「まぁまぁ、ご無事で何よりですわ」

 あの炎の巫女である少女は満面の笑顔で出迎えてくれた
 少女は火山の決壊が再び強化されたことと、俺の額の邪眼が消えていることを確認すると、ほっとした様に肩の力を 抜いた
「何とお礼を申し上げたらよいか…そうですわ!! 今宵はお二方の感謝の意味をこめて盛大に宴を開きましょう!!」

 名案とばかりに少女は手をたたくと他の仲間と共に早速準備に取り掛かった
 俺たちは他の炎の民に涼しい部屋へと案内された

 その夜、俺たちは豪華な料理と酒、炎の民たちの民謡を心行くまで堪能し楽しんだ
 炎の民は口々に思いつく限りの感謝の言葉を俺たちにかけてくれた


 その後、泊めてもらう事になった俺たちは豪華な客室でのんびりと外の景色を眺めていた



「何か…人って見かけによらねぇよな〜…」

 しみじみと夜空を見つめつつコップの冷酒を飲み干すレグルスは大人びているというよりは ジジ臭かった
 つーか、見かけによらないのはお互い様だ


「こんな子供が、たった一人で旅をしてるたぁダタ事じゃねぇって思ってたけどよ…まさか邪神がらみとは…」

「下手に好奇の眼で見られるのも嫌だったし正直に言っても信じてもらえないだろうから言わなかったんだけどね。
 …でもレグルス、意外と驚いてなかったし、俺の事知ってもすんなりと受け入れてくれたよね。やっぱみんな大人なん だなって思ったよ」

 事実予想に反して皆、異様に理解力が高かったのには驚いた
 何故に俺の周囲には邪神だの邪眼だのに詳しい奴らが多いのだろう…

「オレさ、実は邪眼とか魔女とかって結構予備知識とかあったんだよ、母ちゃんが昔、悪魔に仕えていた事があったか ら…」

「…悪魔に? それって有名な悪魔?」

「それこそ信じてもらえないかも知れねぇけどよ、オレの母ちゃんはあのカイザル・アイニオス様の城で働いていたんだ ぜ」 

「カイザル・アイニオス様…? …アイニオス…って…王族の!?」

 魔界の女王クレージュ・アイニオスの実子の名前だとされているが…
 噂では女王に呪いをかけられ足を石に変えられたと聞くが、何処か遠くの小国の王として、ひっそりと生きているとも 聞く
 もっとも、俺たちのような一般市民は実際に王族に会うことなどないから何処までが真実かはまるで分からない

「カイザル・アイニオス様は足が石になって動けない自分の代わりに、追放された兄を探してくれる戦士を募集していた らしいんだ。
 もちろん女王に知られないように、少人数でこっそりと。だから大掛かりな捜索は出来なかったらしいんだけどよ…
 オレの母ちゃん…名前はユラっていうんだけど、腕に覚えのある戦士だったからカイザル様の兄上を探す仕事を引き 受けたんだって
 で、その時に色々と悪魔とか魔女に関する知識も身についたって言ってたけど、その中に邪眼の話もあったってわ け」

「それで、カイザル様の兄上は見つかったの?」

「いや、まるで手がかりなしさ。水面下での行動しか出来ねぇ上に公に情報を収集することも出来ねぇし…結局、母ちゃ んも目的達成する前に死んじまったよ…母ちゃんたちと一緒に捜索に加わってた戦士たちも匙を投げちまった…」

「王族の考えることは理解できないけど…色々と大変なんだね…かわいそう…」

「…レンだって大変な思いしてただろうが。その歳でこんな境遇に耐えられるなんざ、ざらにはいねぇぜ?」
 屈託のない笑顔でそういうとレグルスは、不意に真顔になった
「…オレ、何でお前のことを好きになったのか…分かる気がする」

