「―――とりあえず、これで野宿はできるのです」

 ゴールドは慣れた手つきで周囲の草を根ごと刈り取ると、何処からか大きな布を出してそこに敷いた
 その後周囲の木から大きな枝を数本切り落とし組み立てると火をつけてあっという間に焚き火を作ってしまった


「…凄いな…」

 その手際の良さには感心するしかない
 器用に枯れ草を焚き付けに、見事な炎を熾す様は感動的だ
 初めて見たよ…火打石で火を熾すところなんて…

 ファンタジー世界とはいえ多少はガスや電気があるようなので正直こんなサバイバルを体験するとは思わなかった


「食べられる木の実を採ってきたのです。この葉っぱも焼けば食べられるのです」

 ゴールドが笑顔で手にしている大きな葉っぱは――見るからにヤバい色をしていた
 …本当に、ほんッと―――に、食べられるのか!?
 無意識に顔が引きつって行くのがわかった

 ちら、とゴールドの方を見ると彼もまた俺の目をじっと見ていた






  




「…おい…そのやけに嬉しそうな目は何だよ…」

「いえ、その微妙に困ったような顔が見たかったのです
 色々な表情を知りたかったので―――あ、これはちゃんと食用だから大丈夫なのです」

 あえてこのヤバそうな植物を選んだらしい


「…確信犯かよ…」


 猛毒がありそうなんですけど……
 しかし食料は貴重だ…見た目がどうだの言っていられる状況ではない

「ほんとにサバイバルだな…」

 しかも、ワイルド感大爆発
 サボテンのように分厚い葉っぱを火で炙る体験なんて滅多に出来るものではない

「この植物は茎の中に大量の水を溜めているのです。凄く綺麗な水で、ちゃんと飲めるのです」


 …た、逞しい…
 彼はきっと路頭に迷っても生き延びられるだろう…
 とりあえず彼といれば飲食に困ることはなさそうだ

「――それにしても、リノライ様は随分と色々持たせて下さったのですねぇ…
 地図に磁石に薬草と魔石と―――……うわ!! 物凄い大金なのです……!!」

 ゴールドは俺がリノライからもらった袋を覗き込んで大きな溜め息をついた
 俺には使い方の見当もつかない草や石も、実は相当高価な物だったらしい
 しかし俺が持っていても宝の持ち腐れなので、全てゴールドに委ねることにしたのだ


「この草は毒消しなのです。煎じて飲むのです。こっちの草は気付け効果があるのです
 で、これは麻酔効果がある草なのです。怪我等をした時に痛み止めとして使うのです」

 …普通に病院とか薬局は無いらしい
 まぁ、こんなジャングルだし仕方がないか…

 俺はゴールドと薬草の効用と使用法について詳しく聞いた後、取り留めのない話をしながら夕食をとった



 二時間後―――…


「…そろそろ休んだ方がいいのです、明日もたくさん歩かなければならないのです」

 ゴールドが焚き火の炎を調節しながら俺に寝るように促す
 俺自身も空腹が満たされたのと疲労が押し寄せてきたせいで正直、目蓋が重かった
 眠ってもいいというなら喜んで寝たい心境だったが、少し気になることもなる

「…寝てる間に化け物が来たらどうすんだよ」

「ボクが見張りをしているのです。ジュンは安心して寝ていても大丈夫です」

「…お前だって寝なきゃならないだろ?」

「ボクは大丈夫です。徹夜にも慣れているのです。それに、もともとあまり睡眠を必要としない種族なのです」

 言葉巧みに言い包められて、地面に寝かされる
 いまいち納得できないところもあるし、申し訳ないような気がする
 しかし襲ってくる睡魔には勝てず俺は言われるままに休むことにした

