再び襲い掛かる死の恐怖


 俺は成す術もなかった
 ただ、その影に飛びつかれた衝撃に目を閉じて耐える

 肩に、頬に、胸に強い圧迫感がかかる
 指と思われるものが強く身体に食い込んだ



 しかし


 再び開いた瞳に映ったその姿を見て、絶望感は驚愕へと姿を変える
 視界が白く濁り、今まで胸を彷徨っていた数々の感情が一度に溢れ出る
 次の瞬間、堪え様も無い涙が止め処なく頬を伝った

 見間違えるはずも無い、長いブロンドの髪
 陶器のように白くて滑らかな肌…

 耳元で囁かれる優しい声
 しかしその声は涙を堪え擦れていた
 痛いほどに強く抱きしめられる





  






「…間に合って、良かった…っ!!」


 頬を摺り寄せて、その温もりを確かめる

 ―――生きて逢えることは、奇跡だと思っていたのに

 都合の良い夢を見ているのかと思った
 しかし、夢や幻にしてはあまりに暖かく優しい鼓動

 込み上げる喜びの感情と驚愕の思いが入り混じって頭の中がぐちゃぐちゃになる


「何で、ここに…?」

 それだけ問うのがやっとだった
 本当は嬉しい気持ちを伝えたい
 感謝の言葉を送りたい
 でも、言葉が声にならなかった


「……カイザル様の魔法で…貴方を追ってきました」

 そう微笑むその顔は微かな憂いの色を持っている
 何処か悲しそうな、それでいて強い感情を潜ませた瞳が真っ直ぐに俺を見つめている

「ジュン様、迷惑なのはわかっています
 拒まれて当然だと思っています…それでも、貴方の傍にいたいのです
 人として扱ってもらおうなどとは思いません。もう二度と身の程を弁えない言動もしません
 ただ、道具として…盾として、剣として――貴方の傍にいることを、どうか許して下さい…!!」


 涙ながらに許しを請われても何て答えたらよいのかわからない
 次に逢えた時は拒まないと心に決めている
 ちゃんと人として―――恋人として、彼を迎え入れたい

 しかし、それをどう伝えてよいのかわからなかった

 どんな言葉を発しても、今の自分では誤解を招きそうだ
 俺は言葉ではなく、身体の動きで肯定の意志を伝える

 自ら重ねた唇はしっとりと涙の味がした


「…………」


 しばらくの間、無言で見つめ合う
 使い魔が瞳を見開いたまま微動だにしないので少し不安になった


「…まさか、ショック死なんてしてないよな…?」


 軽く身体を小突いてみると、使い魔はようやく我に返ったようだった
 何度か瞬きを繰り返したり、深呼吸をしたりしている

「……おい……?」

「はっ!? はいっ!?」

 …いや、そんなに声を裏返さなくても……
 何となく行く先に一抹の不安を感じる

「大丈夫か?」

 色々な意味で

「は、はい…。 あの、今のは一体、どういった意味なのでしょうか……?」

 今の…?
 記憶を少し後退させて心当たりを探る
 やがて、返事代わりのキスの事だと思い当たった


「…えっと、その、あれだよ。―――恋人として、よろしく、って意味で」

 今、自分は一体どんな表情をしているのだろう
 激しく赤面していることだけは確かだ
 自分から告白したことも初めてなら、ここまで恥ずかしい告白を体験したのも初めての経験だった

 何となく気まずい

 しかし、目の前で泣き崩れている使い魔の姿を見た瞬間、そんな気まずさなど遥か彼方へ吹っ飛んだ


「な、何で泣くんだ!?」

 慌てて声をかけても返事は無い
 使い魔は声もなく、ただ感涙にむせび泣いていた




 その後、使い魔が泣き止むまでの二時間、俺の悪戦苦闘の慰め術が披露されっ放しだった







「―――そういえば、お前、剣なんか扱えたんだな」

 不意にわいた疑問を口にすると、使い魔は笑顔でそれに答える

「あれも魔法の一種なのです。効果は一定期間だけなのですが、土の質を硬く鋭く変化させて剣の姿にするのです」

「ふーん…一定期間過ぎた剣はどうなるんだ?」

「元の土へと姿を変え、そのまま大地へと還るのです」

「エコマークつきか…地球に優しいな」

 ここが地球かどうかわかんないけど

 何となく他愛のない話をしながら、俺たちは更に奥へと進む
 行く手を阻む植物は、先頭を歩く使い魔がその剣で次々と薙ぎ倒していった
 そのおかげで物凄く進むスピードがアップする

