「メルキゼはずっと山暮らし続けてるの?」

 マグカップを啜りつつ、何となく思っていた疑問を口にする

 道の舗装すらされていない大自然
 こんなところで生活しているなんて想像できない
 もしかすると止むに止まれぬ事情があるのだろうか


「そうだな…子供の頃に、ここに引っ越してきたのだ
 私の体質上、人里離れた森の中で過ごすのが良いと結論出たのだ」

 体質…というと、病気かアレルギーだろうか
 シックハウス症候群という可能性もある
 どちらにしろ気の毒な体質だ

「やっぱり自然の中で養生すると調子が良いの?」

「ああ、発作の数も減って今では普通に生活することも出来ている
 しかしそれもこの場所で生きているからこそだ
 体質改善したとはいえ、再発するとも限らないからな…不便だが一生をここで過ごすしかない」

 発作…というと心臓病か喘息か…
 もしかすると子供の頃は病弱体質だったのかも知れない
 ―――この巨大な身体からは想像もつかないが


「親は一緒に住んでいないの?
 見たところ独り暮らしだよね―――家は思ったより広いけど」

「ああ、父と一緒に住んでいたのだが…彼はすぐに出て行ってしまった
 …それからは全くの音沙汰無しでな…今、何処で何をしているのかすらまるでわからない」

 そういえば彼も人と話すのは久しぶりだといっていた
 なるほど…そういう事情があったのか
 何か悪いことを聞いてしまったような気まずい雰囲気だ

「それにしても酷いなぁ…病気の子供を置いていくなんて」

 まぁ…恐竜がうろついているような森だ
 出て行きたくなる気持ちはわからないでもないが―――
 いや、それよりも―――そんな森で平然と生活しているメルキゼって一体何者?

「…それでも母を亡くして以来ずっと男手一つで私を育ててくれたから…」

「―――そ、そう……」

 いけない、何だか空気が重くなってきた
 俺っは話好きだけど聞き上手ではないのかも知れない
 でも聞き上手でなくても話題転換くらい出来るはず―――!!


「あ、あのさ!! メルキゼの服って変わっ…いや、個性的だよなっ!?
 その服って何処で買ったんだ? やっぱり麓にある村で買ったのか?」

 男性用の巨大サイズドレスを売る村―――というのもどうかと思うが
 それとも…もしかするとオーダーメイド!?
 だとすると注文を承った店員はさぞ恐い思いをしたことだろう…

「いや、これは父の趣味で…私の服は皆、こんな感じのものだ」



 何考えてる親父― ―っ!!!



「私は人相が悪いから…せめて服装だけでも可愛らしくしろと」

「……な…なにも、息子に可愛さを追求しなくても…っ…!!」

 わざわざメンズサイズのドレスを用意してくるあたりも凄い
 マニアックな父親を持つと息子も大変だ
 しかも可愛くなるどころか―――いや、これ以上は悲しくなるので止めておこう


「だが…自分で言うのも何だが…どうしても似合うとは思えないのだ」

 わかってるなら脱げ!!
 ―――って、ドレス以外に服、持ってないんだったけ……

「口には出さなかったが父はきっと女の子が欲しかったのだろうな
 だから何とか私を娘として育て上げようようとしたのだろうと思うのだ」

 それはまた無謀な―――見るからに無理だろうに
 努力は認めるが悲しいほどに実になっていないのがまた涙を誘う

「きっと私が彼の思い描くような娘でなかったばかりに
 父は愛想を尽かして家から出て行ってしまったのだ…」

 両手で顔を覆い、肩を震わすドレス男
 お世辞にもその姿は可愛いとは言えない―――というより不気味
 でも何か慰めの言葉を言わなければ場が持たない
 ああ、何で俺がこんな苦労をしなければならないんだ!!



