「……何か、ジャングルの中にある集落ってさ腰ミノつけて槍持った人達が
 焚き火を囲んで太鼓を叩いてるイメージあったんだけどさ…」


 ジャングルを歩くこと三日、俺はようやく辿り着いた村の中で呆然と立ち尽くしていた




 想像よりもずっと村は綺麗な造りだった

 家屋はきちんとした木造でアンティーク
 地面も様々な色合いのレンガで模様が描かれていていた
 至る所に花壇があり色取り取りの花々が咲き乱れている


「まぁ、ジャングルの中っていってもこの辺は既に普通の森と化しているな
 村の向こうは普通に平原が広がっているみたいだし…要するにこの辺はジャングルの最終地点ってことか」

 周囲の木々は極彩色から薄い黄緑色へと変わっている
 巨大な植物は小さく可憐な草花になっていた


「ジュン、とりあえず村長の所へ行って挨拶をしておくのです
 敵対意識を持たれてしまってはこの先の旅にも支障が出るのです」

 ゴールドはひと際大きな建物を指差した
 そこが村長の住む家なのだろう
 俺は先立って進むゴールドの後を黙ってついて行った
 正直、畏まった仕草も敬語も苦手な俺に上手く挨拶できる自信はない
 ここはゴールドに任せておいた方が良いのだろう

 大きな建物は特に豪華という造りでもなく割りと好感の持てるものだった
 ちょっと高級なログハウス…という感じだろうか

 ゴールドは軽くノックをして家の者を呼ぶと、簡単な挨拶を交わして中へ入っていった
 俺も慌ててその後に続く

 建物の中は柔らかな光が差し込んで暖炉の明かりと混ざってオレンジ色の空間が出来ている
 その空間の中で小さな揺り椅子に座って編み物をしている女性がいた
 女性は俺たちに気づくと手を休めて軽く会釈をする
 俺たちも会釈をし返すと女性は優しく微笑んだ


「はじめまして、わたしはこの村の村長をしている者です
 貴方達は…ジャングルの向こうから来られたのかしら…?
 ここは小さな村ですけれど疲れた身体を休めていってくださいね」

 村長だと言う女性は思った以上に友好的だった

「今日は本当に賑やかな日ですこと…
 貴方達が来る少し前にも旅の方が来られたのですよ
 この村は辺鄙なところにある上にジャングルに隣接しているものですから
 滅多に外部からのお客様は来られなくて…今日は村の者総出で歓迎いたしますよ」

 俺たちは村長に宿屋宛へ紹介状を書いてもらうと、早速宿へ向かった
 村は人口十数人ほどの小さなものだったがそれなりに店もあるようだ

「宿で少し休んだら買出しに行きましょう
 これからの予定も立てなければならないですし」

「そうだな…これからどっちへ進めばいいか俺には見当もつかないしな
 俺たちの他にも旅人がいるんだろ? ちょっと参考までに聞きにいかないか?」

「そうですね…旅人同士の情報交換は旅の必需ですし…」

 俺たちは紹介された宿屋に着くと、紹介状を手渡して部屋へ案内してもらった
 室内はベッドと小さなテーブルがあるだけの質素なものだったが下手に大きな部屋よりはずっと落ち着ける
 テーブルの上にはワインとパンが置いてあり、セルフサービスのようだった