 巨大な剣を巧みに扱うその姿は普段の彼からはまるで想像できない凛々しさがあった
 丁寧で、それでいて柔らかく無邪気なその物腰とは裏腹に剣術は力強くワイルドだ
 そのギャップがまた格好良いと思えてしまうあたり、俺もそろそろ毒されているのだろうか…


「お前って、もしかしたら刃物とか持つと性格変わるタイプ?」

「どうでしょうねぇ…使い魔の中ではわりと好戦的な方だとは思いますが」

「ふーん…まぁ、お前の場合その位の方が嫌味が無くて良いかも知れないけどな」

「…そ、そういうものなのですか…?」

 疑問符を頭いっぱいに浮かべて首をかしげる使い魔
 その姿が妙に可愛らしい――って、大きい姿の時の使い魔すら可愛く思えてくる俺って一体…


「…ジュン様、どうしたのですか?」

「いや、何でもない―――って、おい…
 そのジュン様≠チての止めないか?」

 俺たちは一応、恋人同士――なったばかりだが―――という関係だ
 使い魔は今までのような世話係という立場ではなくなった
 対等な立場になった今、様&tけで呼ばれることに違和感がある

「…あ、あの、ではボクも呼び方でお願いがるのです
 ボクに名前をつけて欲しいのです」

「………名前?」

 確か名前は無く使い魔≠ニいう総称が全てだった筈だ

「はい、万人に仕える使い魔としてではなく…貴方一人の為のボク≠ニして生きるために…
 貴方の恋人としてこれからの人生を生きてゆくために、ボクだけの名前が欲しいのです…」

 使い魔は頬を真紅に染めていた
 ある意味愛の告白よりも恥ずかしいセリフだ
 ――しかし…

「…名前って…俺さ、犬とか猫の名前しか付けたこと無いんだけど……」

「別に何でも良いのです。ただボク個人をあらわす名称が欲しいのです
 自分で自分の名前を付けるのは抵抗があるのです。恋人の貴方に名付けて欲しいのです」

 …そう言われても、どんな名前をつけたらよいものか…
 名前は一生ついてまわる大切なものだ
 呼び方ひとつでその人物の印象も変わってしまう

 ――慎重に、よく考えて名付けなければならないのだが…

「な、何だろう…思いつかない…」

 彼のイメージによく合うような名前
 色が白くて人形のようだからジェニー≠ニかバービー=H
 …って、それじゃあ女の名前だ
 外見が大きくなったり小さくなったりするからゴム=cいや、流石にそれは酷すぎるだろう

「やっぱ横文字の名前が良いよなぁ…何かないかな…」

 使い魔のイメージ…
 背が高くて、髪が長くて、目が優しくて―――…

「―――あ…!!」

 そうだ
 彼の生まれながらの特徴
 金の髪、金の瞳、金に輝く大地の力…


「―――ゴールド、って…どうかな?」

「…ゴールド…ですか?」

「うん、凄く綺麗な髪と瞳だから…
黄金の輝きに包まれた者≠チて感じの意味合いを込めてさ」

「―――凄く嬉しいです……!! 素敵な名前をありがとうございます。私の――ジュン」

 うわ!!

 も、物凄く恥ずかしいセリフを真顔で……っ!!
 おっとりと見せかけて実は思いっきりキザな野郎だったのか!?
 しっ…信じらんね――!!
 つーかこの状況で物凄くドキドキしている自分自身が何より信じられない!!


