その後、使い魔と当たり障りの無い会話をして三時間――…




 俺はカイザルの自室を目指して歩いていた

 理由は簡単
 使い魔との会話で、何をどこまで話してよいのかを確認するためだ
 ついうっかり機密情報を漏らしたりしたら元の世界に戻してもらえないかもしれない

 聞く内容が内容なだけに使い魔は部屋に留守番をさせてきた
 その際にカイザルの部屋の場所もしっかりと教えてもらった


「えーっと…二階の…木と石のドアの隣…あ、ここか」

 城、といっても二階建ての質素な造りだ
 石と木材を組み合わせて造られているらしい
 王子の部屋も木製の扉に簡単な金の細工がつけられているだけのシンプルなものだった

 ノックを二回してみる
 名乗った方がよいのかと思いつき

「…ジュンです。カイザルさんいらっしゃいますか〜?」

 我ながら宅配便を配達に来た気分だ
 もう少しかしこまった方がよかったかもしれない…けど、かしこまった言葉がわからない


 一人で悩んでいるうちに、勝手に扉が開いた



「――――入るがいい……」


 やっぱり傲慢な口調だ…と思ったけど王子なら仕方が無い
 とりあえず部屋に入れてもらえるようだ

「失礼します〜…」

 職員室に入る気分と似ていた
 …部屋の内装のゴージャスさは桁違いだが

 室内にはカイザルとリノライの二人がいた
 二人して机に向かい合い、何かの資料を読んでいるようだ
 リノライはゆっくりと立ち上がると俺の方に歩いてきた


「…室内からの外出は禁止したはずですが…何か緊急を要することでも?」

 リノライの目つきが怖い…
 本気で睨んでいる…というより警戒心丸出しだ
 カイザルは椅子に座ったまま、じっとこっちを見つめている
 かなりのプレッシャーを感じる…



「…えっと…使い魔と話をしてたんですけど…どこまで話せば良いものかと思って…
 あの、召喚魔法の実験ことは使い魔に話しても良いんでしょうか……?」


「……………。」


 黙りこむ王子と補佐官
 しばしの沈黙


 そして





「んぎゃぁ――っ!! 忘れてたぁ――っ!!」




 大絶叫



 ……今の、誰の叫び声だろう………
 恐る恐る二人を見てみると、リノライが額に青筋を立てていた

 リノライの背後には慌てふためくカイザルが……




「どうしよう…リノ、ごめんっ!!
 僕、口止めするの忘れてたよぉ…っ!!」



 椅子から転げ落ちそうなほど、わたわたしている…


「…カイザル王子っ!! こんな所で素に戻らないで下さいっ!!」

 ……『素』……?


「ふえぇ…ジュン、もう言っちゃった!?
 使い魔に召喚のこと言っちゃったかなぁっ!?」


「カイザル王子っ!! 落ち着いてくださいっ!! そんなに暴れられると………」




 どがっしゃ――ん …★




 ……あ…椅子から落ちた……


「かっ…カイザル王子っ!!」


 慌てて駆け寄るリノライ


 つーか…


 何なの、この展開



「ううぅ…痛い…脚が重い…立てない〜っ…」

「ああ申し訳ございませんっ!! 私が至らないばかりに…」


 リノライ…

 カイザルが落ちた のは自業自得だぞ


 つーかさ…

 この二人って…


 こんなキャラだった っけ!?



「さ、カイザル王子…私の腕につかまって…はい、そうです
 お上手、お上手…はい、立てましたね〜…お怪我はありませんか?」

 おじょうずって…リノライ……
 何かこの光景って…


 赤ん坊が歩く練習し てるみたいだ…


 傍から見てたらバカ丸出し
 でも二人は至って真剣…

 確かこの人24歳だったよな…



「あの…カイザルさん…大丈夫ですか…?」

「僕は大丈夫だけど…ジュン、召喚実験のこと…使い魔に言った?」

「いえ、言ってませんけど…」


 カイザル…今…

 自分のこと『僕』って言ってなかった?



「――――カイザル様っ!!
 せめて外部の者の前では王子らしく振舞って下さいと常時申し上げておりますでしょう!!」


「苦手なんだから仕方ないじゃないかっ!!
 だいたい僕にあんな口調で喋らせること自体無謀なんだよ!!
 何度、舌を噛みそうになったと思ってるんだ!!
 僕はもう絶対に嫌だからな!!」

「いけません!! いい歳をなさってそんな子供のような…
 貴方がそんなだから城の者共が皆、苦笑いをなさるんですよ!!」


 苦笑いで済んでる あたりが凄いな…




「それにジャージ姿で城内を動き回るのはいい加減にお止め下さい!!
 貴方のそのお姿がどれ程城の者共を泣かせているのかご存知ですか!?
 ダサいにも程があるんですよ、そのジャージ姿はっ!!」



 やっぱり、リノライもダサいと思ってたんだな…




「ジャージのどこが悪い!? 軽くて動きやすいし洗濯だって楽なんだぞ!? 干したらすぐに乾くし!!」

「王子が主婦のようなことを力説しないで下さい!!
 別に貴方が洗濯をするわけではないでしょう!!
 もう少し召し物はそれ相当のものをお選び下さい!!」

「僕が選んだトレーナーもTシャツもGパンも駄目だって言ったじゃないか…僕に何を着ろって言うんだ!!」

「正装して下さいと仰ってるでしょう!!
 何で貴方はいつもオタクっぽい服装ばかり好まれるんですか!!」


 この世界にもいるんだな…オタク…


「リノライは服装だけでなく食べ物だって制限するし…」

「ジャージ姿で階段に腰掛けてペロペロキャン ディ食べる王子がどこにいらっしゃいますか!!
 あのお姿を前に私がどれ程脱力し、声も無く涙したか…貴方にわかりますか!?」

 ペロペロキャンディ…って、渦巻状の丸くて平べったい飴に棒の刺さった…あれか?

「別に泣くこと無いじゃないか…景色の良い所でおやつ食べてただけだし」

「ジャージとペロペロキャンディの組み合わせが何とも言えない寂寥感を醸し出すん です!!
 …いえ、それ以前にお食事はテーブルで召し上がって下さいといつも申し上げておりますでしょうが!!」

 階段使おうとしたら、そこにジャージ姿で嬉しそうにペロペロキャンディを食べる王子の姿…確かに何か淋しくなる光景である
 俺の中でこの二人は『感性のズレたガキっぽい王子』と『王子に振り回される苦労人の補佐官』というイメージが定着 した
 第一印象は当てにならないというが…全くだ



 いや、そんなことより…





  





  俺の存在、忘れられてないか?





 目の前の二人は俺の存在を完全に無視し、聞いてて切なくなるような喧嘩漫才をひたすら続けていた





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