 俺は早速手に持っていた荷物をベッドの上に置くとパンをひとつとって齧った
 ゴールドは宿の主人に金貨を一枚手渡すと何かを頼む仕草をしてから部屋に入った

「……今、何か話してなかったか?」

「ええ、少し…大したことではないのです。気にしないで欲しいのです
 それよりも隣の部屋に例の旅人がいるようです。挨拶に行きましょう」

 …明らか様に何かを隠している…
 まぁ言いたくないのなら無理に聞きだす必要もないか…

「パンの味はどうです?」

「……硬いし…ぼそぼそしてる…」

 正直、あまり美味しいものではなかった
 元の素材が悪い上に既に古くなったもののようだ

「スープにでも浸せば何とかなるのです」

 ゴールドは小さく笑うと、隣の部屋をノックした
 …ここに旅人が泊まっているらしい
 一体、どんな人物だろう…想像もつかない

 不安と期待交じりで待っていると、少ししてからドアが少しだけ開けられた



「は、はいっ!! どちら様ですかっ!?」

 何故か妙に切羽詰った声
 …タイミングの悪い時に来てしまったんだろうか…

「はじめまして。ボクたちも旅のものなのですけれど、よろしければ情報交換をして頂けないでしょうか」

「ええっ!? 旅の人!?」

 急にドアが全開になる
 中から人が飛び出してくると、その人はゴールドの手を両手で握って上下に激しく揺さぶった

「ああぁあ!! 助かったぁ〜っ!!」

「あ、あの…?」

 さすがのゴールドも展開についてゆけず目を白黒させている
 旅人は想像以上にフレンドリーで激しい性格のようだ








「…な、何か困ってたんですか…?」

 俺も勢いに気圧されそうになる
 それでも助かった≠ニ言っているからには何かあったのだろう
 旅人は俺のほうを向くと目尻に微かに涙を浮かべた

「たくさん困りすぎてて何に一番困ったらいいかわかんないくらいに困ってるんだ!!」

 ……。
 これは、どうコメントしたらよいのだろう…

「あ、あの、ボクたちでよければ何か助けになれるかもしれないのです
 もし良ければ何か話して欲しいのです。旅の者同士困った時はお互い様なのです」

 当初の予定から少し展開がズレてしまったが、困っている相手を放って置くわけにもいかない
 それに、様子からしてかなり何かに困っているようだ

「…本当? それじゃぁちょっと相談に乗って欲しいんだけど…あ、どうぞ中に入って」

 言われるがままに俺たちは部屋へと入った
 完全に向こうのペースにハマっている
 とりあえず俺たちは適当なところに座ると旅人の言葉を待った


「実は俺、訳ありで北西を目指して船旅をしてたんだ
 でも…乗った船が巨大亀の背中に乗って座礁して…避難用のボートに乗ろうとしたら
 巨大な津波が襲ってきて…気がついたらマンボウのヒレに引っかかって浅瀬を漂ってて…」

「……………かめ?」

 船が乗り上げるくらいの大きさの亀って…一体…

「そのマンボウが食べようとしたクラゲが思った以上に大きくて、逆にマンボウがクラゲに食べられちゃって…
 仕方がないから今度はそのクラゲの上に正座させてもらって海を漂ってたんだけど…
 運悪く暴れ水牛の大移動にぶつかっちゃって、そのまま一緒に押し流されて移動しちゃってさ〜」

「…………うし?」

 水牛って普通、海にはいないんじゃぁ…?
 しかもマンボウを食べるクラゲって一体…何メートルあるのだろうか…

「牛に踏まれそうになるし大変だったよ。でも、人魚の群れを発見したから頼んで陸に連れて行ってもらうように頼んだ んだ
 そこまでは良かったんだけど…何か途中で沈没してゴーストシップと化した海賊船に襲われてねぇ…
 大量のゾンビたちに包囲された時には人生の終わりかと思ったよ
 でも、もう駄目だ――って思ってたら、運良く暴走したリヴァイアサンが頭から船に突っ込んでくれてさ〜
 とりあえずその衝撃とリヴァイアサンが起こした津波に乗ってかなりの距離を移動できたわけなんだ」

「……………幽霊船……?」

「でも、思いのほかその津波が大きくて…衝撃で陸に投げ出されたまでは良かったんだけどさ
 その場所が運の悪いことに見渡す限りの大ジャングル!!
 右も左もド派手な植物だらけだし…全身塩水まみれで気持ち悪いし、現在地の見当もつかないし…」

「………………」

 一体何メートルの高さの津波の上に乗っていたんだろう……

「まぁ、適当に歩いているうちにこの村に辿り着いたんだけど、ここって地図にのってなくてさ〜
 一体俺は何処まで流されてきたんだろう、ってちょっと途方に暮れていたんだよ」

