「…それでは、君は本当にここが何処だかわからないのだな?」


 互いに名乗りあった後、俺は食事をしながら自分の身の上について話した
 大学の事、恋人の事、そしてキャンプに行ったことも話すと、メルキゼは興味深そうに相槌を打つ
 彼が俺の世界の事をまるで知らないということも、ここが日本で無いという決定打になる


「要するに、君は違う世界から何かの拍子にここに来てしまったと―――そういうわけか」

 俺の話を聞いて、大体の事態は理解してもらえたらしい
 最初は不振そうだったメルキゼだが、俺の日常の生活や学校での知識を披露することで信じてもらえたのだ
 彼に理解してもらえたことで安心感を取り戻した俺は、ようやく食事に集中できるようになる
 それと同時に、目の前の男の姿も冷静に観察することが出来るようになった


 メルキゼはスプーンを器用に操ってスープを口に運ぶ
 前髪で視界が悪いはずなのに、どうして汚さずに食べられるのだろう

 テーブルに並んでいるのは分厚くて大きなステーキと、これまた大量の肉が入ったスープ(何の肉化は不明)
 そして見たことも無い野草の入ったサラダと―――何故か炊き立ての白いご飯だった

「…でも主食が米で良かった…ファンタジー世界ってあんまり米とか出てこないイメージあったから安心したよ」

 俺は白いご飯が何よりも好きだ
 おかずが少なくて味がイマイチでも、ご飯が美味しければそれで満足だという体質なのだ
 パンや麺類も、たまになら良いが頻繁に出てこられると食欲が失せてしまう

「カーマインは何が好きなのだ?
 リクエストがあれば遠慮無く言ってくれ…努力はしてみよう」

 どうやら彼は料理が好きらしい
 目の前のステーキやスープも良く見ると結構手が込んである
 料理が得意なのは良い事だ―――俺も見習おう

「俺は白いご飯があればそれでいいんだけど…そうだなぁ…魚より肉の方が好きかな」

「そうか…肉料理にして正解だったな―――口に合ってくれただろうか?」

「うん、まさに俺好みの味……メルキゼと味覚の相性が合うみたいだね〜」

 お世辞ではなく、本当にメルキゼの料理の腕はかなりのものだった
 一見シンプルなステーキもサラダも盛り付けやソース、ドレッシングはプロ並み
 スープも絶妙な塩加減とコクがきいていて下手なレストランよりもずっと美味しい
 単純な俺は料理一つで、すっかり気分を向上させていた

 メルキゼも一見悪趣味なオカマだが、話をしてみると良い奴だった
 俺に同情してくれているらしく、細心の注意で優しく接してくれているのがはっきりとわかる



「カーマイン、私も君を助けたからには最後まで付き合う
 必ず君を元の世界へ帰す方法を突き止めてみせる
 だから安心してくれ―――帰る事が出来る日まで、君の面倒は私が看る」

 食後のお茶を注ぎながら、メルキゼはそう宣言した
 彼の口からそう言って貰えて正直助かった
 今日初めて会った相手に、俺からそう頼むのは勇気が要ったから

 ここが本当に俺の知っている世界ではないとしたら―――独りで生きていくのは不可能だろう
 情けない事だが今の俺にはメルキゼだけが頼りだった

「何から何までありがとう…メルキゼが親切な人で助かったよ
 ねぇ、代わりにっていうのも何だけど、俺に出来ることがあったら何でも言って…遠慮しないで」

「…そうか…?
 なら、追々考えておこう」

 メルキゼはそう言うと布巾でテーブルの上を拭う
 食器もすぐに片付けていたし、部屋の中も綺麗に整頓されている
 どうやら綺麗好きで几帳面な性格のようだ



「…ねぇメルキゼ、ちょっと気になってたんだけど、その髪でちゃんと前見えてる?」

 几帳面な性格のわりに前髪は滝のように流れている
 これでは視界もさぞ悪いことだろう
 それに―――ちょっと幽霊っぽくて恐い

「あぁ、これは…顔を見ないようにする為だ
 確かに生活は不便だが、嫌なものを見ないで済むためには止むをえん」

「……顔にコンプレックスでもあるの?
 大きなホクロがあるとか、ソバカスがあるとか?」

 俺のゼミにも足にある痣が嫌でミニスカートをはかない女性がいた
 それと似たようなものなのだろうか

「いや、私は目が―――その、不気味だから……」

「目が不気味…って、極端なツリ目だとか垂れ目だってこと?
 俺、人の顔ってあまり気にしないから大丈夫だって
 視力も悪くなりそうだし、俺の前でだけでも髪上げておこうよ…ね?」

 それに目つきが悪かろうが何だろうが、そんなものよりも服装の方に目が行く
 顔よりもそのドレス姿の方が、どう見てもインパクトが強い

「…カーマインは、私の目を見て嫌ったりしないか?」

「大丈夫大丈夫〜人間って順応性のある動物だし、多少ビビッてもすぐに慣れるって」

 現に、メルキゼの外見にも慣れる事が出来たし…その点に関しては自信がある
 厳密に言えば、まだちょっと完全に慣れきっているとは言えないけどそれも時間の問題だろう

「メルキゼとはこれから長い付き合いになるし、やっぱり素顔とかも知っておきたいだろう?
 互いの事を良く知り合って理解し合うのが良好な人間関係を築くための基本なんだって!!」

