「その後、体調は如何ですか?」


 穏やかな微笑のゴールド
 その姿は患者の容態を気遣う医者のようだった

「普段通り…異常は無い
 君には全て見通されていると思うけれど」

 メルキゼの状態は治療をしたゴールド自身が一番良く判っている
 当然ながら彼が完全に回復しているという事も


「そうでしたね…本当に凄い回復力です
 ボクが貴方の元に掛け付けた時、既に毒の殆どが浄化されていたのですから
 本当はあのまま手を施さなくても数時間後には自然治癒されてたことでしょう…」

 だから、ゴールドが彼に飲ませた薬は解毒剤ではなく単なる栄養剤だった
 下手に薬を投与するよりも彼の尋常ではない治癒力に任せた方が賢明だと判断したのだ
 事実ゴールドの判断は正しく、数時間後にメルキゼは何事も無かったかのように目を覚ました

 ゴールドから事情を聞いたメルキゼは真っ青になってカーマインに駆け寄り、
 そして彼の傷付いた身体を抱きしめながら涙したのだ
 何度も謝罪と感謝の言葉をかけながら…



 その後、ゴールドはシェルを、メルキゼはカーマインを背負って町に向かった
 町に着く間に交わした会話から漠然とだが互いの身の上を理解する
 メルキゼは簡潔に、カーマインが故郷へ帰る旅に同行しているのだと語った
 ゴールドは近々戦が起こりそうなので物資の補給と情報収集をしているのだと説明する

 ようやく着いた町の宿でレンと合流して、カーマインとシェルを寝かせた
 そこでやっと一息ついて、三人で色々と話をしたのだった

 メルキゼの申し出により、彼の傷はゴールドによって救われたという事で口裏を合わせることにした
 それは彼自身がカーマインの苦労を気遣ったというよりは―――個人的な理由からだった


 人間であるカーマインに、あまり自分の魔としての力を見せたくないのだという
 ゴールドは、メルキゼが彼の前では人間として生きて見せているのだという事を知った
 魔にとっては人間と魔族を見分けるのは容易い事だ
 しかし人間から見ればその違いは判別し難いものらしい

 カーマインがメルキゼを人間だと思い込んだ上で信頼しているのだとしたら、
 その事に疑問を持たせるような事は絶対にしてはならない
 ゴールドもレンも、カーマインの前ではメルキゼを人間として扱う事を約束した


 その時は人間の恋人を持つと色々と大変なものだから≠ニ納得していた
 自分にもカーマインのような人間の恋人がいるから、彼の気持ちはわからなくもない
 ゴールド自身、魔と人間の間にある壁にもどかしい思いをした事は少なくないから…

 ―――…しかし…

 ゴールドは、てっきりメルキゼはカーマインの事が好きなのだろうと思っていた
 事実『もっと親しくなりたい』とレンに相談していたし、何かと言うと彼の名ばかり口にしていた

 そんなメルキゼの姿は、ジュンへの想いに焦がれていた頃のゴールド自身と重なる
 上手く伝わらない気持ちに焦り、一向に縮まらない互いの距離に思い悩んだ時期
 募る不安感に潰れそうになりながら、それでも一緒に過ごす日々の幸せを噛み締めていた

 レンもゴールドも、今の恋人と一緒になる為に通ってきた道のりだった
 だから二人はそんなメルキゼに惜しみなくエールを送ったのだが―――…

 しかし、どうもカーマインの話によるとメルキゼには他に好きな人がいるらしい
 その事に対して本人自身も気付かない所で苦しんでいたカーマイン
 客観的に見ると相思相愛に映るものだけれど、恋愛とは意外と複雑で難しいものであるようだ



「メルキゼデクさんは、どういった人が好みなのですか?」

 素朴な疑問だった
 カーマインのような相手が好みだと思っていたのだけれど…

 ゴールドの問いにメルキゼは軽く咳き込んだ
 平静を装ってカップに口をつけたけれど、目が泳いでいる
 明らかに動揺している―――外見に似合わず物凄くわかりやすい人だ

