額に鈍痛を感じて目が覚めた


「………痛い………」

 我慢出来ないほどの痛みではない
 しかしズキズキと間髪置かずに繰り返される痛みは苦痛だった

 普通の頭痛で無いことを本能的に感じてた
 痛む場所は丁度、第三の目が存在した場所

 ……恐らくこれは……


「レンは隣で寝息を立てているレグルスを起こさないように注意を払いながら部屋を後にした
 キャビネットの鏡に顔を映してみる

 ……嫌な予感は的中した

 思ったとおり、そこには金色に光る邪眼があった



「…何で…?」






 カーンに与えられた役目は無事終えた
 火山の魔女にも確かに消して貰った筈なのに
 それに、この痛みは一体何なのだろう
 今まで邪眼が痛むことなど一度も無かった

「…痛いよぉ…」

 セーロスもユリィも、再び邪眼が現れることがあるなんて言っていなかった
 火山にいた魔女も、ホムラも、邪眼が消えた時点で全て丸く収まったといった感じだった
 普通はそれで全てが終わるのだろう
 だが、自分は未だ邪眼から開放されていない

 何か事件でも起きたのだろうか
 火山の魔女に何かあったのか
 それともカーンという魔女が何か意図的に行っているのか

 一向に止む気配の無い痛みと魔女の恐怖にレンは恐慌状態に陥った
 邪眼を通じて魔女が自分の事を見ているような錯覚に襲われる

 両手で頭を抱え込み、その場に座り込んだまま動くことが出来なくなった
 少しでも身じろぎをすると魔女が何処からか襲い掛かってくるような気がして
 指先ひとつ動かせず、助けを呼ぶ悲鳴ひとつ出せないまま
 蹲って震えることしか出来なかった



「………レン…? 大丈夫か?」


 レグルスの声
 心配して来てくれたのだろうか


 酷い事を言ったという自覚はある
 純粋に向けられた想いを手酷く否定した
 遊びや軽い感覚で言っているのではないことはレン自身が一番よく知っていたのに


 レグルスの心が受けた傷は決して浅いものではないだろう
 捨てられた仔犬のように自分を見つめてきた瞳
 それでも慣れない笑顔を作って
 何気無い素振りで隣に寝てくれた 
 彼から伝わる体温は暖かかった


 その時と全く同じ暖かさを持った男の腕が
 震える肩を抱いて恐怖を溶かしてゆく


「……何かあったのか……?」


 白くて、でも頼りがいのある手が優しく背中を滑る
 耳元で囁かれる声が、すっと染み込んでゆく
 震えは殆ど治まり
 口を開けば声が出るようになっていた


「…………邪眼、が…また…額に…………」


 何も言わず、レグルスの両手が頬を包む
 そっと向かされた先には穏やかな蒼い瞳
 深い海の色をした、見るものを落ち着かせる瞳


「……何にも、ねぇよ………安心しろ………」


 真っ直ぐな眼差しは疑いようも無い
 彼の瞳に映った自分の姿に邪悪な瞳の面影は無かった
 額を苛んでいた痛みも感じなくなっていた



「………消えてる………」


 確かにそこにあった筈なのに

 レグルスが来た瞬間に消えたのだろうか
 それとも、何か別の何かが働いた結果か…
 疑問に思うことはたくさんある

 しかし、そんなことよりも今、自分の目の前にいる男の存在のほうがずっと気になった


「…どうして、来てくれたの?
 何で俺がここにいるってわかったの?」

「ん〜…急に布団の中が冷たく感じて目が覚めたんだ
 そしたらよ、レンがいねぇし…心配になるじゃねぇかよ、やっぱり」

 それで家中を探し回ったのだろう
 そうでなければバスルームのキャビネットの前で座り込んでいる自分なんて到底発見できない


「……オレは何も出来ねぇし、気の利いた言葉の一つも言えねぇけど……
 少しでもいい、何でも良いからレンの為に出来ることがやりてぇんだ……」

「……レグルス……」

「言っただろう? オレは絶対にお前を護ってやるって…相手が魔女だろうがな」

「でも、本当に俺には本当に魔女カーンの魔法がかけられているんだ
 今更こんな事言うのも何だけど…俺から離れて暮らした方がずっと安全だよ
 このままだと俺だけじゃなく、レグルスにまで被害が及ぶかもしれない…」


「それこそ望むところだな。別にオレは魔法だろうが呪いだろうが恐れちゃいねぇぜ
 お前が危ないときにそんなこと言ってられねぇ。敵と刺し違える覚悟だって出来てるしよ」

「……知ってるよ。レグルスは本当に命がけで俺のことを護ってくれている……
 でも、だからこそ心配なんだよ。俺のせいでレグルスが危険な目に遭うなんて…」

 魔女の邪悪な力は自分の身体を蝕んでゆくだろう
 そして、その力は周囲にまで及び、やがて義兄やレグルスにまで被害を及ぼす
 実際、魔女の呪いにかけられた者がその呪いを周囲に撒き散らした事があるという話をレンは知っていた
 根拠の感じられない作り話だと当時は思っていたが、いざ己の身に呪いが降りかかったとなると話は別だ

「俺、家を出るよ。明日にでも…
 このままだとセーロスやユリィも危ないかもしれない」

「別にレンが家を出るのは勝手だと思うけどよ…その時はオレも一緒について行くからな
 オレは、ずっと自分の居場所を探していた。で、見つけたってわけだ
 ……お前のいる場所がオレの居場所だ。迷惑だろうけどよ…オレはお前の傍を離れる気はねぇからな」



 レンは何も答えなかった
 ただ、真っ直ぐにレグルスのことを見つめていた
 強い意志、揺ぎ無い決心
 献身的で直向きな…愛情



「お前の嫌いな言葉だけどよ…最後に一度だけ言わせてくれ
 ――――………愛してる」


「…うん……知ってる」


 素っ気無く
 でも以前のように突き放した感じではなかった
 否定の言葉も肯定の言葉も無い

 それでも良かった


 何となくその場を動く気にもなれず
 二人はどちらかとも無く肩を寄せ合った



 暖かな光が漆黒の闇を溶かし
 夜明けの空を白銀色に輝かせた




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