程なくして、リノライが迎えに来た




「ジュン殿、お怪我はございませんか?」

「あ、はい。俺は大丈夫ですけど…」

 当のリノライの方が心配だ
 マントがざっくりと切り裂かれ血が滲んでいる
 ローブの裾も焼け焦げていた


「リノライさん、怪我してるじゃないですか!! あ、カイザルさんは!?」

 自由に動けるリノライでさえ大きな怪我を負っている
 足の動かないカイザルは、更に深刻な状況なのではないか

「カイザル王子も無事でらっしゃいます。ご安心下さい」

「本当…? 敵はもう倒したんですか?」

「はい、全て片付けましたのでご安心下さい。しばらくは城の復興作業で慌しいでしょうが…」

「あ…俺も手伝います。掃除くらいなら出来ますから

 城は恐らく酷い状況だろう
 タダで置かせてもらっている以上、何か手伝うのが常識だ


「いえ、お気持ちは嬉しいのですが…ジュン殿は出来ればカイザル王子のお相手を御願いしたいのですが…」

「カイザルさんの相手?」

「はい、戦の後はいつも塞ぎ込んでしまわれるので…」

 戦争の原因がカイザル自身にあるということで責任を感じるのだろう
 確かにこんな戦が自分のせいで頻繁に起これば自己嫌悪に陥るのは理解できる


「…わかりました。俺でよければ、いくらでもカイザルさんの相手をします」

「有難うございます。それでは明日にでも宜しく御願いいたします」


 リノライは深く一例をすると部屋から出て行った


「…相変わらずカイザルさん命なんだな……」

 何となく気持ちはわかるけど…

 俺は軽く溜め息を付くと自室を目指して歩き始めた
 敵を全て倒したというなら、もう出歩いても大丈夫なのだろう


 ひびの入った階段を駆け上がりながら俺は、ぼんやりと使い魔のことを考えていた





 自室は何とか無事だった

 俺はベッドに倒れこむと、ようやく一息つく
 ここに来てから、あまりにも色々な事が起きすぎる

「………疲れた………」

 平穏無事に過ぎていた日本での生活が懐かしい
 しかし、決してここでの生活に嫌気が差さないところが不思議だ

「ここまで来ると、他人事に思えないんだよなぁ…
 俺に出来ること何もないけど…なんか力になってやりたい…」


 このまま元の世界へ帰っても後悔する
 第三者として傍観するには、あまりにも事態は深刻だ

 王子として相応しくないというだけで命を狙われている現実
 それでなくともカイザルの石化は徐々に進行しているというのに
 …そのせいで彼の余命はあと10年だとも言われているのに…

 それでも前向きに毎日を生きているカイザルと、彼を献身的に支えるリノライ
 そんな彼らを見て、でも何も出来ない自分が憎い
 俺はこのまま死んでゆくカイザルを黙って傍観できるような人間ではない


「…召喚魔法の実験が成功すれば…ワイバーンが手に入れば、まだ望みはあるんだよな…」

 ワイバーンが手に入れば、カイザルの兄を探すのもずっと楽になる
 カイザルの兄が果たして今も生きているのかはわからない
 しかし最後の望みを憶測で手放すわけにはいかない

 同情だけではない何かが心にある
 俺の中でカイザルは大切な――友人だ
 死にそうな友人を助けたい…そんな純粋な思いだった

 何か
 何か手伝いたい

 戦う力が無くても
 魔法が使えなくても

 俺にも何かが出来る筈だ



 そう思うと、じっとしていられなくなった

 俺は部屋を飛び出すとカイザルの部屋を目指して走り出した








「……えっと、そう言われましても……」

 リノライは困ったように宙を仰いだ



「召喚魔法は未だ研究途上ですので…私たちも手探り状態なのですよ
 実のところ、私たちが召喚魔法の実験を始めたのも三年ほど前のことですし」

「…我々が言えるのは召喚魔法は水属性の魔法である、ということだけだ
 水属性といっても最高位の能力が必要とされるのだがな……
 正直言って、リノ程の強力な水精の加護を持つ悪魔でさえ困難だとは思わなかった…」


 二人の表情は暗かった
 思うように実験が進んでいない証拠だろう

 残された期限は10年
 一見長く聞こえる年月だが、まず最初に召喚魔法の完成、そしてワイバーンの召喚をしなくてはならない
 更にそのワイバーンを手懐け、カイザルの兄探しをするために世界中を捜索しなければならないのだ

