「もう…何で帰ってきたと思ったらすぐに旅に出るなんて言うのよ〜」


 ユリィは頬を膨らませて、それでも荷造りを手伝っていた
 レンとレグルスから旅に出ることを聞かされたのは朝食の時

 冗談じゃないと反対しようとするユリィを止めたのはセーロスだった

 レンは、そういう星の下に生まれてきたのだと
 そう説得されたのがつい先ほどのこと


「もともとレンはそういう運命だったのだ。あの子と初めて会ったときからそうだった…
 それに、もしかしたらレン自身が己の正体を知る、またとないチャンスとなるかも知れん
 覚えているだろう? 16年前、本来ならばあの事件で既にレンはこの世に亡い存在となっていた筈だった」


「あの子が普通の子じゃないことは誰もが薄々感じていると思うわ
 あれ程までに強い水の加護を持った者なんて、そうそういるものじゃないもの
 …でも、いくら強い水の力を持っていたって…あくまでそれは護る@ヘよ?
 あの子は戦う@ヘは持っていないのよ…それなのに、あんなに危険な所へ行くだなんて…」


 レンとレグルスがこれから目指す場所
 それは常に死の恐怖が付き纏うと言われる血塗られた大陸ティルティロ≠セ

 ティルティロには力ある魔女のみが住む事を許される王国があるという
 二人はそこに住むといわれている魔女カーンの元を目指す旅をするということだった



「今はまだ、力が目覚めていないだけだ…レンが己の正体を知り力が覚醒すれば…
 そうすれば、加護の力だけでなく闘う力も自ずと手に入ることになるだろう…
 レンの本来の力が目覚めれば、魔女カーンと同等に戦うことも難しくはないだろう」


「…問題は、無事に力を覚醒することが出来るかどうか、よね…」


 二人の義兄は深い溜め息をついた



「それにしてもよぉ、セーロスさんもユリィさんも…よく許してくれたよな〜」

 レグルスは未だに信じることが出来ないでいた
 二人の義兄は目に入れても痛くないほどにレンを溺愛していたからだ
 みすみす死に急ぐような旅を了承したその真意がわからない

「…大丈夫だよ。俺には他の人にはない特殊な能力があるんだ」

「特殊能力? お前にかぁ…?」


「うん、どんなに危険な目に遭っても絶対に怪我だけしないっていう有難い特殊能力だよ」

「…できれば危険を根本から回避できるような能力が欲しかったな」

「平穏無事な人生なんて、つまらないよ」

「オレだって多少はスリリングでもいいけどよ、 命の危険にだけは遭いたくねぇな


「どんなに死んだほうがマシ なくらい辛くて苦しくても、怪我だけはしないから大丈夫」



「有難くねぇ……」


「…そう? でも魔女に襲われてもレグルスがになってくれるから大丈夫でしょ?」

  無事なのはレンだけなんだな……?
「…まぁ、魔女の本拠地に乗り込む意欲があるんだから、他の敵が出てきても何とかなりそうな気がしない?」

「……おう……あくまでも気がする≠セけな………」

 根拠は皆無ということだ


 レグルスは頬が引きつってゆくのを感じながら、それでも旅を断念する気は起きなかった
 一生レンと共に歩んで行く
 それが自ら決めた生きる道だ



「…ちょっとお二人さん、よろしいかしら?
 とりあえず荷造りは終わったわ。あなた達はちゃんと旅のルート調べたの?」

 不意にユリィとセーロスが部屋に入ってきた
 手には二つの箱を持っている


「ブルトから船に乗るつもりだよ…で、後はそこで船の情報を集めるつもり
 …もういつでも出発できる状態なんだけど…そろそろ…行こうかな…?」

 未練が無いと言えば嘘になる
 いつ戻ってこれるのかわからない
 無事に戻ってくることが出来るのかすらわからない

 もう義兄とは二度と会えないかもしれない
 …それでも、カーンと会って邪眼のことを聞きたかった


「昼になる前に出発したほうがいいだろう…くれぐれも気をつけてな
 それと、レグルス君…恐縮だがレンを頼んだぞ
 ………まだまだ大人に成り切れていない愚弟だが……幸せにしてやってくれ」

  嫁に行くわけじゃないんだけど…

「……えーっと…まぁ、はい、幸せにします………」

 レグルスも返答に 困ってるし

「そ、それよりもユリィ、その箱は何?」

「ああ…これね、お弁当よ。食べてね」



「どっちが作った の!?」

 セーロス製だったら死活問題

「…二人で作ったのよ。市販品を買って詰めただけだから安心して」

 …それはそれで…ちょっと切ない……

 レグルスも曖昧に微笑んで弁当箱を受け取った




 ドアを開けると潮風が吹き込んでくる
 今日は少し風が強いのかもしれない

 空は青く澄んみ、小さな雲を抱いていた

 大好きな潮の香りに背中を押され、最初の一歩を踏み出す
 初めての旅の時のような不安感はなかった


 自分の隣には誰よりも想ってくれている相手がいる
 まだ彼のことを恋人と呼ぶ勇気はないけれど
 それも束の間のことだろう


 この旅は二人の距離をも近付けてくれる筈だ


 そっと重ねられた手を強く握り返す

 交差する視線
 不意に、こぼれる笑み



 何も恐れることはない
 どんな敵が襲ってこようと
 どんな困難が二人を襲おうと



 ――…絶対に、この手だけは離さない


 一人だけの旅は終わりを告げた
 これからは二人で進んでゆく
 二人の旅は今、こうして始まった



――END――

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