 面と向かってそう言われると、その気はなくても少し照れる
 でも、そういうレグルスも親を亡くして大変な生活を送っているのは見て取れた

「大変なのはお互い様だよ。…そういえばレグルスは何歳なの? 外見は俺とあまり変わらないみたいだけど」

 魔族は外見で年齢を判断してはいけない
 種族によって寿命も違えば成長スピードも異なるからだ
 ましてや一般魔族は様々な種族の血が混ざって出来ていることが多い
 自分の基準で判断をしてしまえば相手に対して失礼な印象を与えてしまうこともよくあることだった


「オレか? …オレは19歳だ」

 ……………。

 …19歳…19歳って………


「俺より二つも年下じゃないかっ!!」


「え!? 何、レンって21歳だったのか!? 嘘だろ!?」

「そんな事で嘘なんてつかないよ!! …レグルスは俺のこと何歳だと思ってたわけ!?」

「えっと…14、15歳くらいかな…」

「思いっきり子供じゃん!!」

「いや、だから随分渋い子供だと思って…」


「14歳で一人温泉旅行って、どんな子供だよ!!
 14歳でバーゲンセールについて語る子供って何なんだよ!?
  嫌だよ、そんな渋い生き様の子供なんかッ!!!!」


「いや、そんなに力説しなくてもいいじゃねぇか」

「だって、何で俺が5歳以上もガキに見えるんだよ!!」
「………レンがオレより年上だなんて信じられねぇな……… 見てる限りでは
「しっ…失礼なっ…!! 子供のくせにっ!!」

「はっはっは!! まぁ、オレとお前の仲だし、この際多少の年齢差は不問にしようぜ?」

「何が『オレとお前の仲』だよ、無理矢理ついて来たくせに!!」

「迷惑だったかもしれねぇけどよ、結果的には役に立っただろ?」

「そんな事知らない!! 忘れたよもう!!」

「そっか? まぁ…どうだっていいけどよ。でもお前さ…」

「煩いなあ!! 俺はもう寝るんだから黙ってて!!」


 八つ当たりだとわかってても図星を指されて腹が立った自分を抑えられない
 こんな事でフテ寝をする時点で自分の幼稚さを実感させられる
 益々子供だと思われると頭では理解していても拗ねた体は言う事を聞かなかった
 憤る自分を見つめるレグルスの瞳が涼しげで大人びていて…それが怒りに拍車をかけた


 見かけによらず素直な性格のレグルスは律儀に押し黙り、窓を閉めてランプを消すと俺に毛布をかけて部屋から出 て行った



 気がつくと、既に夜は明けていた


 隣のベッドにレグルスの姿はなくて、俺は急に不安になった
 もう、次の町へと旅立ってしまったのだろうか
 慌てて外に飛び出すと、火山に向かって深々と礼をする炎の民の姿がちらほらと目に入る

「まぁレン様…お目覚めですか? 今すぐに朝餉をお持ちいたしますわ」
 すっかり顔なじみになった炎の巫女の少女――名前は確か、ホムラという――も、火山に祈りを捧げていた


「ホムラちゃん、レグルスは!?」
 申し出は嬉しかったが、今はとてもじゃないけど食事なんて食べてられない

「ええと、レグルス様でしたら、先程からあちらの部屋で――…」

「あの部屋だね!? ありがとう!!」

 俺は一目散に奥の部屋へと駆け出した
 朝から喧しいと思ったけれど、後で謝れば良いと開き直っていた



 俺は勢い良く引き戸を開けた
 とにかく一言、昨日のことを謝ってしまおうと思っていた



「レグルス昨日は……って、 うわわわわっ!?


 謝罪どころか、俺の口をついて出たのは何とも間抜けな声だった


 扉の中には確かにレグルスがいた―――思い切り全裸 という姿で……

「……れ、れ、レグルスっ……!?」

「お、どうしたんだ?」

  いや、あんたこそどうしたんだよ


「ちょっ…何やってんだよ!!」

「…何って…」


 レグルスの視線がドアのプレートに向けられた
 俺もつられて、それを見ると…


 そこには
 大きく
浴場

「……お風呂……」

「いい湯だったぜ? レンも入ったら…って、そういやお前は温泉ダメだったな…残念」


 俺は…
 俺は、一体何を想像して……
 ちょっと自己嫌悪に陥ってみたりした俺であった…

「さてとっ…湯冷めしねぇうちに服着るかなっ」

「…あ…うん…どうぞ…」


 現状を理解して、ようやく冷静に周囲を見ることが出来てきた
 浴場には他に人はなく貸し切り状態だった
 そうなると、どうしても視線はレグルスのほうに向かいがちだ
 失礼とは思ったが当の本人は特に気にした風もなかったので(さすがに腰にタオルは巻いたが)そのままレグルス観 察に勤しむ事にした