 …正直なところ、時間は幾らあっても足りないのだ


「私の力が至らないばかりに…申し訳ございません…」

「いや…リノは非常に良くやってくれている」


 しかし、それでも召喚魔法は完成しないのだ
 時間も力も不足している現状では完成の目処すら立たない


「あの、リノライさんの助手か何かを雇えば効率も上がるんじゃないですか?」


「…そうしたいのは山々なのだが…如何せん、召喚魔法の実験すら極秘という状況だ
 公に助手の募集をするわけにもいかぬし…しかし、かといって一般庶民の力はたかが知れている…
 リノライほどの魔力を持つ者となると、やはり上流貴族の魔の中から募らねばならない
 しかし、貴族というものは少なからず王族との接点を持っているものだ
 ……下手に話を持ちかけようものなら即座に女王に実験の事がばれてしまうのだ」


「貴族間での情報網は計り知れません…何処で情報が漏れても命取りになるのですよ
 かと言って、一般市民の魔族の魔力は無いも同然のレベルなのです…
 ですから、助手は諦めるしかないのが現状です」


「でも、もしかすると一般市民の中にも強い奴がいるかも知れないじゃないですか!!」


「…確率はかなり低いですけれどね…しかし、例え強力な一般市民の魔族を見つけたとしても…
 その人物の持つ属性が水の力でなければ意味が無いのです。確率は更に低くなりますね」


「………そんな………でも、何もしないよりは探してみた方が………」


「事態は一刻を争うのです。私は研究の手を休めるわけにはゆきません
 それに、助手を探しに行かせる者もいないのですよ」


 そうだ。この城で実験に係わっているのはカイザルとリノライの二人だけなのだ
 城の中にすらスパイは潜んでいるという真実を改めて実感させられた


「我も昔は遠くの者へ伝達の魔法で言葉を伝える術を持っていた
 しかし、それにも限界がある…それに、石化の影響か…我の力も年々弱まっていてな…
 今ではもう伝達の魔法どころか己の移動すらままならぬ状況だ…不甲斐無い事だが…」

 カイザルは弱々しく笑った
 酷く儚げで、見ていて切なくなる横顔…

 その表情を見た瞬間、俺は自分のすべき使命を悟った



「…助手なら俺が探しに行きます!! 諦めないで下さい!!」


 カイザルの手を、両手でしっかりと握り締める
 その手は微かに震えていた


「…ジュン、そなたは被害者だ。我々に手を貸す義理は無い」

「別に義理で手を貸すわけじゃないです!!」

「ならば、同情か?」

「……カイザルさん……!!
 確かに俺は貴方の事を気の毒に思っています
 でも、単なる同情から言っているわけじゃありません!!
 ……俺はカイザルさんの事を友達だと思っています!!
 友達を助けたい、力になりたいと思うのは当たり前の事じゃないですか!!」


「…ジュン殿……貴方の申し出はとても嬉しいものです
 正直、第三者である貴方ほど私どもが心を開ける相手もおりません…
 私どもは加害者です。そして貴方は被害者です
 本来ならば非難こそされ、協力など仰げる立場には無い身分ですが…
 今は藁にでも縋りたい思いなのです。…ジュン殿、恐縮ですが…御願い致します」

「なっ…リノ、正気か!?」

「はい、もちろん正気ですよ
 カイザル王子、私は貴方を助けるためならば恥も外聞も捨て去ります」

「いや、別にそんなに深刻に考えないで下さいって
 友達を助けたり、助けられたりすることは別に恥じゃないですよ」

「……そうですね。それではジュン殿、宜しく御願い致します」

「それで、どこから探したら良いんでしょうか?」

「ここは小さな島国ですから…他の大陸へ向かった方がよろしいかと思われます
 それでは早速ですが、明日にでも船を用意致すことにしましょう
 貴方はお客様ということになっておりますからその送迎と申せば不振がる者もおりませんし」

「そうですね…じゃあ、宜しく頼みます」


 そこで話はまとまった
 俺はリノライと幾つか簡単な打ち合わせをした後、部屋を後にした
 心の中は、早くも充実感で満たされていた



 ずっと無言のまま俯いていたカイザルの事だけが気になった




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