「―――ジュン」

「ぇえっ!? あ、なに?」

 声が変なところから出た
 駄目だ、慣れなきゃならない
 彼は、こういうキザなキャラなんだ―――…


「―――ここで寝ましょうか」








※ただ今、主人公の思考が停止しております
 しばらくお待ち下さい―――…







「ぃひげへぇっ☆」


 我に返った俺は物凄く複雑なむせ方をした

「だ、大丈夫ですかっ!?」

「な、だ、だっ、んなっ…」

 今は辛うじて大丈夫だ
 だが今後の展開によっては大丈夫ではなくなりそうな予感
 それをはっきり言って良いものかどうか…
 いや、それよりもお前はいきなり何を言い出すのか――…

 一度に色々な考えが出てきて言葉にならない


「……落ち着いてください
 頭の中を整理して、とりあえず一番言いたい事だけ言って下さい」


「―――あの、ここで寝るって………」

「やっぱり、嫌ですか?」

 嫌かと聞かれれば、はっきり嫌だと答えられる
 そりゃあゴールドの事は好きだし恋人同士にはなったけれど…
 やっぱり抵抗が…心の準備がぁ…っ!!

「あのな、俺たちは今日、恋人同士になったばかりだしな?
 やっぱりこういうことはもっと恋人同士の付き合いを重ねた後の方がいいと思うんだ」

 何か我ながら男の言い訳っぽいセリフだ――って、そのまんまか


「………あの、ジュン…」

「いや、お前の気持ちも同じ男として良くわかるわけよ
 でも俺としてもな、その…いまいち心の準備がな?
 別にお前と関係を持つのが嫌って訳じゃなくて…つまり、もう少し時間が欲しいわけで…」

 要するに心の準備期間が欲しいわけなのだが
 具体的にどの位必要かと聞かれても、はっきりと答えられる自信が無い


「…あの…ボク、そんなに…がっついているように見えるのですか……?」

 ゴールドは背に雨雲を背負っているかのように沈んでいた
 …何か良くないことを言ってしまったのだろうか
 出来るだけ当たり障りのない説明をしたつもりだったけど――…


「え? あ、いや、そういう訳では…」

 何となく気まずい…
 ゴールドの背負っていた雨雲は次第に雷雲へと姿を変えたようで

「いくらボクだって何もこんなジャングルの中でそういう事しようとは思わないですっ!!
 確かに以前、地下室でのことがありますけど…ちゃんと自制心は持ち合わせてますっ!!」

 ――雷を落とされてしまった……
 つーか、何で怒っているんだろう…


「……えーっと、じゃあ……?」

 探るように問うと、ゴールドはがっくりと項垂れた
 気になってその表情を覗き込む
 それは、憔悴したような――疲れて何かを消耗したかのような何とも力の抜けた表情だった
 

「―――ただボクは、日が暮れてきたから…ここで野宿をしようかと思っただけで…
 別に変な下心や他意は無かったのです…それなのに…ジュンはボクを誤解しているのです」

「―――――……。」


 はい、本気で誤解していました
 物凄く深読みしていたようです


 俺、本気でヤバいです
 もしかしたら最低な人間かもしれません

 すみません
 穴があったら入ってもいいですか?
 無いのなら自分で掘ってもいいです
 何だったら上から土をかぶせて埋めてもらっても構いません

 …だから、今の事は無かったことにして下さい………


「えっと、ごめん…」

「………もう、いいです……ジュンのそんな所も可愛いですから」


 ―――さり気に口説きやがった…

 やっぱり侮れないな、こいつは…
 …いや、でもゴールドはちゃんと自制心はあるし俺の事も大切に思ってくれているいい奴なんだ
 ちょっとキザな所はあるけれど、あくまでも天然で言っていることなんだ
 悪意は微塵も―――…



「――ご所望通り…ジャングルではなく、ちゃんと村についてから襲います。安心して下さい」


「……………。」





  




 ―――悪意、あるかも知れない……


「…悪魔だ…」

「そりゃぁ…元・使い魔ですから…
 ――ですが今は貴方に心奪われた一人の愚かな男ですよ」

「…………………。」


 今後の目標――とりあえず、キザなセリフに耐性を持とう……


 俺は人知れず拳を硬く握り締めた―――…



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