「…君、もう大丈夫だ」


 男が家に戻ってきたのは、あれから15分ほど経ってからだった
 彼の言葉に、のそのそとベッドから這い出る
 俺はもう彼に対する警戒心をかなり解いていた
 目覚め一発に見るオカマも恐いが、恐竜の方がもっと恐い

「…恐竜、いなくなりました…?」

「―――まぁ、な……それで、君はどうする?
 今の時間から山を降りるのは無謀だと思うのだが…挑戦してみるか?」

 俺は首を横に振った
 今が夕方だとか、そういう事はこの際置いておいて
 そもそも俺はこの山を降りる気が失せていた


「……あの…質問してもいいですか……?」

「答えられる範疇内なら」

 顔が見えない上に淡々とした口調なせいで、どうも話し難い
 彼が今起こっているのか笑っているのか―――それすらもわからないのだ
 けれど質問には答えてもらえるらしい

「……あの、何でこの時代に恐竜がいるんですか……?」

「キョウリュウ? あぁ、あの凶暴なのはキョウリュウという名なのか…知らなかった
 奴なら森の中を歩いていると、たまに見かけるな…油断していると食われるから気をつけろ」

 ………たまに…見かけるの……?
 北海道の山中で!?
 ――って、本当にここは北海道なのか――――!?


「あの、つかぬ事を伺いますが…ここは一体何処でしょう?」

「…何だ…迷子だったのか…?
 ここはティルティロ国領土のコリエリ大陸だ
 そのような事も知らないとは…君は麓にあるレザナ村の子ではないのか…?」



 全然違います


 …って、何その舌を噛みそうな横文字万歳の名前はっ!?
 北海道どころか―――日本ですらないのかっ!?
 いや…確かに日本に恐竜がいる筈なんてないのだから、ここが日本じゃないというのも―――……

 って、そもそも絶滅してんじゃん!!
 じゃあ何か!? タイムスリップしたってか!?
 恐竜がいたのって、何億年前だっけ……!?


「……いや、落ち着け俺…タイムスリップなんてする筈無いって…ドラえもんの観過ぎ!?」

「君、大丈夫か…?
 顔色が悪い…水でも飲むか?」

 俺は再び首を横に振る
 空腹だった筈なのに、今の俺は水すら受け付けない
 一難去って、また難問の到来


「――――ここ、北海道の…キャンプ場…ですよね……?」

「ティルティロ国領土のコリエリ大陸だと言ってる」

 それは一体何処の国の、どの時代にあるんでしょう…
 地球上に存在するんですか……?

 この人の頭がおかしいのでしょうか
 あぁでも、改めて見ると外の景色が北海道の森とはちょっと違うような―――!!


「あの…もしかすると俺、寝ている間に聞いたことも無い国に来ちゃったかも知れないんですけど…」

 まだちょっと確信が無いのだけど
 でも本能的に何かが違うと――違和感≠確かに感じ取っている
 そして恐竜がいるという紛れも無い事実が俺を果の無いどん底に突き落とす


「…そうか…可哀想に、寝ている間にタチの悪い連中にさらわれて来たのだな…?
 倒れている君を見つけたとき、何かがおかしいとは思っていたのだ
 見たことの無い素材の服を着ているし――――そうか…これで全ての説明がつくな」

 うんうん、と男は1人で納得しているが、俺はとてもじゃないが納得なんて出来ない
 納得できないが……どう説明したらいいのかわからない

「…どうしよう…俺…」

 何か、泣きそうだ
 自分自身に何が起きているのかもわからないのに説明なんて出来ない
 けれど、何か言わなければ取り返しのつかないことになりそうだった


「落ち着きたまえ…君は今、混乱している
 そんな状態で話そうとしても上手く言葉は出てこない
 まずは落ち着いて現状確認をしたほうが良い
 ―――そうだ、一先ず話は後回しにして食事にでもしよう…な?」

 彼の中で俺は寝ている間にさらわれて山に置き去りにされた≠ニいう事になっているらしい
 急に同情的になると、優しく背を叩きながら俺を隣の部屋へ促した

 大きな手の感触に少しだけ落ち着きを取り戻す
 ―――と同時に襲い掛かる空腹感
 食事という言葉に素直に反応してしまう己の生命力の強さには脱帽だ

 けれど―――


「そういえば俺、物凄く腹減ってたんだった……」

「そうだろう? 朝から何も食べていないのだから
 少しだけ待っていてくれ、すぐに支度をするから」

 彼はそういうと小走りでキッチンであろう場所へと走っていった




 それから約、30分後――――


 テーブルの上には見事な肉料理が並んでいた
 久しぶりの人間らしい食べ物に感動の舌鼓を打つ

「……そういえば君、随分と可愛らしい名前なのだな」

「――――え?」

 名前……?
 そういえば俺、まだ彼に名乗ってない

「君をモデルにした人形も実に愛らしい」

 男の視線はテーブルの上のマスコット人形に注がれている
 リボンやフリルのついたドレスを愛用するくらいだ
 ファンシーグッズや人形なども大好きなのだろう

「…カーマイン…か、実に良い名だな」

「―――――…。」

 違う、それは俺の名じゃない
 即座にそう訂正したかった―――が、思い留まる
 誰が見ても俺をモデルにしているとわかるマスコット人形
 その背にはっきりと書かれたカーマイン≠ニいう名前
 彼が俺の名をカーマインだと思い込んでも不思議じゃない

 そうなると…ちょっと訂正し難い雰囲気になる
 それに俺の本当の名を告げると―――じゃあこの人形は何? という話になってくる
 ここで同人誌やらホモ話の出てくる人形にまつわる説明をする勇気は無い

 ……ま、いいや…俺―――カーマインで……
 俺は彼の前で人形の名を名乗ることに決めた


「あ、あの…貴方の名前は何ていうんですか?」

 一抹の罪悪感を感じつつも、俺は彼の名が気になった
 彼は一瞬食事の手を止めると少し間を置いて名乗る

「――――メルキゼデク、だ」

 やっぱり舌を噛みそうな名前
 横文字に弱い俺が果たして彼の名を正しく覚えることが出来るか―――うう…努力はしよう……

「…メル、キ…えーっと…メルキゼ…テ? デ? デ…ク……ですか…?」

 この名前、言うのが辛い…
 六文字だしやっぱり外人の名前は長い

「…私の名は…そんなに言い辛いか…?
 ならカーマインの言い易い様に途中で切っても構わない」

 その申し出はありがたい
 でもどこで切ればいいのだろう
 あまり変なところで切っても失礼だし…

「…あの、じゃあメルキゼ…さんって呼んでも良いですか?」

「ああ、構わないが…さん≠ヘ要らない
 それと私は敬語は嫌いだから…もっと気安く話しかけてくれたら嬉しい」

「あ、はい、わかりました―――じゃなくって、…わかったよ、メルキゼ」

「ああ」


 こうして俺は謎のニューハーフと妙な知り合いになったのだった



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