現実逃避から戻ってくるのに30分

 平常心を取り戻すのに1時間

 話を聞けるようになるには更に1時間を要した




「………ほう、それでは此処とは異なる別世界から来たというのか」

「そう!! 俺はこんなファンタジーな世界の住人じゃないんですよ!!」


 俺は先ほどから自分のいた場所についての説明をしていた
 説明をしながら、自分が妙な世界へ召喚されてしまったことを実感していた
 そして、その現況が目の前の外国人(異世界人)であることも

 外の景色を見た瞬間にここが日本ではないということを悟った
 …地球上ですらないであろうということも何となくわかった
 しかし場所の特定など自分に出来る筈もない
 
 何はともあれ彼に自分のことを理解してもらえなければ無事に帰ることも危ないだろうと話すこと2時間……


 彼と話しているうちに何となく現状が理解できてきた



「……そなたの名はジュン≠ナ良いのだな?
 種族は人間で年齢は20歳…学生か…
 異論がないのであれば、そう記録しておくぞ?」


 目の前の男はいつの間にか紙とペンを手に俺のプロフィールのようなものを作成していた
 住所と携帯番号も教えてやりたいところだが、教えたところで異世界では何の役にも立たない

 俺――ジュン≠ヘ開き直っていた

 元々諦めのよい性格で、口癖は『仕方がない、他に良いこともあるさ』だ
 持ち前の諦めのよさとプラス思考で既に異世界に順応しつつあった

 ――来てしまったからには仕方がない

 しかし、せっかく普通じゃ体験できない事ができそうなのだ
 思う存分にこの異世界を堪能したいとジュンは思っていた



「…で、当然そちらも自己紹介して下さるんでしょうね?
 俺は年齢から学歴、スリーサイズまで包み隠さずに話してるんですから」

 開き直った人間は恐れを知らない
 自分を召喚した本人であろうが強気に出る
 ジュンは自分が被害者であることを目の前の男に念を押しつつ説明したのだ
 そのためか彼は口調こそ傲慢だったが態度はすっかり大人しくなっていた

「自己紹介するのは構わぬが…そなたに、ひとつ聞きたい…
 何故…男であるそなたがスリーサイズをそこまで明確に記憶しているのだ…?」

「合コンのときに言ったらウケるから」

「……………」

 目の前の男は額を押さえて沈黙した
 ジュンはそんな沈黙をさらりと受け流す

「俺のこと、遊んでる奴だと思いました?
 まぁ…人並み程度には色々やってますけど節度はありますんで大丈夫ですよ」

 脱色した薄い色の髪
 いくつものピアスの穴
 別に今時珍しくないスタイルだが年配の者たちの評価は悪い
 それでもジュンは年上には下手ながらも敬語を使う 
 恋人に二股をかけるような真似もしない
 学校もそれなりに真面目に通っていた


「…今までに見ないタイプだな…やはり異世界人だからか…?」

 男は神経質そうに溜め息をつく
 それでも今話した内容を書き込むことを忘れない
 …データ収集が趣味なのだろうか…


「自己紹介、してくれないんですか?」

「………スリーサイズは流石にわからないのだが…」

 本当にすまなそうにそう告げてくる
 冗談が通じないのか正直すぎるのか…

「まぁ、普通はそうですよね
 別に名前とか…簡単なことを言ってくれればいいですよ」

「う、うむ…そうか…?
 ならば簡潔ながら自己紹介とさせてもらおう
 ……名は、カイザルだ。カイザル・アイニオス。一応はこの城の主であるな」

 城の主、ということは国王か何かなのだろうか
 それともこの世界では家のことを『城』と呼ぶのか

「…カイザル…の方が名前ですか?」

「…ああ」

 ということはアイニオスが苗字、ということになる

「それじゃあ、カイザルさんは――――…」


 ――トン、トン…


 俺の言葉は重厚なノック音にかき消された
 誰か来たらしい
 異世界人二人目か…


「……入るがいい」


「失礼致します」



 重そうな扉が音も無く開くと、中からローブ姿の男性が入って来た
 カイザルはジャージ姿ということもあり、瞳の色以外はすんなりと存在を受け入れることができた
 しかし、ずるずるとローブを引きずるこの男は少し抵抗があった

 …何か、いかにもファンタジー
 いかにも妖し気な魔法を使ってますといった風な服装
 片手には大きな石(宝石だろうか)のついた杖を持っている





  





 …すごく凝ったコスプレイヤーにしか見えない…


「えっと…カイザルさん…こちらの方は?」

「………補佐官の……リノライ・ナザレイだ
 リノ、彼はジュン。召喚実験の被害者だ」

「そうですか。ジュン殿、大変なご迷惑をおかけ致しました
 我々も最善を尽くし貴方を元の場所へお返し致しますのでご安心を」

「…はぁ…宜しくお願いします…」

 リノライはいかにも切れ者といった表情で笑って見せた
 しかしそれは見下すような感じで決して好感の持てるものではなかった

「カイザル王子、そろそろ職務にお戻り下さい
 ジュン殿には後程使い魔を御渡し致しますので詳しい話は彼からお聞き下さい
 …それと、城内は警護が厳重です。あまり部屋からお出になりませんようご注意を」

 業務的にそれだけ言うとリノライは一礼をして去っていった
 扉は再び、音も無く閉じる



「……何か…感じ悪い人ですね……俺、ああいうタイプは苦手なんですよ……」

「……同感だな……」


 カイザルは大きく溜め息を吐くと、ゆっくりと部屋から出て行った


 誰もいなくなった部屋の中
 ジュンの視線は中をさまよった


「…これから俺、どうなるんかな……」



 その呟きに答える者は誰もいなかった




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