ごめんね〜寝てた?」

 扉の向こうのレンは少しバツの悪そうな笑顔をしていた
 ……バレてる
 絶対、何やってたかバレてる……

「あの…どうしたんですか?」

「あ、うん。 村の人達が俺たちの歓迎パーティしてくれるんだって
 何か名物料理とか地酒とか出してくれるって言ってるけど…一緒に行かない?」

 ………そういえば、村長が持て成してくれるようなことを言っていたような気がする
 小さな村なだけに、祭り事も少ないのだろう
 きっと外は盛り上がっているに違いない

 それに、歓迎してくれているのに行かないのは失礼だろう


「―――じゃあ…行きます……」

 振り返ると、ゴールドも苦笑しつつも頷いていた
 いつの間にか背中の羽は消えていたが、解かれたままの髪がドアから吹き込む風に揺れている

 俺たちは妙に気恥ずかしい思いを抱きながらレンの後を着いて行った

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