「うわぁ―――っもう、何で起こしてくれないんだよ――――!!」



 穏やかな昼下がり
 俺は見事に寝坊した


「昨晩は明け方までつき合わせてしまったから、ゆっくり寝てもらおうと思った」

 メルキゼはキッチンで卵を焼きながら、涼しい顔をしている
 けれど居候の身としては、どうも落ち着かない
 ただでさえ、家に一つしかないベッド(寝室付き)を譲ってもらったのだ
 家の主を居間の硬い床で眠らせた上に昼まで悠長に寝てるなんて、そんな図々しい人間だと思われたくない

「俺にも何か手伝わせて!! これじゃ役立たずみたいだろ」

「それでは…この皿をテーブルに運んでくれ」

 メルキゼは胸のリボンを結び直しながら皿を示す
 皿出しかよ…小学生のお手伝いレベル…いや、まぁ確かにこの位しか出来ないけどさ…
 何となく煮え切らない思いで俺は皿を運んだ








 今日のお昼はオムライスとサラダとスープ、デザートに見たこともないフルーツ

「この食材って、やっぱり森の中で採ってくるの?
 村に買出しには行ってないのに…米とかってどうしてるんだ?」

「少し行くと湿地になっていてな、野生の稲があるのだ
 それを利用して稲作紛いの様な事をしている
 魚や貝もいるし、山菜や木の実も豊富、狩にも適している
 それと家の裏に家庭菜園と池もあるし食べていくには一向に困らない」

 ってことは食費まるでかかってないんかい
 いや、それよりも家庭菜園に狩に稲作って…生活力逞し過ぎだ
 山暮らしは病弱少年を野生の漢へと成長させたらしい

「ちなみに洗濯などの生活用水も池の湧き水を使っている
 だから私が生活で不便しているのは自作できない衣類品だけだ」

 確かに服を作るには生地が必要だ
 しかし布を作るための綿花や羊はこの森には無い



「俺、飯食ったら買出しに村に行くよ
 途中まで送ってくれ…道もわからないし恐竜が出ても怖いし」

「無論そのつもりだ
 カーマインは私が護るから安心して良い」

 本当に安心できるのかは謎だ

「メルキゼの服ってどんなのが良いのかな…サイズもわかんないし
 色とかデザインの好みってどんなの?
 それと、他に必要なものがあれば買い物リスト作っておかなきゃ…」

「服は私が自分で作るから心配要らない
 カーマインは生地を何種類か買ってきて欲しい」

 服まで作るつもりかお前…
 自分のことは全て自分でやらなければ気がすまない性分なのだろうか

「布の色や柄はカーマインの趣味に任せる
 他に必要なものは―――そうだ、地図と魔法書を買ってきてくれ」

「わかった、服の生地と地図と―――って、ねぇ、魔法書って何?」

「魔法や呪術が属性ごとに細やかに載っている
 魔法書を読めば私の呪いを解く方法も見つかるかも知れん
 それと地図は君が何処から来たか探す手掛かりになるだろうと思ってな」

 そっか、地図ってそのために…
 メルキゼなりに俺の事考えてくれてたんだ
 でも…たぶんこの世界の地図に日本の名前は無いだろうなぁ…



「でもメルキゼって親切だよね、助けてくれたし世話も焼いてくれて
 普通はさ、森で人が倒れていた人なんか不審がって家になんて置かないよ」

「そうか…だが私が言うのも何だが、この森で一番の不審人物は私だからな」

 本当に…自分で言ってちゃ終わりだよメルキゼ…否定はしないけど

「確かに君と話をするまでは私も警戒していたが――敵意は持たれていないとわかったしな
 それに私も長い間孤独と戦っていたのだ、話し相手を求めたとしても不思議では無いだろう?」

 そういえば、本人はソフトな言い方をしていたけれど、要するに親に捨てられたのだ
 その怒りと悲しみ、そして寂しさは―――計り知れないものがあるだろう
 恋人を失った俺の心よりも、ずっと深い傷を負っているのかもしれない

「メルキゼはトラウマとか無いの?
 たくさん辛い思いをしてきてるんだろ?」

 俺が彼の立場だったら身投げくらいしていそうだ
 毎日を逞しく生きている彼の凄さを改めて痛感する

「…特には―――ああ、笑うことが出来なくなった…くらいか
 しかし私は元来から明るい性格ではなかったから、大差は無い」

 まぁ親に捨てられた上に発作持ちだったら性格も暗くなるだろう
 それに笑えなくなったというのも納得できる
 こんな森の中で笑えるようなことなんてないだろう
 きっと楽しい思いをすることもなかったんだろうな…生活するだけで精一杯で

 そう思うと、急に目の前の男が不憫でならなくなる
 少なくとも俺は両親に愛されて育ったし、恋人も友達もいたのだ
 けれどメルキゼは――――……









「メルキゼ、俺さ…家の帰り方がわかるまで、お前の所にいるからさ
 いっぱい話をしてさ、服が出来たら一緒に村に遊びに行って、それから―――って、何処行くんだコラ!?」

 話の途中で、いきなりメルキゼが席を立ったのだ
 何か気に障ることを言っただろうか
 もしかして同情心丸出しの言い方が彼のプライドを傷つけたのかも知れない

「…メルキゼ、俺さ―――」

「…いっ、いや、すまない…その、食器を…洗ってくる…っ!!」

 震えた声、真っ赤な顔―――やっぱり怒っている
 食器で顔を隠すようにして走り去るメルキゼの後ろ姿を呆然と見つめた
 ―――けれど誤解させたままじゃ気まずい

 バシャバシャと、水が飛び散る荒い音がする
 怒りを皿洗いにぶつけているのだろうか―――
 俺は忍び足で、恐る恐るキッチンを覗き込んだ

 ――――あ……

 メルキゼは皿を洗っていなかった
 彼が洗っていたのは自分の顔


 ―――もしかして、泣いてた…?


 俺は忍び足で後ずさると、何事もなかったかのように椅子に座りなおした
 ここは何も見なかったふりをしてやるのが友情というものだ
 例え皿洗いに10分以上かかっても、何も聞かないでいてやろう…

 予想をちょっと上回る15分後、まだ少し顔の赤いメルキゼが戻ってくる
 俺は精一杯に明るい声と笑顔で彼を促した

「よし、じゃあ出かけるか!!」

「…あ、ああ、これ…金なのだが」

 俺の勢いに気圧されながらもメルキゼは俺に袋を渡す
 ずっしりと重い袋の中には金銀銅の三種類のコインが入っていた
 どうやら紙幣は無いらしい

「カーマインの欲しい物があれば遠慮なく買って良い
 この袋の中は好きに使ってくれ…せめてもの礼だ」

 俺にはこの袋の中の金額がどれ程のものかわからない
 けれど、メルキゼの口調からして―――それなりの金額が入っているのだろう

 せっかくだから何か買ってみようか
 どうせならメルキゼと一緒に楽しめそうな何かを


 俺は頭の中で、一体何が喜んでもらえるかを考えながらメルキゼの後をついていった




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