と、いうわけで俺たちは船に乗りました。

 え?

 展開早い?
 細かいことは気にするな
 ついでに言ってしまえば既に出港二日目で、もうすぐ到着だったりする


「…ほら、もう陸が見えるよ。港町プルトだ」

「早いもんだぜ」
 まったくだ
「俺の住んでいるイセンカの町へ行くには港の隣にあるフォレの森を突っ切って行くのが近道なんだよ。一日で着くんだ」

「森ン中を丸一日かよ〜…面倒臭ぇな…普通の道は行けねぇのかよ」

「普通の道を通っていくとはかかるよ」
「どういう所に住んでんだよお前は…偏狭か?」
「地図、見る?」


 レンの地図は大まかなもので、細かい場所はわからなかった
 しかし、所々にレンが書いたと思われる鉛筆の文字があった


「…お前、字が汚ねぇな…って、何だこの農村≠チてのは」

「俺が以前、流れ着いてお世話になった村だよ。前に話しただろ?」

 こうして改めて地図を見ると、思い知らされる
 あの日…クジラとイカのせいで…
 ずいぶん流されたよな…
 俺が水属性の魔族じゃなかったら死んでたね…間違いなく


「苦労したなぁ…あの目がとれるまで…」

「みてぇだな…イセンカまで何kmあるんだよ…」

「あはは〜まあ、気にしない気にしない☆」

 レグルスは地図を見ただけで疲れたようだった
 まあ…確かにちょっと距離があるかも知れないけれど…





<↑レンの地図>



「あ〜あ…今夜は森ン中で野宿かよ〜…」

「今のうちに寝て体力温存しておこうよ。まだ一時間以上あるし」

「うへぇ〜…かったりぃ…」

 レグルスはそう文句を言いながらもベッドに横になった
 ここ数日でレグルスと同室で寝泊りすることが当たり前のようになっていた
 船の中でたくさんの話をした
 自分の子供の頃の話や家族の話、学校であったことや友達と遊んだこと…
 レグルスも今まで旅先で見てきたものの話や母親との思い出などを俺に話してくれた

 俺たちは既に、親友と呼べる仲になっていると思う
 ずいぶん昔から知り合っていたかのような錯覚すら覚えるようになっている
 元来あまり人見知りをしないため、友達を作るのは得意だったがレグルスはそれらの友達とは何かが違ってた
 何がどう違うのか、うまく答えられないのがもどかしい
 助けてくれたから? 長い間一緒に寝泊りしたから? ……それとも……?
 理由すらよくわからないまま、それでも着実に俺は彼との友情を深めていった


 港町ブルトは俺が旅出たあの日のままの姿で迎えてくれた


「へぇ〜…小せぇけど綺麗な所だな…港町なんてもんはどこもサビで汚れてるもんだと思ってたけどよ」

 実際、俺たちが船に乗った港町トトルも潮風によるサビで赤茶に薄汚れていた
 しかしブルトは比較的レンガなどの石造りの建物が多いため潮風に風化することはなかった


「この辺は漁業で栄えているんだ。西に行くと人魚たちが漁で築き上げたイトの国があるよ」

「人魚の国まであるのかよ。まぁ、水属性のお前にとっちゃあ住み心地のいい大陸なんだろうな」

「うん、人魚の友達もたくさんいて…よく一緒に泳いで遊んだよ。…人間界に遊びに行ったソルはもう帰ってきてるかな …」

 レンは足取りも軽く街中を進んでいった
 見知った景色は懐かしさと安堵感を与えてくれる
 暖かい潮風を受けながら二人は意気揚揚と歩を進めた


「ほら、ここから森の中に入れるんだ。中は暗いし視界も悪いから俺からはぐれない様に気をつけてね」

 フォレの森は、地面が砂地でできている珍しい森だった
 象牙のように白くて滑らかな幹の木々が所狭しと立ち並んで、落ち着かない気分になる
 白い木とは対照的に葉は濃紺色をしていてほとんど陽光を通さない
 そのせいで森の中は昼でも闇の衣に包まれていた

「お前、いつもこん中通ってブルトに来てたのかよ」

「うん。おかげでこんな森の中でも道に迷わず進めるようになったんだ」

 その言葉通り、レンは道無き道を何の迷いもなく突き進んでゆく
 彼の頭の中にはしっかりとこの森の地図が記憶されているのだろう
 時折振り向いてレグルスがちゃんと付いてきているか確認するのも忘れない


「…でもよ…何か、やべぇ気がするんだよ…この森…」

 レグルスは周囲を見渡しながら身震いをした
 今まで旅をして回った所は必ずしも安全な場所ばかりではなかった
 時には身の危険を感じるような事も数え上げれば切りがないほど体験している
 旅をするうちに自然と身に付いた危険を察知する勘がこの先は危険だ≠ニ告げていた

