オレたちは海岸沿いの道を歩いていた
 穏やかな海原が夕日に染まって、とても美しい
 レンはオレに、家に帰る前に友人の家に寄りたいと申し出た
 何でも銀髪の人魚だということだ
 オレは未だ人魚というものを目にしたことはない


 初めて見る種族に期待感を抱きながらオレはレンの後をついて行った


 銀髪の人魚は岩場に座っていた
 潮風がゴージャスな巻き毛を靡かせている


「――ソル、久しぶり!!」


 レンは彼の姿をみるなり、大きく手を振りながら人魚の元へ走ってゆく
 その幼い仕草にオレは思わず表情を綻ばせた


「…あら、レン君じゃありませんか。お久しぶりですね〜」


 人魚は丁寧な口調と落ち着いた物腰で答えてくれた
 深海の色をした瞳が優しい光を放っている
 鮮やかな色彩の尾は想像以上に長く、綺麗だった

 二人は和気藹々と笑顔を絶やさず談笑をしていた
 愛らしい青年と美しい人魚のツーショットはなかなか絵になる
 人魚が大柄な体格のせいか、大人と子供のようにも見えて微笑ましい


 ふと、背後から人の足音が聞こえてきてオレは振り返った


「……おい、夕食の買い物行って来た……って…、誰?」

 そこにいたのは紙袋を抱えた少年だった
 白いシャツを隙無く着こなし、短く切りそろえた栗色の髪がさらさらと流れている
 一目見ただけで、育ちの良さが見て取れた

「おや…お帰りなさい、トーマス。 今、私の友達が遊びにきてくれたのですよ」

 人魚は嬉しそうに少年を手招きした
 少年は紙袋を抱えたまま、おずおずと人魚の傍へ歩み寄った


「―――あ…!! この人…人間だ!!」

 レンが驚きの声を上げた
 人間と魔族を見分ける方法は簡単だ
 例外なく人間というものには属性が無い
 属性の香りがしない――それは即ち、人間だという意味をなす


「ええ、人間界へ行った先で知り合ったのです。可愛らしくて気に入ったので連れて来てしまいました」


 それで良いのか、少年よ
 レグルスは思わず眉間を押さえた
「へぇ〜…人間かぁ……ペット? 奴隷? 非常食?

  レン…本人を前に酷すぎるぞ、それは…
  しかも非常食って…お前……
 ああほら可愛そうに、震えてるじゃねえかよトーマスとやら……
 そうだよな、目の前でそんな事言われちゃぁ冗談でも怖いよな…

 …って…

  何故オレを見て怯える!?

 食料扱いされることよりも、オレと目が合った方が怖いとはどーゆう事だ? コラ!?
 少なくともオレは、この面子の中では一番真っ当な思考回路の持ち主だと思うぞ?
 お前はオレを拉致したり食料扱いしたりするような奴よりも怖いと感じるのか!?

「…レグルス…何さっきからブツブツ言ってるの…」

「あのガキがオレを見て怯えるんだよ…ったく…」

「人相悪い上にガラの悪い服着てるからだよ」

  随分はっきり言ってくれるんだな…

「それなら、明るく爽やかなイメージを持つためにアロハシャツ等を着てみてはいかがでしょうか?」

 あろは?

「レグルスが着たらやーさんになっちゃうよ」

  …やーさん……?

「レン君は彼のどんな服装が見たいです?」

「うーん…裸の時が一番まともに見えたよ」

 今のオレは、まともに見えないのか?

「では、いっそのこと常に全裸で過ごして頂けばよろしいのでは?」

 こら待て魚野郎

「私なんて下半身何も履いてませんよ」
 人魚だから当たり前だ
「あはははは…ソルは本当に楽しい事言うよね〜」

 ほがらかに笑うレン
 つられて微笑むソル
 その横で不安そうに震えるトーマス

 そんなトーマスに笑顔で人魚は
「人間の美味しい食べ方を研究してみましょうか」

 怖いことを呟いていた
 …本気で食料なのか…?

「でも、そんなに痩せてるんじゃ食べるところないよ?」

「レン君みたいにふっくらしていたらお腹いっぱい食べられるのですけどねぇ」

 笑顔でそんな会話するな



「レグルス君はトゲがあるから食べるのが痛そうですよね」

「食用には向かないよ…トゲを抜く手間隙がかかるからねぇ…」

 このトゲはオレに直に生えてるわけじゃねぇ
 いや、そんなことより
 お前らオレで遊んでねぇか?

「まぁ、外見はともかく良さそうな人じゃないですか」

 …ともかくって…おい…

「うん外見と口は悪いけど中身は純で馬鹿正直で憎めない奴だよ」

 …レン…オレは褒められてるのか…?

「こういうタイプは色々と使えますよ。可愛がって おやりなさい」

 …色々って…色々って…あの……何を…?

「うん、せいぜい楽しませてもらうよ


 …レン……
 オレをどうする気だ
 ああ…

 夕日が目にしみるな…
 …母ちゃん…オレ……
 人生の道先誤ったかな…
 ちょっと黄昏てみたりして…




「…レグルス…そうやってると暗いよ…」
 誰のせいだ
「…レン…オレはもう、疲れた……」

「そう?まだまだこれからなのに?」

 まだあるのかよ

「レン君、真の恐怖はこれからなのですから…彼にの間の安息を与えて差し上げましょう」

「そうだね…体力に余裕があったほうが良いかもね」
 何を企んでる!?
「…レン…?」

「きっと家ではセーロスがご飯を作ってるだろうし…今のうちに心の準備しておいた方がいいよ」

「…そ、そんなに酷ぇ味なのかよ…」
「美味しい、不味いとか言う以前の問題だね」
「…………。」

 母ちゃん…イセンカの町は本当に平和なところなんだろうか……
 もしかしたら悪魔の巣窟なんじゃねえのかな…
 夕日に背を向けて歩くレンの背中に
 何か黒い翼の幻が見えたような気がする…
 この時のレグルスは知る由も無かった
 レンの本当の姿を


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