 静かに髪を撫ぜてくれるゴールドの手が心地良い
 俺は久しぶりの満ち足りた安堵感の中で眠りにおちていった





 さらさらと指間を流れる髪の感触を楽しむ
 染めているのだろうか――少し痛んだ髪が掌を擽った

 ゴールドは数日前の自分を思い出していた
 初めてジュンと会った日の事を

 …とにかく、ひたすらに驚かされた出会いだったことを
 自分の知る人間像が根本から覆され、困惑して過ごした数日間――…

 記憶の中の人間は皆――悪魔である自分を恐れた
 魔界で人間が生きてゆくことは非常に困難を極める
 多くの人間は魔に捕らえられ…奴隷として、食料として、玩具として扱われ――その短い生涯を終える
 何とか逃げ延びた一部の人間たちはひっそりと身を寄せ合い小さな集落に隠れ住んでいる
 しかし常に魔に脅え、周囲を警戒しながら、いつ魔に見つかるかと震えながら生きているものだ

 それなのに目の前のこの人間はどうだろう

 モンスターに脅えはすれど、魔である自分はおろかカイザルやリノライとも普通に会話をこなしている
 まるで魔の脅威など初めから知らないかのように普通に接してくる

 初めてジュンを見た時、ゴールドはカイザルが何処からか奴隷を連れて来たのだと思った
 変わり者のカイザルのことだ、奴隷である人間にもそれなりの待遇をしていても特に気にはしなかった

 しかし、突然その人間の世話をするように言いつけられたときには流石のゴールドも驚いた
 なぜこの城に仕える筈の奴隷に世話が必要なのか――…

 ゴールドは思いつく限りの仮説を立てて――恐らくジュンはカイザルのペットなのだという結論に達した
 確かに容姿的にも悪くはない…ペットとして猫可愛がりをしているのだろう
 自分を世話係としたのも豪華な客室を用意したのもそれなら何とか頷ける
 可愛らしい猫にリボンや鈴をつけてクッションの上に座らせたい気持ちは理解できる

 しかし――…理解できないのはジュン自身の言動だ
 彼はあまりにも無知過ぎる…これは恐らくジュンがこの島から遠く離れた土地から来た証拠だろう
 しかし拉致をされたにしては妙に落ち着き払っている
 その表情からしても恐怖心よりも好奇心の方が明らかに強く子供のように自分に質問をしてきた

 それは彼が魔を恐れていないという何よりの証拠だ
 身体を見ても鞭の痕や縛られた痕跡なども見当たらない

 かといって自ら魔王の城へ奴隷としてやってくる人間などいる筈もない―――…

 しかしその疑問を面と向かって問いかけるのも憚られる
 ゴールドに出来ることは、与えられた職務を忠実にこなすことだけだった

 ――あくまでも、ジュンに恋愛感情を抱くまでの話だが


 ゴールドにはジュンが何者なのかわからない
 ただ、いきなりカイザルを助けたいとこんな旅に出たこと
 そしてリノライからの大量の軍資金を見た時点で自分の理解できる範疇ではないと確信した

 彼が普通の人間ではないということはわかる――しかし、そんな事はどうでも良くなってきていた
 彼を初めて腕に抱いたあの時から――ゴールドはありのままのジュンを見つめ始めている

 ジュンが何者であれ…自分にとって何よりも大切な恋人であることにかわりはない


 それに自分が憶測をたてなくても、彼が自分を信頼してくれるならいずれ何かしら話してくれるだろう

 ゴールドはもう一度ジュンの髪を撫ぜ上げる
 今ここで、こうしていられるという現実が嬉しい

 ジュンに想いを受け入れてもらえただけで奇跡だ

 彼を護ろう、力の限り
 そして彼を愛そう――自分の全てを曝け出して

 それが今、自分に出来ることの全てだ



「本当に、愛しているのですよ――どうしようもない程に…」

 息を殺して、一瞬だけその頬に唇を寄せる
 寝こみを襲っているという罪悪感と気恥ずかしさで軽い眩暈を感じた

「――本当に…困りましたねぇ……」

 ゴールドは自嘲混じりに苦笑する
 少し気まずくなって持ち場を少しだけ離れた

 長く伸びた草の上に胡坐をかいて深呼吸
 心臓が大きな音を立てて頭の中にまで響いている
 手近にあった大きな葉を手折るとそれを団扇代わりに風を起こす

 今、見られたら言い逃れできない状況だ
 正直すぎる自分の身体に苦笑が止まらない




  



 紅潮した頬を指でかきつつゴールドは火照った身体の熱が冷めるのを待った




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