 そう食い下がると、メルキゼも観念したらしい
 前髪をもぞもぞと弄り始めた

「不気味だろうが、見せるからには絶対に慣れてくれ…約束だ」

「任せとけって!! で、前髪なんだけど…
 えーっと、ヘアピンとか無いし…とりあえず左右に分けてみたらどうかな?」

「そうか…なら、中央から―――こんな感じか?」

 メルキゼの手が長い髪を左右に割り開く
 象牙のような白い顔が露になった

「…おっ…」

 俺の予想に反して、意外と整った顔立ちだった
 ほんのり染まった頬、形の良い高い鼻、少し厚めの濡れた唇―――
 伏せられた瞳は切れ長で、睫毛がバサバサと音を立てそうなくらいに長い

「……どの辺が不気味?」

 確かに結構ツリ目がちだとは思うけど…
 でも睫毛が本当に長い
 別にマスカラとかつけてるわけじゃないんだよな…

 まじまじと顔を覗き込んでいると、不意にメルキゼが目を開けた
 丁度彼の目を見ていた俺と、まともに視線が合わさる
 その目を見た瞬間――――

「――――うわぁっ!?」


 俺は思わず飛び上がった

「……うわ〜びっくりした……」

 別に目玉が無かったとか、そんなホラーシーンを見たわけではない
 切れ長の大きな目は睫毛に縁取られ、人形のようにパッチリしている

 綺麗な瞳だ―――が、問題は別のところにある

「…へぇ…初めて見た…こんな色の瞳ってあるんだ…」

 彼の瞳は、黒でも青でもなく―――血のような紅色をしていた
 カメラのフラッシュで目が赤く映ったりするのは知っている
 以前見たテレビではアルビノとかいう体質になると色素が薄くなってウサギのような目になると言っていた

 ―――が、本当に真っ赤な目を間近で見ると―――やっぱり迫力がある
 思わず『どこか怪我してる?』って聞きたくなる様な血液そのものの色だ


「この色は化け物の瞳の色と同じだ
 鏡を見る度に化け物に見られているような気になる」

 確かにホラー映画とかに出てくるエイリアンとか幽霊とかって赤い目をしてるのが多いよな…
 やっぱり恐怖心を煽るために、血を連想させる色を選ぶんだろう
 でも化け物の赤い目は見ていて恐いけど、ウサギの赤い目は見ていて癒される
 俺にとってメルキゼの目は、どちらかというと後者の方だった

「ん〜別に良いんじゃない?
 ルビーみたいで綺麗だし、ウサギみたいで可愛いよ」

 …果たしてそれが褒め言葉として彼に届いたかは激しく謎だ









「不気味ではないか?」

「世の中色んな人がいるし、これもメルキゼの個性だろ?」

 最初に見たときには確かに驚いた
 けれど、すぐに慣れた
 これだけ個性的な服装をしているのを見てしまったのだ
 今更目の色ぐらいで騒いでられない
 むしろ、ドレス姿のインパクト比べたら赤い瞳なんて可愛いレベルだ

「俺、もう慣れたけど?」

「――――早いな」

「外の恐竜に比べたら受け入れ易いしね
 うん、そうやって前髪分けてた方が顔が見えて良いな
 やっぱり人と話すときは相手の目を見なきゃ落ち着かないし」

 そういえばこうやって人と向かい合って話すのも随分久しぶりだ
 ずっと引きこもってて親とすら滅多に話さなかったし

「俺、最近あんまり人と話したことって無かったんだ
 でも基本的に話好きなんだよな〜結構ストレスになってたかも」

「私も長年の山暮らしで話をする機会など無いからな…こんなに話したのは久しぶりだ」

 感じからして、独り暮らしっぽいからなぁ…
 やっぱり山暮らしは孤立してしまうらしい
 村は山の下だし…これでは買出しに行くのも一苦労だろう



「カーマインは変わっているな…住む土地が違えば価値観や考え方も変わるものなのか…」

 俺はメルキゼの方が変わってると思う――――あえて言わないが色々な所が…!!!

「じゃあ孤立したもの同士、今夜は語り明かそうか
 さっきから俺ばっかり身の上話してメルキゼの事全然聞いてないから
 今度はメルキゼの話を聞かせてくれよ…プライベートな事とか嫌なことは割愛して良いから」

 俺がそう言うと、メルキゼは少し視線を宙に彷徨わせた
 けれど、しばらくしてから頷いた

「…では、茶を淹れなおして来る」

 メルキゼは徐に席を立つと、ポットを持ってキッチンへかけて行った
 俺は長い夜になりそうだと、窓の外を見て思う


 森の中の小屋での夜
 外を見ても木々に遮られ、星は見えなかった





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