「ただいま、ユリィ」



 玄関ではユリィが笑顔で迎えてくれた

「おかえりなさい。うん、ちゃんと邪眼は消えているわね…よかったわぁ〜」

 ユリィは俺の額を満足そうに指で突いた
 銀縁眼鏡の奥で琥珀色の瞳が優しい光を放っている
 染み付いたおばちゃん口調が母親のような印象を与えた

「結局、何が何だかわからない内に消してもらったんだけど…何か色々と謎が多い感じがするよ」

「無事に事が済んだ今なら、もっと詳しい説明をしてあげられるわ。入りなさい…そっちの彼もね」

 急に話を振られたレグルスは顔を引きつらせて俺を見た
 どうやら自己紹介のタイミングを上手くつかめないらしい

「セーロスがいる所で紹介してあげるから大丈夫だよ。…ほら、入って」

「…お、おう…邪魔するぜ」


 ユリィがセーロスを呼びにいっている間俺たちは居間で座っていた

 ソファでレグルスは借りてきた猫のように大人しくしていた
 出された紅茶のカップを両手でしっかりと持ったまま中を見つめて放心している
 時折、何かぶつぶつと独り言を言っているようだが小声で聞き取ることは困難だった



「…レグルス…何やってるの」

「いや…どう挨拶したものかと…『お宅の弟さんをオレに下さい』でいいのか…?」
 絶対に駄目
「何の挨拶をする気なんだよ…」

「…そりゃあ…やっぱり…」
いや、やっぱり答えなくていい。聞きたくない

「つれねぇな…」
「レグルスの冗談に付き合ってたら取り返しのつかない事になりそうだからね」

「冗談じゃねぇのに…」

黙れ。…ほら、来たよ」

 セーロスとユリィはいつもと変わらぬ笑顔でいた
 正直、レグルスに対しての反応が気になっていたが、どうやら悪い印象は今のところ受けてはいないようだ
 まぁ二人とも色々と人生経験も豊富な身だし外見で人を判断するようなタイプでもないし

  …ある意味三人ともいい勝負の外見だし

 むしろ、ピンクの裸エプロン姿のセーロスの方が人として問題があるような気が……
 あ、レグルス……
 やっぱりセーロス見て固まってるよ
 まあ…
 普通は驚くよね

 友達連れてきた時はいつもこうさ…
 そして一度家に来た友達は
二度と遊びに来ることはない
 ………気持ちはわかるけどね………
 俺だって客観的に見たら逃げ出したくなるだろうし

「初めまして、改めて宜しく頼むわね〜」
 ユリィが先手を切ってレグルスに手を差し出した
 おそらく無意識、というか反射的に握手をする羽目になったレグルスは眉間が痙攣していた
 そりゃそうだろう

 家に入るなり挨拶してきた三十路間近の男はおばちゃん口調で喋るし
 その後出てきたエプロン男は問答無用の破壊力がある
 まるで 何かが間違ったニューハーフクラブのようだ
 レグルスは今夜、絶対に悪夢に魘されるだろう……

「レンが友人を連れてくるのは久しぶりだ…」

 セーロスは嬉しそうに目を細めていた

 が
 レグルスは飲み込んだ茶が逆流して鼻から出てくる錯覚に襲われた
 もしも
 美青年として
 許される行為ならば

 このまま 鼻からジェット噴射して逃げたい
 レグルスは切実にそう思った
 森の中で妖精に襲われた時とはまた違った危機感を感じる
 命の危険はなさそうだが、これからの人生に強大なトラウが出来るであろうことは間違いない

「…オレが一体、何をしたって言うんだ…何でこんな目にあわなきゃなんねぇんだよ…っ」
 レグルスはセーロスを睨み付けるとテーブルに突っ伏した

「いや、私は別に何もしてはいないのだ が…」
 セーロスは困り果てた様子で呟いた

「大丈夫だよ二人とも…そのうち慣れるから

「そんなもんに慣れたくねぇ…って、どうしてお前の兄貴は服を着ねぇんだよ!!」

 レグルスは誰もが思うもっともな質問をレンにぶつけた
 この異常な姿に家族は何も言わなかったのだろうか
 紅茶を飲んで心を落ち着かせ、レグルスはレンの返答を待った

「…裸エプロンはユリィの趣味だよ」
 ごぶ
 レグルスは豪快に茶を噴出した
 生クリームたっぷりのミルクティーはテーブルの上に束の間のミルキーウェイを描いた
 気管に入った茶は彼の鼻に小さな白い滝を作った
 鼻からロイヤルミルクティー……切ない
 慌てて鼻をすすったら今度はそれが 目から出てきた
 目から茶。
 白い涙で視界も白く濁った
 でも顔は真っ赤に染まっている
 物凄く恥ずかしい
 そして下品極まりない