「……えっと、別にお前が悪いわけじゃないだろう?
 生まれてくる子供の性別は神様が決めるんだから――な?」

 何だか話が宗教っぽくなってきた
 まぁ悪いことは言ってないのだから別にいいか

「…それでも…男であろうと、せめて顔がもっと可愛ければ
 外見上だけでも娘として生きれただろうに―――あぁ、この顔が憎い…」

 顔だけの問題じゃないだろう――と的確に突っ込んでやるのは優しさになるだろうか
 声も低ければガタイもでかいのだから
 この大男を、娘だと言い切ることが出来る奴がいたら一度見てみたいものだ

「…えっと…確かに可愛い女顔じゃないけど、微妙に女寄りの中性的な顔だって!!
 目つきが鋭くて眼球が赤くて人相が悪くても、なお綺麗な分類に入ると俺は思うよ!?」

 ―――って俺、褒めてるのか、けなしてるのか、自分で言っててわからなくなってきた……
 一応フォローのつもりで言った言葉がとことん裏目に出ているような気がしなくもない
 どんどん深みに嵌ってきそうなので、この辺でまた話題転換しておこう









「…は、話は変わるけどさ、メルキゼの猫耳も親父さんの趣味―――な…の…?」

 自分で聞いてて恐い
 現状を更に悪化させる話題をふってしまった
 あぁメルキゼ…頼むから首を横に振ってくれ…!!

「…この耳は父が出て行ってからついたものだ」

「そ、そうか…そうだよなっ!!
 ああ良かった―――――……って、じゃあ、お前の趣味かよっ!?

 それはそれで恐いんですけど――っ!!
 親のイケナイ趣味がこんな形で遺伝してしまったのか!?

「いや、話せば長くなるのだが…これは魔女の呪いによるものだ」



 どんな呪いだよ!!



「そ、それはまた何と言うか随分とマニアックな趣味の魔女ですな
 ――――って、まさかそれ…猫耳付きのヘアバンドじゃないの!?」

「取れるものなら、とうの昔に取って燃やして世からなくしている
 これは呪いによって生やされているのだ
 どんなに引っ張っても取れやしない…かといって切るのも恐いし、難儀なものだ」

 意味わかんない呪いかけやがって…公害だ!!
 この際、魔女という単語には目をつぶろう
 何せ恐竜が出てくる世界だ
 マニアックな趣味の魔女が出てきたって違和感は―――無いとは言えないが、まぁそれもありだろう

「ええと…それで…何で猫耳?」

「父が姿を消した頃だろうか…魔女が望みを叶えてやると言って訪ねてきたのだ
 だから私は、それならばこの姿を可愛らしくして欲しいと頼んでみたのだ」


 そして、その結果―――
 この世にも珍妙な生物が出来上がってしまったということらしい

「それはまた悲劇というか喜劇と言うか…」

「所詮、親切な態度を取ろうとも魔女は魔女だ
 魔法で可愛く変身できるという言葉を信じて騙されたのだ
 ―――あぁ、あんな言葉を少しでも期待した私が愚かだった…!!」



 期待しとったんか


 俺は思わず心の中で突っ込んだ
 許されるのなら裏拳をかましたい勢いだ

「自慢ではないが最初、鏡に向かって悲鳴を上げたぞ私はっ!!
 不気味さに拍車がかかって―――悪化しているではないか!!
 どこをどう見ればこの姿が可愛いと言えるのか小一時間問い詰めたい!!」



 自覚はあるんだね


 ちょっと安心してみたり
 彼がナルシストでなくて本当に良かった
 これで猫耳姿の自分を見て悦に入られた日にはもう…背後から切り捨てたくなる


「あぁ…ドレス姿だけでも気持ち悪いというのに頭にこんなモノまで生えてしまって―――
 私の人生はもう終わりだ……こんな姿では恋人どころか友達すら出来ない…私は一生孤独だ…」

 ――どっちにしろ、病気で森から出られないんじゃ…?
 そう思ったが、口に出したところで何の慰めにもならないから黙っておく
 けれどこのままではメルキゼがどんどん沈んでいくのが目に見えていた