「え〜だって、俺いつも通ってるし………

 レンの言葉が途中で途切れた

「…おい、何か焦げ臭ぇぞ…」

 森の奥から木の燃えるパチパチという音が聞こえる
 暗がりから点々と、橙色の明かりが見えた

「――…っ!? うそ、山火事っ!?」 

「ただの山火事にしちゃぁ…炎が分散し過ぎているとは思わねぇか…?」

 不自然な燃え方をする森
 木々の焼ける音と香り
 それに混じって微かに感じるこの臭いは――……

「レン!! そこを動くんじゃあねえぞ!!」

 レグルスはポケットに忍ばせておいたナックルを両手にはめた
 いざという時の護身用にと買っておいたものだったが、実際に装着したのは初めてのことだった
 それなりに身体は鍛えてあるが実戦経験皆無という事実が重く圧し掛かる

「ねえ、何があったんだよ!?」

「…しばらくしてもオレが戻ってこなかったら…全速力でブルトに逃げろ。いいな!?」


 レグルスは驚愕の表情のレンを残して森の奥へと走った
 木々に飛び散った血痕がヌラヌラと無気味に光っている
 死体は――……三つあった
 首や手足が無残にも千切れて転がっている
 この様子では生存者はいないだろう

 そして、レグルスは見た
 足のない死体の上に座って血を啜っている人影を

 1m程の小柄な身体、赤い髪に琥珀色の肌…
 レグルスも紙面の上でだけ知っていた
 能力的には魔女とモンスターの中間に位置する妖精の一種だ
 ランク的には下位の方だが、それはあくまでも戦士や格闘家の言い分である
 一般市民の魔族にとっては脅威以外の何者でもない
 何せ、奴は魔法≠使うのだ
 その小さな身体から生み出される小さな光弾は物体に触れると爆発を起こすと聞いている

 冷や汗が背を流れる
 幸いにして相手は炎の属性の持ち主だ
 それ程苦手な属性ではない…恐らくあの魔法にも数発なら耐えられるだろう
 だが、それも度を越してしまえば目の前の死体のようになるのは明らかだ
 レンがこの場にいなくて本当によかった…それだけが救いだ


 妖精の手から光弾が発せられる
 レグルスは辛うじてそれを避けると一気に間合いを詰めて攻撃を仕掛けた
 遠距離攻撃をしてくる相手は意外と接近戦に弱いらしい、という話を以前聞いたことがあった


「うらぁっ!!」

 しかし、何度拳を繰り出しても相手にかわされてしまう
 妖精特有の身軽さで2m近く飛び上がることができるのだ
 高くジャンプした妖精は頭上から光弾を浴びせてくる
 レグルスはそれから逃げるので精一杯だった
 次第に詰めた間合いも開いてくる

 ―――これは、マジで殺られる……

 レグルスが死を覚悟したその時だった


「レグルス〜!!」

 お約束のようにレンが飛び出してきた



「この馬鹿野郎っ…!!」

 レグルスは顔面蒼白になった
 この光弾が一発でもレンに当たれば水属性の彼は即死だろう
 それに、あの千切れた惨殺死体を見たらレンは…

「う…うわああああああ―――っ!!」

 レンが悲鳴をあげる
 ああ…レン…純粋なお前にだけは見せたくなかった…

「レグルス…何て酷い事をっ!!!」

 ―――…待てコラ

「違う!! オレは殺ってねぇっ!!」


 思わずオレは叫んだ
 こんな時に天然ボケ発揮してるんじゃねぇ!!

 何故こうも明後日方向に曲がった思考回路の持ち主なのだろう
 死体を前に混乱しているという可能性もあるが
 たぶん素でボケてるに違いない
 レンは周囲を見渡すとヒステリックに叫んだ

「森はみんなの物なのに!!」
「そっちかよ!!!」
 オレは力の限りに突っ込みを入れた
  ああぁ…もしかしたらこいつ、 全っ然純粋じゃねぇかも…
 いや、レンの言ってることは正しいんだけどよ……

  出来れば死体について怒って欲しかったと思うのはオレの我侭なのか…?
 …いや…もしかしてこいつ……
  死体に気付いてねぇ!?
 その辺に転がっていた死体は先程の戦いによって更にバラバラになっている
 流れ光弾を大量に浴びた亡骸は細切れになって炎に包まれていた
 更に焼け落ちた木に混ざって燃えていた日にゃぁ……


「…原型を見てねぇと…人の死体だとは思えねぇかも…な…」

 それはそれで哀れだ…
 レグルスは心の中で合掌した


「ほらほら!、何やってんだよ! 早く地面の砂をかけて火を消さなきゃ!!」

 レンは犬の穴掘りのような姿勢で両手を動かしている
 ああ…埋めてるし…
 オレは呆然とその光景を見守った
 妖精も戦意を削がれたらしい
 二人してカカシの如く立ち尽くすしかなかった

「レグルス、何してるんだよ!! 手伝って!!」

「……お、おう……」

「ついでにそこの貴女も!!」

「え!? あ、ハイ…」
 妖精…手伝うのかよ…
 その後、オレたち三人は手分けして砂をかけて火を消したのだった
 周囲は砂山だらけになっている
 この中に死体が埋まっているなんて誰も思いもしないだろう…
「レン…お前、最強だぜ…」
 オレはがっくりと力尽きた
 バツが悪そうにしていた妖精は、何時の間にか姿を消していた


「じゃ、行こうか♪」

 スッキリと爽やかな汗を拭ってレンは微笑んだ
 その笑顔を見てオレは心に誓った
 死体のことは見なかった事にしよう…
 砂まみれのナックルが切なく光った


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