手渡された袋の中には大量の金貨と地図、そして用途のわからない薬や草のようなものが入っていた




「何か、荷物まで用意してもらって…かえって迷惑かけてすみません…」

 船どころか路銀やその他の道具まで準備してもらったのだ
 俺としては、ひたすらに恐縮するしかない

 しかし、リノライは笑顔で首を振った

「滅相もございませんよ。私としては当然の事をしているのですから
 本来ならば供の者をつけたいところでしたが…申し訳ございません」

「いえ、機密情報なんだから仕方ないですよ
 でも独りでもできる限りの事はしてきますから」



 俺は精一杯の作り笑顔で船の中に乗り込んだ

 結局、昨晩は眠れなかった
 使い魔のことが気になって、それどころではなかったのだ

 ……使い魔はあれ以来姿を見せていない

 それが余計に不安感を煽る


「…ジュンさん、迎えの船は手紙を寄越してくれれば二日程で着きますから」

 船員の一人が俺に簡単なメモを手渡してくれた

「あ、はい。ありがとうございます」

「…ジュンさん、大丈夫ですかい? 顔色悪いですよ?
 そういやカイザル王子様も今朝は体調がすぐれねぇとか仰ってましたけど…
 何か流行り病でも来てるんじゃないでしょうねぇ…いや、まいるねぇ…」

 船員は半ば、ぼやきながら去っていった



 船が出港しても落ち着いて部屋にいることが出来なかった
 頭の中は使い魔のことでいっぱいだった

 仕方なしに甲板で海風に晒される
 ぼんやりと外の景色を眺めてみても、はっきりと視界に入らない

「……結局…会えなかったな…」

 使い魔は今、何処でどうしているのだろう
 どこかでまだ泣いているのだろうか…

 胸の痛みは昨晩から癒える様子はない
 この痛みは一生消えないのだろうか…


 潮風をいっぱいに吸い込む

 故郷の潮風とは少し違う香り
 懐かしいエメラルドグリーンの波と白い珊瑚の砂浜の姿は見えない
 強い日差しも一面の砂糖黍畑も何も見えない

 この世界の海は蒼というよりは藍色をしている
 この世界の日差しは柔らかく、空気はひんやりと冷たい

 恋しい

 故郷の海も、使い魔も



 今と似たような気持ちを味わったことが以前にもあった

 中学生の夏、親の転勤で故郷の沖縄から北海道へ引っ越した時
 あの時も甲板で緑の海をぼんやりと眺めていた
 大好きな海も景色も遠くへ遠ざかってゆく寂しさ、悲しさ

 あの時の悲しさに似ている

 あれから何年も経った
 しかし、今でも俺の懐かしい故郷が恋しい

 寂しさを紛らわすために故郷の歌をよく歌った……



 流れる景色を眺めながら、そんな過去を思い出した

 何となく手持ち無沙汰になって、懐かしいメロディーを口ずさむ
 沖縄独特のテンポの良いメロディ
 明るい曲調とは裏腹に、悲しく切ない歌詞は言葉にする度に胸に沁み込む
 辛く悲しい想いを癒すかのような旋律は今の自分と良く同調した

 波音に掻き消されながら、呟くようにメロディーを紡ぐ
 何となく今の自分の状態と合っているような気がして、リズムを口ずさむ
 胸の傷を癒すように



 耳に親しんだリズム
 何度も歌ったメロディー

 でも


 この歌を口ずさんで涙が出たのは初めてだった




 使い魔は本気で俺を心配していてくれた
 きっと向こうの大陸では地下室であったような化け物がたくさんいるのだろう
 奴らと出くわした際に何処まで逃げ切れるかわからない
 一瞬で食い殺されるかもしれない

 …その時は、その時だ

 友人の苦しむ姿を黙って傍観しているよりは
 危険でも何かしているほうがずっと気が楽だ

 生きて城に戻れること自体が奇跡なのかもしれない
 今更ながらに自分のなそうとしていることの無謀さを実感してきた
 でも、後悔はしていない

 俺が後悔することはただひとつ

 使い魔を傷つけてしまったということだけだった



「…この際、生きて城に戻れたらもう日本に帰れなくてもいいかもな……」


 水飛沫を見ていると、何となくそう思えてくる


 もし、生きて再び使い魔と逢う事ができたら
 その時は―――彼を拒まずに受け入れよう
 生きて逢えるという奇跡が起きるならば、それは神が決めた運命だ
 最初から俺たちはそうなる運命だったのだと喜んで受け入れよう


 城の姿は遥か彼方
 もう殆どその姿は見えない

 俺はもう一度リズムを口ずさもうとして…止めた

 今は使い魔のことを悔やむのを止めよう
 この胸の傷を、今だけは気づかないふりをしていよう


 …生きて使命を果たすこと、そして再び使い魔と逢う事だけを考えよう


 俺は踵を返すと甲板を後にした



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