「………あの〜……」

「…ん? 何?」

「……よく生きていましたね……」

「うん、津波に飲み込まれて海を漂うことは小さな頃から結構あったんだよ
 船が沈没したり泳いでる時に他の生物にどっかに連れて行かれるのも珍しいことでもないし」

「……普通はそんな体験しないのです……物凄く珍しいことなのです……」

「ん〜…まぁ流石の俺も、一週間以上海を彷徨ったのは初めての経験だったよ」

「普通は丸腰で海に投げ出されたら一日も持たないんじゃ…?」

「慣れだよ」

「……慣れたくないのです……」

 ゴールドは窓の外を眺めつつ呟いた
 外では夕日を背にカラスが飛んでゆく

 召喚されてきた俺も数奇な体験をしたと思っていたけど…
 この旅人に比べたら俺はずっと平凡な人生を送っているような気がする…

「…というわけで、とりあえず色々と困ってるんだよ
 ここって世界地図的にはどのへんの位置にあるのかなぁ?」

「………かなり、偏狭の地なのです……大きな町もなければ港も無いのです………」

「ええ〜!? じゃあ、もう一回津波に乗って…」

「いや、止めた方がいいと思う…」

「ボクもそう思うのです……」







 俺とゴールドは顔を見合わせた
 互いに小声で耳打ちする

「――カイザルの城に手紙を出して、船を出してもらえないか?」

「ボクもそう思うのです。来た道を戻ることになるのですが…いいですよね?」

「ああ、この人を普通に送り出したら何処に流されていくかわかんないしな…」

 一致団結、異議なし
 こうして話はまとまった


「――あの、俺の友達に頼めば船を出してもらえそうなんだ
 手紙を出してから三日くらいかかるそうなんだけど…それで良ければ…どうだろう?」

「えええっ!? ほ、本当!? いいの!?」

「はい、貴方がよろしければすぐにでも手紙を書くのです」

「うわぁ!! よかったぁ〜!! ありがとうっ!!
 ……あ、俺の他にもう一人連れがいるんだけど…いいかな?」

「それは勿論いいですけど…あの…」

 連れの人も一緒に流れてきたんだろうか……
 その疑問は恐ろしくて口には出来なかった



「あの、それじゃぁボクは手紙を書いてくるのです」

 ゴールドはいそいそと自分の部屋へと戻っていった
 俺は何となくその場から動くことが出来ずに目の前の旅人と話をしていた


「もう少しで俺の連れが買出しから戻ってくるはずなんだよ
 そうしたら船の話をして…あ、君の事もちゃんと紹介しなきゃね〜あと、さっきの綺麗な人も」

「……はぁ、それはどうも……」

 久しぶりに聞くタメ口が嬉しい
 やっぱり耳慣れない敬語よりは普通に友人と話すようなタメ口の方がずっと耳に馴染む
 しかし相手の年齢がわからない以上、果たして自分もタメ口をたたいていいものなのか…

 一見すると年齢は自分と大して変わらないように思える
 しかしここはあくまでもファンタジー世界だ
 その辺にいる人物が100歳200歳という可能性だって疑ってはいけない

 しかし面と向かって歳を聞いても悪いような気がするので、俺は慣れない敬語を使うことにした
 どうしても、これだけは言わなければ気がすまない


「あの、自己紹介しませんか…?」

 相手のペースに流されるまま話をしていたが、相手の名前すら知らない状態だ
 船が着くまでの数日間は一緒にいることになるのだろう
 流石に自己紹介をしないわけにはいかない

「あー…そういえば名乗ってなかったねぇ…
 俺はレンって言うんだ。レン・ダナン。よろしくね」

「あ、はい。俺はジュンといいます。よろしく…」

 今更ながらに握手を交わす
 何となく先月、女子高生のグループと合コンしたときのことが思い出された
 ――ゴールドという恋人がいる今、もう合コンに行くことはないのかもしれないが…

 少し昔を懐かしんでいると、いきなり盛大にドアが開け放たれた


「――だあぁっ!! 何だあの店員はよぉ!! オレの姿見て強盗と間違えるんだぜ!?」

 怒りも露に部屋に入ってきたその男は―――…

「……ヘビメタ……?」

 思わずそう呟いてしまうような姿だった
 ヘビメタのファンタジーバージョン…というのが正しい形容だろうか…

「…だからその服は止めなって言ってるじゃないかぁ〜…
 この村に入る時だってどんなに苦労したか…村長さんに感謝しなきゃね」

「この服はオレのポリシーなんだって!!
 オレだってなぁ――……って、誰だ?」

 急に話をふられて心臓が口から飛び出そうになった
 実際、俺は30センチほど飛び上がった
 俺が驚いたのは目の前の人物の迫力――だけではない

 ヘビメタルックは…まぁ百歩譲って許容できる
 でも…問題は彼の耳だ
 耳が―――何か、物凄く尖がっている
 こんな重力に逆らった福耳がある筈がない

「う…うわわ…っ!!」

 俺は思わず後ずさった








「怖がらせないでよ、この人は船の手配をしてくれた人なんだから!!」

 いや、厳密に言うと手配をしてくれてるのはゴールドなのだけれど…
 まぁ…この際そんな事はどうでもいい
 それよりもレンさん、このヘビーなお兄さんは誰ですか…?

