― ワイバーンを求めて ―




 目が覚めても視野が真っ暗だった場合、考えられる原因は二つ思いつく



 ひとつ、時刻がまだ夜であるため部屋の中が暗い

 ふたつ、起きた気でいるが実は未だ夢の中にいるという場合



 俺は目を凝らして部屋の中を見回した
 しかし、周囲はあまりにも暗く何も見ることができない
 柔らかな毛布の感触で自分がベッドに寝ていることはわかる
 しかし、それ以外は全く何もわからない状態だった


「………俺の部屋って、こんなに暗かったっけ………?」


 本気で何も見えない
 自分の手すら判別できない

 が

 見えないものは仕方がない
 恐らく、まだ深夜なのだろう

 青年はもう一度寝なおそうと毛布を手繰り寄せた

 明日は朝から忙しい
 大学のゼミで発表会があるのだ
 寝不足で本領が発揮できない何ていう事態だけは免れたい

 ふかふかのベッドに身を沈ませ
 まさに夢心地でいた時だった





 ……目が覚めたようだな……




 頭上から急に声がした
 低い地を這うような男の声だった

 しかし

 何故自分の部屋からそんな声が聞こえるのだろうか


(……気のせいか……それとも隣の家でテレビでも観ているか……だな)


 青年は考えるのも馬鹿らしいと再び目を閉じた




 ………待て、なぜ寝る!?



 何故か頭上から慌てたような声が聞こえてきた
 一体、隣の家はどんなテレビを観ているのだろう…
 多少気にはなったが明日大事な日だ
 しっかりと睡眠をとらなければならない



 ……こら、寝るな



 頭上からは尚も声が降り注ぐ
 深夜番組よ、寝て欲しくなかったら放送時間を改めろ
 悪いが俺は明日、ゼミで忙しいんだ

 テレビの音が聞こえないように頭からすっぽりと毛布をかぶる
 ゼミだから良いものの、これで明日がテストだったら隣に殴りこみに行っている所だ



 ……あの……もしもし?

 ……本当に寝てしまう気なのか………?




 テレビの音は聞こえなくなるどころか更に大きくなっているような気がする
 少しは近所迷惑も考えてほしいものである
 隣に学生が住んでいることをわかっているのだろうか……

 だんだん、怒りが込み上げて来る
 ゼミだろうがテストだろうが睡眠を邪魔されるのは耐え難い




 ……起き………




「やかましいわ っ!!」





 俺はそれこそ近所迷惑極まりない大声で怒鳴った
 どうせ今にも潰れそうなボロアパートだ
 住人は俺と隣の家に住む中年のフリーターしかいない
 管理人は耳の遠い老人だし騒音公害上等の覚悟だ

 大体、大音量でテレビをつけている隣の家のほうが悪い



「人の迷惑も考えられんのか、このボケっ!!






 …………。





 ………しーん………






 …どうやらテレビの音量は下げられたようだ
 室内には再び静寂が訪れた…



 …ように思えたのだが




 次の瞬間






「誰がボケだ無礼 者っ!!」




 ぱぁ――ん!!、と勢い良くドアが開け放たれた

 室内に眩い光が差し込まれる



「どぉうわぁっ!?」



 まさか逆ギレ起こして殴り込みに来られるだなんて一体誰が想像出来ただろう
 しかし来てしまったからには仕方がない
 どうせ目も冴えてしまった

 ゼミの発表会はボロボロになること必至だろう
 この理不尽な怒りをぶつける相手はただ一人

 俺は包まっていた毛布を跳ね除けるとベッドから飛び起きた
 そのまま真っ直ぐに殴りこんできた相手を睨み付ける――筈だったのだが



「……えーっと………」



 そこにいたのは俺が想像した、隣に住む中年フリーターなどではなく


 なぜかぶっすりとむくれ た外国人だった



 ………なぜ築48年のボロアパートに外国人が!?
 この古き良き木造建築の中で国際的な何か 起こっていたのだろうか



「……えっと……ふーあーゆー?(訳:あんた誰?)」



「……………。」


「……………………。」



 ああ…睨まないで下さい……
 言葉が通じてるのか通じてないのかわからないっす……
 いや、それよりも相手の素性を聞くよりもまず自分の名前くらい名乗った方が礼儀があるかもしれない


「えーっと…あいあむ……じゃない…?、えっと……まいねーむ、いず…?」


 外国人相手に英語を喋るのは物凄く緊張する
 例えるならでモノマネをしていたら当の本人が出て来て、鼻で笑われてしまったような気分だ


「え、いやいや…それよりも先に、えくすきゅーずみー? チョットイイデスカー? はう・あーゆー? おっけー?」


 何か、日本語の発音すらおかしくなっている様な気がする
 というか既に自分が何を言っているのか良くわからない
 一体何がOKだというのだろうか……



「………もう、よい。そなたの無礼を咎める気も失せたわ……」


 …呆れられてしまった…
 いや、それよりも何でコイツ、こんなに偉そうなんだ!?

