「やっぱりイセンカの潮風は落ち着くなぁ…」


 夕食が済んだ後、二人はレンの部屋でのんびりと過ごしていた
 開け放たれた窓から少し冷たい夜風が潮の香りを運んでくる
 凛とした空気が頭の中を綺麗に整理してくれた

「何か、自分の部屋に入って初めてやっと帰ってきたんだな≠チて実感できたよ
 やっぱり家の中でもさ、自分の部屋が一番落ち着ける場所なんだよね〜…
 ねぇ、こうやって夜の暗い部屋でお話しするのってなんかワクワクしてこない?」


「オレはさっき食った晩飯が腹を突き破って出て来ねぇか心配でそれどころじゃねぇ…」

 レグルスの腹の中には大量に鍋料理が詰まっていた
 レンによって無理矢理口に押し込められたのだ

  ユリィに背後から羽交い絞めにされて

「…ムード無いなぁ…せっかく俺がオトナの夜を教えてあげようと思ってるのに」

 このオトナの夜≠ニいう言葉に騙されてはいけない
 言葉の響きだけきいていれば何かとてつもなく好い事がありそうな気がするが
 レンの腕の中にある大量の酒瓶が今後の展開のオチを物語っ ている


「オレはもっと強い警戒心を持つことにしたんだ。
 お前とイイ雰囲気になると必ずよくわからねぇオチが待ってることを今回実感した」


「あはは…まぁそのうち慣れるから大丈夫だって!!
 ほら、お酒飲むくらい良いじゃない
 ユリィとセーロスが二人で飲みなさいってくれたんだよ
 …物凄く気に入られたみたいだね〜良かったじゃない」

「ああ…住んでも構わねぇって言ってもらえたしな…」

 住みたいかどうかは 別として


「セーロスはレグルスのお母さんとも面識あったから他人事に思えないんだよ
 たった一人で旅してまわってるって言ったら物凄く心配してたでしょ?」

「…そうだな」
俺もレグルスのこと心配してるんだよ…しっかりしているように見えて実は不器用だし
「……心配してるのか? けなしてるのか?

「心配してるに決まってるじゃない」

「………イマイチ愛情を感じねぇんだが」

「そんな当たり前のこと言わないでよ」

 ……………。
 オレこの恋心に報われる日は来るのだろうか……

 本気でわからねぇ


「…オレはこんなに愛してるってぇのに……」

「そんな安っぽい愛なんかいらないよ」

「…安っぽい…?」

 物凄く心外だ
 こっちは命がけだというのに

「別に男同士だから軽視してるわけじゃないよ。セーロスたちだって男同士だし

 でもね、あの二人は本気なんだよ。レグルスなんかとは根本的に違うんだよ」

「…オレだって本気でレンのこと好きだって……」

「人を愛するっていうことは本当に難しくて大変なことなんだ
 そんなに簡単に人を愛せるなんて俺には到底思えないし信じられないね」

 レンはワインボトルに直に口をつけて飲み始めた
 彼がどの程度アルコールに強いのかレグルスにはわからない
 しかし、この飲み方は明らかに身体に悪い


「…そんなにハイペースで飲むと後で辛くなるぞ?
 決して低いアルコール度数じゃねぇんだ、気をつけて飲め」

 奪い取ったボトルは既に半分以上飲み干されていた
 レンはむっとした表情で睨んできたが何も言わなかった
 本人も決して褒められた飲み方ではないということを自覚しているのだろう


「…別にレンがオレを好きになる必要はねぇし、強制する気もねぇよ
 まぁ本音を言っちまえば…両想いになれることに越したことは無ぇんだが…
 でも人の心は簡単に動かせるもんじゃねぇし、オレにはその方法も全然わかんねぇ
 …それでもお前のことを想わずにはいられねぇんだ…これはもう、どうしようもねぇ」

 レグルスの、ありのままの本心だった
 自分でもどうしようもない感情に振り回されている
 今まで他者を拒絶していた自分には当然ながら色恋沙汰にも疎かった
 初めて感じる愛しいという感情に困惑し、脅え、それでも手探りでしっかりと抱きしめた想い
 ………決して手離したくはない

 しかし、レンの言葉は辛辣だった

「今まで俺に言い寄ってきた人たちも皆、色々と凄い口説き文句を言ってきた
 …でも、永遠の愛だと言ったその口で、飽きたとか期待外れだったとか簡単に言うんだよね
 レグルスがどんな気持ちで俺に好きだと言ってるのかはわからない
 俺に唯一言えるのは、遊びだろうが本気だろうが、口でなら何とでも言えるということだけだよ」

 レンの声だとは思えないほど抑揚の無い声
 聞き流すには、あまりに重い言葉だった
 21年という歳月の中で彼自身が身を持って知った事なのだろう

 レグルスは反論の言葉を見つけ出すことが出来なかった
 何を言ってもレンの心には届かない

 伝えたいのに伝わらない、信じてさえもらえないという現実が悲しかった


「…ごめんね、冷たいこと言って…」

 レンは今にも泣き出しそうなレグルスの頭を撫ぜた

「あまり本気にならないで、もっと肩の力を抜いて話そうよ
 レグルスと話をするのは俺も大好きなんだ
 愛してるとか好きだとかいう言葉も、冗談として言ってくれるなら俺も冗談で返せる
 でも、本気で俺を口説くのは…頼むからやめてほしいんだ、お互いのためにも」

 今までに見た、どの表情よりもレンの顔は大人びていた
 大人びた顔の中に苦しさと切なさ、そして何かをあきらめた様な瞳があった
  しかし、それも一瞬のことで
 次の瞬間にはいつもの笑顔に戻っていた


「何か俺らしくないこと言っちゃったね…悪酔いしてるのかな?」

 ころころと笑うレンに先程までの辛さは見当たらない
 グリーンベリルの瞳はどこまでも澄んでいた

「…悪いけど俺、もう寝るよ…何か上手に話せないや…
 微妙な時間帯だけどレグルスはどうする? 一緒に寝る?」

 正直、レンと顔を合わせているのは気まずいものがある
 しかしここで逃げてしまうと翌朝、もっと気まずい雰囲気になるのは必至だった

「……オレも寝る…。隣、いいか?」

「うん…おいで」


 セミダブルのベッドは男二人が寝るには少し狭かった
 それでも密着した身体から伝わる温もりが嬉しい
 今はまだレンの心を開く術を知らないけれど
 いつか、絶対に自分の想いを届けてみせる

 レグルスは自分自身にそう誓い、瞳を閉じた




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