「…レグルス君、変わった特技持ってるね…」
 感心されてしまった…
「…見てて楽しいけど美青年にあるまじき特技よね…」

「捨て身のギャグってやつかな」

 目と鼻と口から白い液体をたれ流す男を見て冷静にコメントするダナン三兄弟
 レグルスは居た堪れない気持ちでいっぱいになった
 唯一の救いといえば意図的にやった と思われていることだろうか…
 いや、救いなのかどうかは微妙なところだが……

「ふふふ…レグルス君って面白い子ね〜気に入ったわ〜」
「今までのレンの友人にはいなかったタイプだな…仲良くしてやってくれ」

 地味に好印象?

「レグルス…鼻、痛くない?」
「痛ぇよ…色々な意味で…」
「で、さっきのエプロンの話なんだけど」

「いや、もういい」
「そう?」
「あれはああいう生物だと思うことにする」
「じゃあユリィとセーロスの禁じられた関係につ いて聞きたい?」
「そういうことは口外せずに胸にしまって おけ」

「この界隈では結構有名な話だよ」

 そんなオープンな禁じられた関係、嫌だ
「残念ね〜若い子に惚気を聞かせるのも趣味のひとつなのに〜」

 惚気なのか…
 つーか少しは禁じろ
「じゃあ…」

「ちょっと待て。それよりもレンの目についての詳しい話を聞かせてくれねぇか」
 レグルスにとって禁じられた兄弟愛よりもそっちの方がずっと重大だ
 何せ、可愛い未来の恋人(?)の事なのだから



「そうねぇ…あれはまだ10代のころだったかしら…レン、覚えてる?
 セーロスが戦士として遠出してた時期があったでしょ…一年近く帰ってこなかったあれよ」

「あー…何となく覚えてるかも」

 確か俺が10歳でユリィが17歳だった筈だ
 腕の良い戦士を募集しているとの話を聞いて15歳のセーロスが遠くへ遠征に行ったのだ
 しかし、セーロスから聞いた土産話は珍しい土地や文化などにまつわる話ばかりで邪眼や邪神などと言う言葉は出て こなかった筈だ

「実はね、表向きはモンスター討伐だったけど実際は極秘な任務だったのよ〜セーロスに白羽の矢が立ったのは正直 驚きだったわ
 レンもどこかで聞いたことない? 魔王アイニオス一族の噂よ…クレージュ様のことは知ってるわね?」

 どこかで聞いたような話だ
 しかも、つい最近
 …もしかして、セーロスが受けた任務って…

「……カイザル・アイニオスの兄探し……?」

「…あら…何で知ってるの? 話したことあったかしら?」

「オレがレンに教えたんだ。…オレの母ちゃんも同じ任務についてたからよ」

 レグルスがそう言うとユリィの瞳が輝いた
 冷静沈着なセーロスも身を乗り出して話に参加し始める

「ええ!? レグルス君のお母さんも!? 世間て狭いのね〜募集された戦士は5人しかいなかったのに…
 何ていう名前の方かしら? もしかしたらセーロスが知っているかもしれないわ…ねぇ?」

「ああ…女性は一人だけだった筈だ。…ユラ・バーズという名ではないか?」

「そうだ!! 本当に知ってんだな!! すげー…」

 レグルスは本当に嬉しそうに手を叩く
 興奮気味に母親の話をするその頬は微かに上気していた
 しかし、対照的にセーロスは悲しそうに目を伏せた
 ……彼も知っているのだ、彼女が既にこの世にいないということを


「…要点だけを話すつもりだったが…状況が変わった。これは詳しく話す必要がありそうだな…」

 セーロスは椅子に座り直すと机に両肘を突いて静かに語り始めた



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