何処かで爆発音が響いた



 一筋の光も差し込まない地下室はそこにいるだけで気が滅入りそうになる
 まして、今は外で戦争が起こっているという状況だ
 静かな部屋の中で冷静さを取り戻して言った俺は急に恐怖感が込み上げてきた
 今更ながらに先ほど見た死体の姿が脳裏に焼きつく

 ……本当に戦争なのだ

 恐怖感に身体が震える
 俺に今出来ることといえば膝を抱えて座り込んで隠れるだけ
 戦うすべを知らない俺は見つかれば真っ先に殺される
 初めて命の危険にさらされる恐怖
 気が狂いそうなほどの恐怖だった




「ジュン様…震えてます」

 使い魔が俺の様子に気付いて近づいて来た
 その表情は至って落ち着いている
 穏やかな金色の瞳に恐怖感はまるで感じられなかった


「…なんで怖がらないんだ…? 怖くないのかよ」

「ボクは幼い頃からずっと戦いの中で生きてきましたから…大丈夫なのです
 意外と慣れてしまうものなのです…戦争も、仲間の死も…」

「この国は、いつもこんな感じなのか?」


「王族や貴族は戦争ばっかりです。権力争いや後継者のことで戦争が起きるのです
 この戦争もカイザル様を王子として認めてくれない一派からの攻撃なのです
 女王様に愛されていないカイザル様は王子である必要は無いという主張なのです
 ボクには信じられないのです。カイザル様はとても優しくて良い方なのです
 どうして女王様はカイザル様を愛してくださらなかったのか…ボクにはどうしてもわからないのです」

「カイザルさんには確か上に兄貴がいるんだったよな?」

「第一王子様は生まれた瞬間から強力な火精王の加護を身にまとっていたのです
 たったの一撃で大きな山を消滅させてしまえるほどに強かったのです
 でも、あまりに強力な力を持ち過ぎた為に女王様は警戒して追放してしまったのです
 ボク自身も第一王子様のことは噂でしか知らないのですが、ずっと牢屋の中に閉じ込められてたそうです
 第一王子様は女王様よりも強くて、とても美しい方だったそうです。女王様は物凄く嫉妬していたそうです」


「嫉妬深い母親か…カイザルさんも苦労したんだろうな…」

 カイザルがいい歳になっても幼さが消えない理由はそこにあるのかもしれない
 テレビか何かで聞いたことがある。確かアダルトチルドレンといったか…
 幼い頃に親から虐待された子供は成長しても大人に成りきれない…とかいう内容だった筈だ

 カイザルに対して同情のような感情が芽生える
 …俺でよければ幾らでも遊び相手をしてやりたくなった
 恐らくリノライも似たような感情を少なからず抱いている筈だろう

 …リノライの場合は少し行過ぎているような気がしないでもないが


「ジュン様も苦労しているのです。お城に来ていきなり戦争に巻き込まれてしまったのです
 ボクにはジュン様も可哀想だと思うのです。でもボクが精一杯護るから安心して欲しいのです」

「…ありがとう、使い魔」

 どうやら震えていた俺を気遣ってくれたようだ
 にっこりと笑って俺の肩を抱いてくれる手は俺のよりも大きい
 良く考えてみると、成長しても口調が小さい時と変わらないのって、聞いていて可笑しい
 背も高く、顔も格好いいのに…たどたどしい口調のミスマッチさが笑える


「ボクはジュン様のお世話係も申し付けられているのです
 何か困ったことがあったら遠慮なく言って欲しいのです」

「お世話係…って…何か悪いような気がするんだけど…」

「いいんですよ。それが使い魔としてのボクの使命なんです」

 使い魔は曇りの無い笑顔を向けた
 俺の心に何か暖かいものが生まれる

 しかし、それも次の瞬間には冷たい恐怖へと変わった



 ――――ガタン


 重い鉄製のドアが叩かれる
 かなりの力らしく、衝撃を受けた箇所が微かに変形している



「ひいぃ…っ!!」

「ジュン様、魔法陣の中央に立って下さい!! そこが一番安全なのですっ!!」

「お…お前はっ!? 早くお前もこっちに…」

「ボクはジュン様を護りますっ!!」


 使い魔が扉へ向かって走り出すのと、その扉が砕け散るのは同時だった
 扉の中から巨大な獣のような姿の化け物が咆哮をあげて使い魔目掛けて襲い掛かってきた

 鋭い爪が、牙が使い魔の白い肌に容赦なく飛び掛る


「うわあぁぁっ!!」

 俺は目を開けていられなかった
 使い魔は武器を持っていない
 身を護る鎧も盾も持っていない

 ――もう、駄目だっ…!!

 ここで殺される
 俺も、使い魔も…



 しかし

 使い魔は化け物に向かって両手を突き出すと何か詠唱を始めた
 その言葉ははっきりとせず、耳で聞き取ることは出来ない

 ―――…魔法だ!!

 そう思った瞬間



「―――グレイブ!!」


 微かな揺れ

 そして次の瞬間、床から無数の棘が突き出した




  






 大小様々な大きさの棘は槍の様に化け物を串刺しにする



 巨大な化け物は次々と断末魔をあげて――そして動かなくなった


 苦悶に醜く歪んだ化け物の顔
 刃のように鋭い大地の槍
 滝のように流れ出す赤黒い血…

 視界が真っ赤になる
 何もかもが血に染められた錯覚に陥った
 息が詰まる
 吸い込んだ空気は生臭い血の香り


「う…わぁぁ…ぁ…」


 悲鳴は掠れて喉に張り付いた

 そして



 そのまま俺は意識を手放した







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