「……大変の見苦しい思いをさせてしまいまして…申し訳ございません…」



 リノライは正気に戻るなり俺に詫びを入れた
 クールな印象は影を潜め、息子の粗相を謝りに来た母親のような姿をさらしている
 彼の肩書きは冷血補佐官というよりは教育ママと言った方が正しいだろ



「……コホン。
 ………して、そなたの用件は以上でよいのか」

 咳払いをひとつ、髪をかき上げても背後にどこか切ない風が吹く
 …もう彼を傲慢な王子として見る事は出来ないだろう…

 …つーか、カイザル……


 今更カッコつけん



「召喚魔法実験のことは機密情報として扱われている。口外はいかなる場合も硬く禁ずる
 そなたには気苦労もかけると思うが気分を害さないよう我々も出来うる限りの持て成しをさせてもらう」


 既に思いっきり気苦 労かけられました… あんたらに



「ジュン殿…私はカイザル王子を心から崇拝し忠誠を誓っております
 カイザル様に害をなすような行為をなさった場合は…覚悟して下さい」


 崇拝出来るのか… あの王子を…



「カイザル王子は御幾つになられても純粋な少年の心を失われない清いお方です
 どのような者にもお優しく飾らず…ありのままのお姿でおられる事を何よりも望まれて…
 ですが、だからこそ私は心配なのです。あまりにも無防備でおられるが故に傷つきやすくらっしゃる
 せめて他者を寄せ付けぬ王子らしい気品と立ち振る舞いを覚えられればご自身を護る武器にもなるかと…
 ああ…しかし、それではカイザル王子の本来の御可愛らしさや純粋さが影を潜めてしまわれる…
 ……ジュン殿にわかりますか!? この私の身を焼き尽くすほどの激しい葛藤が!!!」


 わかりたくねぇ

 つーかお前さ…


 崇拝というよりは してねぇ?


「しかし城の者どもも見る目の無い者ばかりで王子のことを馬鹿になさる!!
 確かに私も予想も付かない王子の行動に思わず飛び上がることや涙することはあります!!
 ですがそのお姿も全て含めたカイザル様を私は愛しているのです!!
 その王子に対し罵詈荘厳を浴びせその純粋な御心を深く傷付ける下々の者を私は理解できませんっ!!」



 俺はあんたが理解 出来ねぇ…


「これ以上カイザル王子を傷付けぬためにも私は心を鬼にして王子に礼儀作法を強制し、
 無理矢理に口調すら更正しなければならないのですっ!!
 これがどんなに辛いことだか…ジュン殿には想像すら付かないのでしょうね…!!」


「つーか…そんな事、俺に熱弁ふられても困るんだけど…」


「リノライも話し相手が欲しいのだ。この城では我以外に身の内をあけられる者もおらぬ
 誰かに聞いてもらいたい愚痴のひとつもあろうに…その相手もおらなんだ…
 しかし異世界から来たそなたならば、いかに愚痴ったところで害はあるまい
 …単なるストレス解消だ。特に害は無い…聞き流してよいから相手をしてやってくれ」


 …涙の中間管理職 …?


 つーかリノライさんのストレスの原因は大部分をカイザルさんが占めているのでは……?


「…我はどうもリノライが苦手なのだ…何か…好意を持っていることはわかるのだが…
 あそこまでいくと背筋に薄ら寒いものを感じてな…純粋に彼に身を任せるのも不安なのだ」

「はぁ…そうですか……」

「ああ。しかし他に頼れるものもいなくてな…この城には隠密があまりにも多すぎる
 しかしリノライに着替えや入浴を手伝ってもらうのはどうしても身の危険を感じてな…」

「……はぁ、そうですか……」

「…それでですね、最近は特に増えてきてるんですよ…白髪が…
 朝起きると必ず目の下にはクマが出来ていますし…この間倒れた時は……

「…はぁ……そうっすか……」

「…先週のことだったか、リノライがいきなり部屋に来てな……」

「……はぁ………」

「……で、ストレスだと思うんですよ…この胃の辺りが数年前からキリキリと……」

「………ふーん……」


 いつまで続くんだろ う…


 両サイドから絶え間なく聞かされる愚痴……
 二人とも、相当溜まってるものがあったとみた
 特にリノライの愚痴は聞いてて悲しくなる…というか泣けてくる…
 着実に進んでるな…老化…
 きっとその内、髪が抜け始めて円形脱毛症とかになったり するんだろうな……


 おお、髪よ……



 俺は滅び行く毛根にそっと心の中で合掌した



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