 仕方が無いので俺は性懲りもなく再度話題転換を試みる


「…えっと…その耳って聴覚はあるの?」

「ああ、触れば感触もあるし聴覚もある
 最近では慣れてきて意図的に動かせるようにもなった」

 そう言って、ぱたぱたと猫耳を器用に動かすメルキゼ
 耳の部分だけ見ていれば可愛いと言えなくも―――いや、やっぱり微妙だ…

「でも、ちゃんと人の耳もあるんだよね…耳が4つってどんな気分なの?」

「そうだな…とりあえず聴力は超人的なものになった
 森の中を走っていった君を探すことが出来たのも、足音を逃さず聞き取れたからだ
 私がこの危険な森の中で生き延びることが出来たのもこの聴力のおかげだろうな…」

 時と場合によっては意外と便利だ
 猫耳の形をした地獄耳を持つ男よ、強く生きろ



「ま、まぁデメリットばかりじゃなくて良かったじゃないか
 物事をプラス思考に考える習慣をつければ、世の中もっと生きやすくなるんじゃないかな」

 不器用に生きている俺が言えた事じゃないけど…まぁ、人事だから

「…まぁな…私もそれなりに努力はしているのだ
 例えば…何とかこの耳をフォロー出来ないものかと思案した」

 俺の見る限りでは、全然フォローできていないような気がするんですけど…

「えーっと…どの辺を改善してみたのかな?」

「単純な発想なのだが―――髪型を変えてみたのだ
 少しでもドレスと猫耳が馴染むように、髪を編んでリボンを付けてみた」

 …そっか…その髪型はメルキゼが意図的にやったことなのか…
 俺の胸に苦くて酸っぱい感情が込み上げる
 まぁ決して彼本人の趣味ではなく、報われない努力をした結果なのがせめてもの救いだ

「別にこんな事をしても誰かに見せるわけでもないのだがな…
 このままでは私のアイデンティティがどんどん歪んで収拾がつかなくなりそうで…」

 メルキゼも男だもんな…
 それなのにこんな事になってしまうとは…つくづく不幸な奴っているもんだな



「…メルキゼ、俺でよければ村に行って男物の服を買ってくるよ
 そうすればもう似合わないドレスを着ることも違和感だらけのリボンをする必要もなくなるさ」

 俺はポン、と彼の肩を叩く
 何だか涙が出てきそうだ

 きっとメルキゼが村に行けない理由って…自分の外見の事もあるんだろうな…
 巨大なオカマが猫耳をつけて買い物に行く姿は想像するだに恐ろしいし本人も恥ずかしい
 変質者と間違われて逮捕されるのが関の山だろう

「本当か!? あぁ…カーマインは何て優しい人間なのだ!!
 これでもう山で遭遇した村人に化け物だと脅えられたり石を投げられたりしないで済む!!
 山の中に立てられた『変質者に注意』という看板に枕を濡らす日々とも別れる事が出来る…!!」

 ――――そんな事があったんだ……






 あまりの不憫さに思わず俺も貰い泣きの涙を流す
 不覚にも同情心をそそるものがある―――彼のあまりの馬鹿っぷり

「やっと私も山菜採りに来た老婆にお経を唱えられなくても済む生活が出来るのだな」

 それにしても散々な扱いだな、お前…俺は涙を禁じえないぞ
 まぁ村人たちの気持ちも、わからなくは無いが…

「本当に困っていたのだ
 村に買出しに行きたくても、こんな姿では変質者扱いで総攻撃を食らったしな
 しかしシーツをかぶって行ったら幽霊騒ぎになってしまったし…打つ手無しだったのだ」

 それはそれは…村の人たちも、怖かっただろうなぁ…
 ――って、どっちに感情移入してるんだ俺は

 メルキゼは悪い奴じゃないんだ
 ただちょっと―――情熱が明後日方向に空回りしているだけで
 でもって周囲の人間環境がちょっと偏ってただけなんだ
 彼自身は毎日を一生懸命生きている、思いやりのある人間なんだ


 それは彼と話しているうちに痛いほど良くわかった
 わかってはいるんだけれど―――――

「…大丈夫かな、俺…」


 一抹の不安がどうしても拭いきれない
 彼と一緒だと色々な意味でこの先々も苦労しそうな予感がする


 まだまだ前途多難な生活は続きそうだ




小説メニューへ戻る 前ページへ 次ページへ