「………あの……」

「へぇ〜船を!? そりゃ有難いな〜
 このまま船が見つからなきゃぁ、まぁた津波に乗っかって流される所だったぜ」

「あ…やっぱり一緒に流れてきたんですね……」

「おう、牛だのゾンビだの散々な目に遭ったが…かすり傷ひとつ負っちゃぁいねぇぜ
 その辺が流石だよな〜やっぱレンの強運は世界一だな!!」

 …本当に強運なら、そもそもこんな危険な目には遭っていないような気が…
 しかし俺は、あえてそれを口にはしなかった
 だって…そのことは当の本人たちが一番良く心得ている筈だから…


「あ〜ジュン君、この人はレグルスっていって――見た目は怖いけど、口も悪くて…」

 …レンさん…フォローになってない……

「ジュンとやら、レンの見た目に騙されるんじゃねぇぞ?
 こいつの性格の悪さと腹黒さは超一級品だからな」

「は…ははは…」

 俺は特にコメントはしないでおいた
 …何を言えばよいのかもわからなかったし

 ただ、この二人が何だ言ってとても仲がいいということは良くわかった
 憎まれ口をたたきながらも目は笑っている
 何気無い仕草の中で時折、互いの肩や腕に触れるのも親しい証拠だろう

「仲が良いんですね…」

「うん、愛し合ってるからね」

「……………」

 レンさんなりのジョークだろうか…
 でもレグルスさんも真顔で頷いてる

「ったく…告白してから恋人と認めてもらうまで一年かかったんだぜ?
 ずっと二人で旅してるのってによぉ…キスすらさせてもらえなくて地獄だったぜ」

「あはは…でも悶々としてるレグルスを見てるのも楽しかったんだよ」


 ……何か、既に二人の世界に入ってしまってる……

 いや、まぁ…人の恋路は俺が口を挟めることじゃないけれど
 つーか今の俺に彼らを非難することは出来ないけど…


 ―――いちゃつくなら、他でやれ


 いや、むしろ俺がお邪魔虫なのだろうか…
 ……絶対邪魔だな、状況からしても
 折角今後の目処も立ったことだし、二人っきりで話したいこともあるのだろう

「あ――じ、じゃあ…詳しい話は明日にでも…」

「うん、ありがとう
 ごめんね〜色々と」

「明日、二人で改めて礼にでも行くからよ」


 俺は土産に貰った得体の知れない果物を抱えてその部屋を後にした

「…何か…物凄いカップルだったな…」

 でも見ていて嫌な気はしなかった
 俺の知っている恋愛よりも、ずっと真剣な恋愛をしているように見える
 あの二人には、付き合ってもつまらなかったらすぐに別れて翌日には違う相手を連れているような恋愛など想像もつ かないだろう

 …きっと、それはゴールドも同じだ
 常に死と隣り合わせのこの世界では、恋をするのも命懸けなのだ
 恋人は、そのまま共に戦い生き抜いてゆくための生涯のパートナーになる

「…俺は…どうなんだろう…」

 ゴールドの事を好きな気持ちは変わらない
 優しい笑顔を向けられると胸が熱くなる
 キザな口説き文句を言われると物凄く恥ずかしい――けれど、やっぱり嬉しいと感じる

 それでも――純粋に愛されているとわかるからこそ、今まで適当な恋愛をしてきた自分に負い目を感じるのだ
 ゴールドの想いの強さを感じる度に、自分の今までしてきたことが恥ずかしくて悲しくなる

 …あんな、いい加減な付き合いなんてしなければ良かった…
 後悔してみても、過ぎてしまった時は戻らない
 適当に、望まれるままに――また、その時のノリで女を次々と変えていた自分が嫌になる

 レンも、レグルス、リノライも――ゴールドも、自分にはあまりにも純粋に見える
 自分があまりにも醜く思えて、消えてしまいたいとさえ思えた


「……俺、このままゴールドと恋人してていいのか……?」

「何を当たり前の事を言っているのです」

「――うわぁっ!?」

 気がつくと、すぐ後ろにゴールドが仁王立ちしていた
 珍しく顔をしかめて――怒っている…ようだ

「脅かすなよ…いつからいたんだ?」

「つい先ほどです。手紙を精霊に運んで貰って来たのです」

「そ、そうか。ご…ご苦労だったな」

 …ゴールドが…怖い
 口元は笑っていても、目が据わってる…
 普段が温厚で優しい笑みを浮かべているからこそ、余計に迫力がある
 背筋に冷や汗が流れた


「……少しお話をしましょう…
 ジュン、部屋に入ってください」

 俺に否定権は無かった
 これから拷問を受ける捕虜のような気分で俺は部屋へと入った

TOP 戻る 進む