「――……ュン様、ジュン様、しっかりして下さい」




「…………ん………」



 使い魔の呼ぶ声で俺の意識は覚醒した

 誇りの臭いに混じって鉄臭い血の臭いも微かに感じられる
 激しい頭痛に意識が再び遠のきそうになった
 それでも、力を振り絞って目を開ける


「あ!! ジュン様……大丈夫ですか!?」


 すぐ間近に使い魔の顔があった
 …どうやら使い魔に抱き抱えられているようだ
 安堵の溜め息が俺の頬にかかった


「…化け物は……?」

「大丈夫です。ちゃんと倒しました」

 死骸は使い魔がどこかへ隠したのだろう、周囲を見渡しても見当たらなかった
 大量の血痕も、地面から生えていた棘も、跡形も無く消えていた



「……俺、助かったんだな……」

「ボク、ジュン様を護ると言いました」

「……そうだな……ありがとう……」

 礼を言って改めて身の無事を実感する
 使い魔のおかげで生きていられるのだ
 俺一人では瞬時に殺されていただろう


「…強かったんだな、お前」

「……そんなことないです。ボクの力はまだ平均的なものなんです」


 でも、ちゃんと俺のこと護ってくれた
 敵を倒した後でも、気を失った俺をしっかりと抱きしめてくれていた


「…でも、お前がいなかったら俺は死んでいた
 使い魔、お前は俺の命の恩人だな…どうお礼を言ったらいいのか…」

「お礼を言って欲しくてジュン様を護ったのではないです
 ボクがジュン様を護りたいと思ったから護ったんです
 …それなのに、ジュン様、気を失ってしまいました
 魔法陣の中にいてボクの魔法の影響を受けなかった筈なのに…
 魔法陣の中で倒れているジュン様を見た時、心臓が止まりそうになりました」


 使い魔の目には涙が浮かんでいた
 本気で心配してくれていたらしい
 そこまで俺を気遣ってくれる使い魔に感謝の気持ちが溢れた


「……俺は、どうしても何か礼をしたいんだ
 何でもいいからお前のために出来ることをさせてくれ
 このままじゃ…ちょっと俺の気がすまないみたいなんだ」

「え…でも…」


 使い魔は困惑の表情を浮かべた
 困っているというよりは戸惑っている、といった方がよさそうな表情だ


「いや、そんなに深刻にならなくてもいいんだ
 何かお前がして欲しいことをやらせてくれればそれで満足」

 何でもいいからこの感謝の気持ちを自分の身を持って伝えたかった
 …しかし…



「…………」

「………」



 しーん…

 無言のまま時が流れた



「……何も無いんかよ……」

「……いえ、無いこともないのです。でも…ちょっと……」

「あるんなら言ってくれ」

「………言ったらジュン様に嫌われてしまうのです
 ジュン様に嫌われてしまったらボクはもう、おしまいです」


 いや、幾ら何でもそれは大袈裟だ
 というより嫌われるような頼み事というのが想像も付かない
 それに感謝の意味を込めて行うのだからそれが嫌なことであっても構わない
 使い魔の嫌いな仕事を代わりに頼まれても喜んでこなせる自信があった


「俺が使い魔を嫌うわけないだろ。何でもいいから言ってくれ」

「……ボクのこと、嫌いになりませんか?」

「絶対嫌ったりしないって。保障する」


 俺の中で使い魔の存在は命の恩人であり親友となっていた
 知り合って間もない相手だが、それでも彼のことは掛け替えの無い存在になっている
 二度も命を救ってもらっているのだ。その位、当然の事だろう


「…………それでは、ジュン様……少し失礼致します」

「…ん?」

「少しの間、じっとしていて下さい」

「…あ、ああ…何するんだ?」

「見ていればわかります」

「…………」


 そう言われてしまっては仕方が無い
 俺は黙って使い魔の行動を見ていた



 最初に左の腕で肩を抱かれた
 想像以上に強い力で、俺は思わず身を硬くしてしまう

 そのまま強く引き寄せられて二人の距離が更に縮まった
 互いの吐息を感じる


「……使い魔……?」

 俺の呼びかけに、彼は無言の笑みで答えた
 その笑顔が何を意味したのか…俺にはわからない

 使い魔は一言も言葉を発さないまま、残った右手を俺の頬にのばした
 そのまま上を向かされる
 視線の先には、いつになく真剣な眼差しの使い魔がいた
 心の内を探るような、何かを確かめるかのような瞳

 使い魔はしばらく俺と見詰め合った後、そっと唇を近付けてきた

 一瞬の躊躇

 しかし、すぐに俺は瞳を閉じて使い魔からの口付けを待った
 嫌悪感は自分でも不思議なほど感じなかった


「……………?」


 …幾ら待っても唇には何も触れない

 確かに使い魔の存在は傍に感じるのに
 俺は訝しく思いながら薄く眼を開ける

 そこには静かな笑みを浮かべた使い魔がいた
 二人の唇は付くか付かないか、ぎりぎりのところにあった
 しかし、使い魔はそれ以上動こうとはしない



「……使い魔……?」

「…ごめんなさい、冗談だったのです」

 使い魔は右手の親指で俺の唇を軽く押すと、そう呟いて離れた

「……え……」


 使い魔は笑顔を浮かべていた




  




 静かで穏やかで、嬉しそうで…しかしどこかバツの悪そうな笑顔


 ……冗談、だった……?

 胸が虚無感を感じて痛んだ
 何故か裏切られたような気分になる

 ……俺、使い魔にキスして欲しかった……?

 …いや、まさかそんな筈は…




「…俺…は……」

「…本当に、ごめんなさい。てっきり驚かれるか突き飛ばされるかと思っていたんです
 まさかジュン様に受け入れてもらえるとは思わなくて…どうして良いかわからなくなってしまいました」

「…………え…?」

「ボクが全部悪いんです。センスの無い冗談で、ごめんなさい…
 あの、本当に反省しているんです。ボクの事嫌いにならないで下さい
 ただちょっと…ジュン様の恐怖心を取り除けたら良いと思ったのです…」


 …冗談…?

 そうか…本当はここで、俺は慌てるなり笑うなりのリアクションをするという予想だったのだろう
 それを俺は真に受けてしまったらしい…

「…ああ、嫌いになんかなるわけないって言ったじゃないか
 大丈夫…使い魔は俺の大切な友達だよ…
 …元気付けようとしてくれたんだよな、気を遣わせて悪かった」


「いえ…そんな…ありがとうございます。安心しました
 あ、あの、ボクちよっと外の様子を見てきます……ジュン様は魔法陣の中にいて下さいっ!!」

 やっぱり二人でいるのは気まずかったのだろう
 使い魔は目を伏せると一例をして、部屋の外へ行ってしまった




 俺以外いなくなった部屋の中で、独りで座って考えた
 もちろん、考えるのは使い魔のことだ

 ……さっきのは、この世界なりのジョークだったのだ
 それなのに俺は真に受けてしまった

 そう、それだけのことだ

 でも……胸が痛んだ
 俺の中に、確かに残念がっている自分がいる

 ――俺は……


 ……使い魔のことが、好きなのだろうか……?
 …って、そんな筈無いよな…相手、人間じゃないし男だし
 それにまだ会ったばかりなのにそんな感情抱くわけ無い

 恐怖心と羞恥心が入り混じった感情のせいだ
 この感情のせいで妙な勘違いを起こしているんだ

 本当に…そう…だよな…?


 自問自答しても、出てくる答えは皆、曖昧なものばかりだった




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