「…え、えと…別に好み…とかは…その…」

 しどろもどろな彼は見事に真っ赤だ
 人はここまで赤面出来るものなのか
 妙なところで感心してしまうゴールドだった

 しかし、ここまでわかりやすいと、逆に悪戯心が湧いて来る
 それに彼がカーマインの事を本当はどう思っているのか確かめてみたくなったのだ


「そうですね…年下で小柄で、力は弱いけれど勇気があって――…自分よりも恋愛経験が豊富な人間?」

「――…っ!?」


 ピキーン…☆

 思わず効果音を言いたくなる程、見事に硬直するメルキゼ
 見事にクリティカル・ヒットしたらしい

 1分、2分経過…まだ立ち直らない

 全身真っ赤になって、頭から湯気が出そうな勢いだ
 プルプル震える姿はまるで彷徨える子羊

「そ、そんな…べ、別に私は―――…」

 見事に動揺している
 それに心なしか涙ぐんでいるような…

 ゴールドは噴き出しそうになるのを堪えつつ、笑顔で言い放った


「―――…というのが、ボクの恋人なのです…参考までにどうぞ
 それで、メルキゼデクさんの好みの相手はどのような人なのです?」

「えっ…?
 あ、あ、その…」

 本当にわかりやすい
 ゴールドはあえて自分の恋人とカーマインの共通の特徴を言ってやったのだ
 案の定、好みを見透かされたと思い込んだメルキゼは汗だくになった

「あー…楽しいですねぇ」

 にやり
 悪魔の微笑み・発動

「…あ…あ…あー…」

 酸欠の金魚の如く口をパクパクさせるメルキゼ
 何をどう言って良いのかわからないらしい

 黙っていればクール・ビューティーなのに、
 この顔で、この性格とは…ああもう、笑え過ぎる

 ゴールドは今度こそ堪え切れず、盛大に笑い転げた



「ああ面白かった…いえ、すみませんでした
 ですがボクたちは好みが合うようですね?」

 思う存分笑った後、ゴールドは悪戯っぽい笑みを浮かべた
 メルキゼは思わずその面を抓り上げたい衝動に駆られる
 しかし気の弱い彼の事である、実行に移す事など絶対にありえなかった

「うう…」

 仕方なく冷めた茶をすすって気分転換を試みる
 ついでに茶請けに出されたクッキーを激しく噛み砕いてストレス解消

「本当に可愛いですよね、人間って…無償の愛を与えたくなります
 力は弱いくせに、心の中には悪魔顔負けの強さを秘めている不思議な生物で…
 ボクたちの常識では考えられない程の純粋さと柔軟さを持っているのも魅力です」

「そう…だな、確かに…
 カーマインは実に不思議な存在だ
 私は彼のそこに惹かれたのかも知れない」

 微かに綻ぶ頬
 メルキゼの瞳に優しい光が灯ったのをゴールドは見逃さなかった

「彼の事を想う貴方はとても幸せそうな表情をします
 本当に貴方には、彼よりも愛している存在がいるのですか?
 貴方を見ている限り、ボクにはどうしても信じられないのですが…」

 メルキゼの世界はカーマインを中心に回っている
 数日間の付き合いの中でゴールドはそう感じた
 そしてそれは決して間違ってはいないだろう

 何をするにも、まずカーマイン
 幼いシェルの存在も二の次だ
 ここまで彼を想っておきながら、どうして…


 ゴールドは溜息を吐く
 軽鎧が妙に重く感じられた
 どうせ街中だし…と、鎧もマントも脱ぎ捨てる
 ラフな服装になった彼は、再びメルキゼに向き合った

「これは貴方たちの問題です
 ボクが口を挟める事ではないと判ってはいます
 それでも、人間を愛する者としての感情論を言わせて下さい」

「ち、ちょっと…待ってくれ
 どうしてその様な話に…」

 メルキゼは状況について行けず混乱していた
 からかわれたと思ったら次の瞬間には怒り出すゴールドが理解出来ない
 驚きのあまり声も出せず、メルキゼはただ戸惑うしかなかった


