「―――ワインでも飲みますか?」


 ゴールドはグラスに注がれたワインを差し出した
 その仕草にいつもの穏便でおっとりとした雰囲気は感じられない
 逆らい難くて俺は素直にグラスを受け取り飲み干した

 空になったグラスをテーブルに置くと、ベッドの上に腰掛ける
 アルコールで火照った身体を冷まそうと上着を脱ぐと、ゴールドは黙ってそれを受け取り、ドアノブにかけた


「……あ、あの、ゴールド………」

 黙ったまま背を向けているゴールドに不安を覚える
 彼が上着をかけて戻って来るまでの僅かな時間が物凄く長く感じる
 やがて戻ってきたゴールドは、俺の足元に座ると真っ直ぐに見上げてきた


「―――ジュン、ボクの事が嫌いですか…?」

 ゴールドの瞳は強い怒りと、それ以上の深い悲しみを湛えていた
 白い指が更に色をなくして微かに震えている

「……別に、嫌いじゃない」

 俺はそう答えた後で、この言い方は誤解を招いたかも知れないと気づいた
 慌ててフォローの言葉を捜す

「―――お前の事は好きなんだ。でも…正直言って迷ってる
 俺は今まで適当な付き合いしかしたことが無いから――お前に対して後ろめたい」

「……ボクとも…適当に付き合っているのですか?
 ただ、好きだと言われたから――付き合って欲しいと言われたから…?
 告白した相手がボクではない他の人でも…ジュンは好きだと言われたら付き合ってしまうのですか?」

「―――正直、今まで俺はそういう付き合いしかしてなかった
 だから純粋で一途に慕ってくれるお前の想いが辛くて…自分が恥ずかしい
 お前が俺に愛情をかけてくれる度に――自分の醜さを実感させられて……
 嫌だろう? お前だって…こんな、いい加減な奴が自分の恋人だなんてさ」

「ジュンが今までどんな恋愛をしていようとボクには干渉のし様がありません
 でも…ジュン自信が過去の行動を恥じているなら――その過去を克服して欲しいのです
 本当に真剣に愛し合えば、誰にも恥ずかしくない恋愛が出来るのです
 過去の事は忘れて、ボクと―――胸を張って愛し合って欲しいのです。…ボクのためにも」

 ゴールドは俺の脚に手を置くと、その上に頬を乗せた
 小さな子供が甘えてくるような、仔猫がおねだりして来る様なその仕草が妙に可愛い


「……俺に出来るかな…本気の恋愛なんて……」

 でも、試してみる価値はありそうだ
 ずっと恋なんかに本気になるのは恥ずかしいことだと思っていた
 けれど…目の前の彼を見ていると、真剣な恋愛も悪くないと感じる

 ゴールドの目には初めから迷いがない
 きっと、彼は言葉通り――真剣に俺を愛しているから迷いも羞恥心もないのだろう
 そんなゴールドが羨ましい

「……何か俺、一度本気になったら後戻り出来なさそうなんだけど……」

 そう言いながらも次第にゴールドに惹き込まれてゆく
 あと一歩、二歩進んだら本気で戻れないだろう…


「後戻りする必要ないと思いますけどね…
 …それに、ボクもその点に関して言えばジュンと同じですよ」

 ゴールドは顔を上げると、俺の指先を軽く舐めた
 ……背筋がぞくっとする

「―――何で行動がいちいち猫っぽいんだよ、お前は…」

 何となく照れ隠しにゴールドの喉元を撫ぜてみる

「……ネコ? そうですか…? なごなご…にゃ〜……こんな感じですか?」

 ―――いや、別に鳴き真似をする必要は無いんだけど…
 わざとボケているのか、それとも天然なのか…この笑顔からそれを読み取ることは困難だ
 それでも俺たちは顔を見合わせて少し笑い合った

 その後――どちらかともなく寄り沿い、自然に唇を重ねあう
 間近で見る金色の瞳が想像以上に透明感があるのに驚く
 透き通った黄金色…それは奇跡のように美しい輝きを放っていた


「……ジュン、―――ありがとう」

 離れた唇は、ほのかな温もりの余韻を残す
 ゴールドは再びワインをグラスに注ぐと俺に差し出した

「……ボクたち、二人の愛に――乾杯」





 ぶほっ





 俺は口に含んだワインを吹き出した

 ―――そうだった…こいつは物凄くキザで寒い奴だったっけ……


「…大丈夫ですか?」

「―――きっと、そのうち慣れるから……大丈夫」

 うん、大丈夫。人間、いつかは慣れてくるものさ…きっと
 俺は微かに痛む額を押さえつつ、人間の順応性に未来を託す決意を固めた

 窓の外に見える星を見上げ、ぐぐっとコブシを握り締める



「………星、ですか?」

「あ、うん。 ちょっとね…」

「綺麗です…星なんて、久しぶりにみました」

 まぁ、ずっと空も見えないような深いジャングルにいたからなぁ…
 確かに久しぶりに見る星空だった
 静かに瞬く星たちを見ていると、心が落ち着いて安らぐ
 ゴールドもそうなのだろうか、そっと俺の手の上に白い手が重ねられた


「――ボクはあの星に祈ります
 二人の愛が、永久に輝きを失う事無く光り続けることを…」

「……………………げふ☆」


 この瞬間を境に、俺は星を見るたびに薄ら恥ずかしいものを感じるようになった







「今のボクの幸せな気持ちがわかりますか?
 何か、星にすら見せ付けてみたい気分です…」

 メテオの襲撃食らうんじゃなかろうか…
 勝手に妙なこと祈られたり誓われたりして……星もいい迷惑だろう


「ふふふ…そんな事をしてしまったら、星が恥ずかしがって隠れてしまいますね」

 隠れるというより逃げる、と言った方が正しい

「つーか、俺も恥ずかしいんだけど…」

「恥ずかしがり屋さんですね、ジュンは…
 まるで花も恥らう、いじらしい乙女のようです」

 乙女に謝れ
 そう叫びたい衝動を抑えて俺は引き攣った笑顔を浮かべた

 ―――本当に、この恥ずかしい言葉に慣れる日は来るのだろうか……



 俺は残ったワインを一気に飲み干すと、ゴールドに気付かれないように溜め息をついた


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