ジュンが去った後の部屋で、カイザルは静かに肩を震わせていた


「―――…いい加減、泣き止んで下さいませんか?」

 カイザルの頬にリノライが手をのばす
 しかし、触れる直前でそれは叩き落された


「――お前は最低だ!! ジュンは僕を友達だと言ってくれたのに!!
 初めて出来た友達なのに…それなのに…っ!! お前は、ジュンを殺す気か!?」

「別に私が殺すわけではありませんよ
 それに彼が自分で考えて出した結果ですし、私に責任はありません」

「…酷い…っ!! 人間が独りで出歩くのがどれ程危険か…お前も良く知っているはずだろっ!!」


「ええ、最悪の場合モンスターに食い殺されるか素行の悪い魔に嬲り殺されるか…
 ですが彼の場合は容姿的に優れていますから、恐らく何処かの魔が拾って下さるでしょう
 もしかすると奴隷市場に売り飛ばされるかも知れませんが…あの容姿なら殺されることも少ないと思いますよ」

「やっぱり、お前は最低だ…っ!! 恥を知れっ!!」

 手元にあったグラスを投げつける
 しかし、それはあっさりと避けられてしまった


「貴方のためなら、恥も外聞も捨て去ると申した筈ですよ
 …カイザル王子…いえ、カイザー。私は貴方の為ならいかなる犠牲も厭いませんよ
 そのことは貴方自身が一番良く存じている筈でしたよね?」

「……狂ってるな……」

「ええ、貴方に想い焦がれるあまり…気が狂ってしまったようです
 全て貴方の責任ですよ…? どう責任を取って頂きましょうか…?」

 その目は狂気に満ちていた
 冷たく光るその目にカイザルは寒気を覚える


「…可哀想に…脅えてらっしゃるのですか? こんなに涙を流して…
 私にしてみれば、そういう表情も可愛らしいですけれどね、私のカイザー…」

「…寄るな…っ!!」

 咄嗟に逃げ腰をうつ
 しかし、重い石と化した脚は思うように動いてはくれなかった


「難儀なものですね…これから襲われようとしているのに、その脚のせいで貴方は逃げることさえ出来ない…」

 バランスを崩して床に倒れるカイザルの上に無常にもリノライが圧し掛かる
 激しい圧迫感と屈辱感で新たな涙が頬を伝った


「…無礼者っ…!!」

 周囲の風が騒ぎ出す
 カイザルが風魔法の詠唱を始めたのだ


「…っ…魔法まで使いますか貴方はっ…!!」


 リノライが咄嗟に防御呪文を唱える
 二人の呪文は、ほぼ同時に完成した

 カイザルが魔法で生み出した真空派が水の弾力を持つシールドに相殺される
 互いの魔力は力を失い周囲に水飛沫を上げて飛び散った


「…くそっ…!!」

「残念でしたね、カイザー
 ……それでは次は私の反撃を受けて頂きましょうか」


 リノライがカイザルの髪を強く引っ張る
 痛みで身体が大きく仰け反った


「…うぅ…タチの悪い冗談は止めろ……っ
 お前は今までこんな事しなかっただろう…?」

「いえ、以前から機会は窺っておりました。ただ、中々タイミングがつかめなくて…
 ですが…今なら貴方を私のものにする事が可能だと思ったのですよ」

「な、なんで…?」

「まぁ、勢いですね。嫉妬に駆られた勢いです
 貴方がジュン殿の事ばかり気にかけているから…嫉妬しているのですよ」


 嫉妬…といわれても思い当たることが少なすぎてわからない
 強いて言えば手を握られたことだろうか
 だが、それは愛情ではなく友情からなったものだ


「ジュンと僕は友達だ!! ジュンにはリノのような不純な想いは微塵も無い!!」

「ええ、それも存じておりますよ。ですが、理屈ではないのです
 理解できていても許せない―――我ながら我侭ですね…
 ですが、こんなタチの悪い男に惚れられてしまったのが運の尽きだと思って諦めて下さい」


 無茶苦茶な言い分だ
 急にリノライが言葉の通じない人種になったような錯覚を覚える


「あ、諦められるわけないっ!! 僕は嫌だぞ!! 絶対に嫌だからなっ!!」

「嫌でも耐えて下さい。私だって24年間耐えてきたのですから、そろそろ労って下さってもよろしいでしょう?」

「そんな事言われてもっ…!! お願い、リノ、止めてくれ!!」


 今のリノライはカイザルの知るリノライではない
 嫉妬と独占欲に狂う別人だ
 普段の彼に戻って欲しくてカイザルは必死に叫ぶ

 いつものリノライは決してカイザルを傷付けるような真似はしない筈だから
 …しかし、その想いは届くことはなかった


「止めません。…それに、そろそろ私の魔法も効いてくる頃でしょう」

「ちょっ…魔法って、僕に何をする気だっ!?」


 いつの間にか自分が倒れている床の上に魔法陣が姿を現していた
 既に完成しているらしく淡い水色の魔力光を放ちながら獲物が術中に陥るのを待っている
 慌てて起き上がろうとして――…馬乗りにされていることを思い出す


「別に妙な魔法ではありませんよ
 …催眠の魔法です。眠くありませんか?」


 催眠の魔法――…一度術中に嵌れば10時間は目覚めることが出来ない
 自分が眠っている間に何をされるのか――想像するだに恐ろしい

 不意に眩暈の様な眠気に襲われる
 頭の中が白くなって、気を抜けばすぐに深い眠りにおちてしまう――…

 一気に血の気が引いていくのがわかった


「卑怯者っ!! 最低だっ!! お前なんか嫌いだぁっ!!」

 必死に叫んで睡魔を振り払う
 両腕も我武者羅に振り回す


「……元気が大変よろしいことで…」


 リノライはくすくすと笑っていた
 最後の悪足掻きをするカイザルを嬉しそうに見下ろしながら…



「…畜生っ…誰か…誰か助けてくれっ……!! …頼む…誰かぁ…っ…!!」

 叫ぶ声が次第に勢いを失ってゆく
 思うように手も動かせない
 それでもカイザルは必死に足掻く

 来る筈も無い助けを求めてカイザルは遠くの扉に手をのばす


 ……しかしその手は虚しく宙に弧を描いた後、力無く床に落ちた




「……はい、お休みなさい………」

 力なく崩れたその身体を優しく抱きしめる
 頬から最後の涙がひとすじの線を描く


 ――ようやく、手に入れた……!!


 カイザルの悲痛な叫びが事切れた後の部屋に
 リノライの狂喜に満ちた笑い声が響いた





 同人誌版のワイバーンを求めて≠ナは普通に載っていたシーン
 流石に表ページのコメディ版では載せられないので裏ページにアップ致しました

 ちなみに、これでも同人誌版よりもソフトになるように書き直しておりまする