「メルキゼデクさん、貴方の優しさが彼を傷付けています
 彼を本命として愛していないのなら距離を置いてあげて下さい
 その態度は残酷極まりありません…中途半端な態度は破滅を招きます」

「ま、待ってくれ…どうしてそんな話になっている!?
 君が何を言っているのかわからない…頭の中が混乱している」

 メルキゼは両手で頭を抱えた
 脳裏にゴールドの言葉が断片的に飛び交う

 …私が、カーマインを傷つけている?
 距離を置け…破滅を招く…?
 どうして…どうしてそんな酷い事を言うんだ―――…!?

「彼は本命ではないのでしょう?
 争ってまで求める相手がいるのでしょう?
 貴方は愛してもいないのに過大に愛情を掛け過ぎなのですよ」

 愛していない…?
 それこそ酷い侮辱だ

 メルキゼの頭の中で赤いものが弾ける


「違う…私が愛するのはカーマインだけだ!!
 人と争うのも傷つけるのも大嫌いだ!!
 誰が好き好んで争奪戦など起こすかっ!!」

「そんな白々しい綺麗事言わないで下さいっ!!
 じゃあ、貴方が争奪戦を起こしてまで欲しいと思う相手は誰なんですかっ!?」

「聞くまでも無い…カーマインに決まっているだろう!!
 私は彼の傍にいる事さえ出来れば満足だったのだ
 それが…あの娘がカーマインに惚れ込んだから…っ!!
 あの娘に取られる位なら、無理矢理にでも私が奪ってやる…!!」

 メルキゼの中で、何かがキレていた
 真紅の瞳に今までに無い光が灯っている

「そう…そうだ…そうだったんだ
 私の物にしてしまえば良いのだな…
 そうすれば失う恐怖に身を震わせる事も無くなる…」

 妙にギラギラとした瞳
 彼の中で何かが変わってしまったらしい


「…あ、あの…メルキゼデク…さん?」

 黒い微笑を浮かべるメルキゼに今度はゴールドが驚く番だった

 彼の行為がカーマインを傷つけているのだと気付かせたかった
 そして、メルキゼデクがカーマイン以上に想っている相手がいるのが許せなかった
 だから少々感情的になって彼に詰め寄ってしまったのだが―――…

 どうやらそのせいで、彼の中に眠る黒い部分を呼び起こしてしまったらしい
 普段から大人しくて気の弱い人物ほど、いざキレると恐ろしい事になる
 彼のようなタイプは何をするか判らないという恐怖心があるのだ


 ゴールドは自分が汗だくになっている事に気付いた
 メルキゼは素直で判り易い性格の持ち主だ
 それ故に純粋で傷付き易くて―――脆い心の持ち主だった

 その脆く壊れやすい心をゴールドは破壊してしまったのだ
 気付いて後悔した時には既に何もかもが遅過ぎた

「…ゴールド…教えてくれて、ありがとう
 私はずっと彼への想いを押し込めていた
 伝えてはいけない感情だと戒めていたのだけれど、
 しかしそれが裏目に出て彼を傷付けていたのだな…
 私のせいでカーマインには本当に悪い事をした
 けれどもう大丈夫だ…彼を奪って手に入れるから…」

 メルキゼは、ゆっくりと立ち上がった
 そしてそのまま部屋から立ち去ろうとする

 ゴールドは本能的に悟った
 このままでは彼はなにをするかわからない
 何か起こった場合、原因は他ならぬ自分だ

 一気に血の気が引いたゴールドは反射的に立ち上がった



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