 つーかその前に、誰、この人…



「…えーっと…」

 俺はとりあえず目の前の外国人を観察してみた

 白い肌に高い鼻、がっしりとした体格…
 オリーブグリーンの髪にバイオレットの瞳…



 何か激しく国籍不明だ


 その目の色は生まれつきですか?
 目の色が紫の国って何処ですか?
 その髪で光合成は可能ですか?

 突っ込みを入れたいところは数知れず

 でも


 数ある中から選りすぐりの突っ込み所は…


 その逞しい御身体を包んでいらっしゃる





 深緑色のジャージ (白線入り)だろう




 どこの中学生だお前は




「……だ…だっせぇ………」

 悲しくなるほどダサい
 朱色のジャージよりもダサい
 深緑の中の白い一本線がダサさに更に拍車をかけている


 つーか




 ジャージのを立 てるのは止めろ




「…何か去年に定年退職した体育教師のおっちゃん思い出した…」

 何で中高年のおっさんってジャージの襟を立てたがるんだろうね…




  







 …いや、そんなことはどうでもいいや

 俺はあまり凝視しても失礼だと思って視線を床に落とし、その後室内をぐるりと見渡した


 ワインレッドの高級そうなベルベットのカーテン
 思わず熊が寝てる姿を想像するような毛足の長い絨毯
 落下したら殺傷能力絶大の巨大なシャンデリア……


 ………………。



 ………。





「ここはドコ!?」





  





 俺が住んでいるのは安いボロアパート
 シャンデリアなんかある筈がない

「…随分鈍いのだな…普通は目を覚ました時点で『ここは何処だ』等と叫ぶものだろうに…
 そなたのように全然気にも留めずに寝なおそうとする輩は初めてだ…」

 …いや、別に普段はそこまで寝汚いわけじゃぁ…



 …………。



「じゃなくて!! ここは何処!? なんでこんな格調高いスペースで寝てるんだよ俺は!!」


「実験に失敗したのだ…まぁ、いつもの事だが…
 だが、今回は前代未聞の大失敗だ」



 何をどう失敗したら俺がこんな所にワープするんだよ




「…ワイバーンを召喚する予定が…何故こんな事に…
 否、ワイバーンでなくとも、せめてキメラやガーゴイルが欲しかった…」


「…あの…?」


「…まぁ…バハムートやリヴァイアサンを呼び出さなかったのが不幸中の幸いか…」


「あの、もしもし?」


「黙れ。我は今、傷心なのだ」


 そんなこと言われた って…



 聞き捨てならない単語がちらほら
 問い詰めたいことはたくさんある

 でも

 とりあえず基本的なことから…



「ワイバーンって 何?」




「風属性の大型翼竜種族だ。奴を手懐ければ捜索の効率も上がるというもの…」



「………………。」


「それに石化も相当進行してきた…自力での歩行も限界だ
 浮遊魔法も長時間は持たぬし…純粋に移動手段としても確保すべきであろう…」



 えーっと…



「今まで5、6回程召喚実験を行っているが…どれも失敗に終わっている…」


 …何かこの人…



 自分の世界に入っ てる…


 見てて凄く怖い


 ちょっと危ない人


 なぜこんな危ない人が俺の前にいるのだろう
 それよりも何で俺はこんな所にいるのだろう
 全然わからない
 わかるのは目の前の外国人があちら側の世 界の住人だということだけだ



「…えーっと…お忙しいようなので俺は御暇します……」

 変な人とは極力接触しないほうが身のためだ
 俺は外人と目を合わせないようにしながらドアを目指した

 が


「待て。 データを記録するまでは外出を禁ずる」




 何のデータだ


「召喚魔法は未だ研究途上でな。すまないが色々と調べさせてもらう
 今まで呼び寄せたものたちは皆、言葉すら話せぬ下等モンスターばかりでな、
 呼び出した途端に牙をむいて襲い掛かってくるのだ。止むを得ず切り捨てたがな」

「……」


 何処まで本気で話してるんだろう…
 いや、こういう独自の世界で生きてる人は何処までも本気なんだよな…

 俺は現実逃避として窓の外を見やった
 大きな窓だ


 その窓を


 タイミング良く巨大な蜂が横切 った


 俺と窓の距離は推定1メートル
 窓から蜂までは推定30センチ


 そう考えると


 明らかに蜂の大き さがおかしい

 だって、蜂だ
 蜂の大きさは普通は数センチ

 でも俺が今見た蜂は


 ラグビーボール くらいの大きに見えたんですが





「…今の、何?」

「キラービだな。麻痺効果を持つ毒がある…気をつけることだ」

「……………。」



 俺は恐る恐る近づいて窓の外を見た


 窓の外に広がる世界
 そこは

 鮮やかなスカイブルーの幹を持つ木
 動物の毛皮のような白い草
 鳥のような翼を持つ犬のような猫のような動物
 全長1メートルはあるであろう巨大な蝶……




  






「…なに、ここ……」


 店のネオンや電柱、信号機などは見当たらない
 自転車もバイクも自動車も走っていない




 俺の知らない世界だった





 相変わらず突拍子も無いノリで始まりました『ワイバーンを求めて』にござります
 コメディ色が強くなる予感にござりまするが、ちゃんと見せ場(爆)は用意するつもりなのでお付き合い下さりませ

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