 鉄のトゲのついた服装をしている時は大人びて不良っぽい印象があったが、服を脱げば何処にでもいる歳相応の少 年に見えた
 いや、長い髪を下ろしているその姿は、もしかしたら実年齢よりも幼く見えるかもしれない
 どちらにしろレグルスがいかに服装で自身を武装してきたかが良く分かった瞬間だった



「…それにしても何か、随分印象が違って見えるものなんだねぇ…」

「そうか? …レンも脱いだら別人に見えるかもな」

「いくらなんでも、レグルスほどじゃないと思うよ…」

「はははは!! まあ、オレは意図的にガラ悪くしてるからな〜…」

 手際よく着替え終えたレグルスはいつの間にか風呂上りの牛乳を堪能していた
 湯上りの白いのどが嚥下する様が何となく良い

 でも
  頼むから腰に手を当てて飲むのはやめて…

「ぷは〜…」
「…いい飲みっぷりだね…年齢を疑うよ

 もしかしたら、サバを読んでいるんじゃないかと本気で思う
 でもその割には結構子供じみた言動もちらほらと垣間見えて…
 レグルスには年齢不詳、という言葉がしっくりくるような気がする


「さて、と…部屋に戻るかな。朝飯食ったら出発しなきゃなんねぇし」

「あれ? レグルスどっか行くの?」

「オレは気ままに世界中を旅して生きる男だからな。そろそろ他の大陸に渡ろうかと思ってんだ」

「…そっかぁ……俺も家に帰らなきゃ………」

 旅に出て以来あまりにも毎日が慌しくすぎていたせいで、ホームシックにかかる余裕すらなかった
 それでも、『帰る』という言葉を口に出した途端に家族が恋しくなる
 二人の義兄は今頃どうしているだろうか…

 セーロスは無事だろうか…

 朝食に舌鼓を打ちながら、俺はセーロスの生存を願った
 ユリィに虐められてなきゃいいけど……
 まぁ、あれはあれなりに愛情表現の一種なのかもしれないけど

 その後、俺たちは各々の今後について話し合った
 レグルスは次の移動先を俺の住んでいる大陸へ決めた
 これなら長い船旅の帰路も、退屈に過ごす事もないだろう

 隣町の港から船に乗れば二日ほどで家に帰れる
 折角だから家族にレグルスを紹介しよう
 街の観光名所を案内してやるのもいいかもしれない
 何だったら宿代わりに家に泊まってくれても構わないし…

 レグルスにそう伝えると、彼は快く申し出を受けてくれた
 そうとなれば早速出発することにする
 早く船に乗ればそれだけ早く家にも帰れるのだ

 俺たちは最後に世話になったホムラたちに一言礼と挨拶をしてから行くことにした


 ホムラは俺たちが来るのを予測していたらしい
 彼女は出口で静かに微笑んでいた

「ホムラちゃん、色々とお世話になりました。どうもありがとう」

「そんな…お礼を申し上げなければならないのは私たち炎の民のほうですわ。お二方が来て下さらなかったら今ごろ私 たちは邪神の手によって滅ぼされていたかもしれませんもの……本当に助かりましたわ、ありがとうございます」

 ホムラは――礼を言うときの礼儀なのだろうか――冠を外すと袂にそれを忍ばせて綻ぶ笑顔を見せてくれた
 彼女はまだ幼い少女だが、あともう4、5年もすれば絶世の美女になるだろう
 見る者をそう思わせるような微笑だった


「あら、いけませんわね私ったら…お二方を足止めしてしまって…。どうぞ、お気をつけて下さいましね」

「うん、ありがとうホムラちゃん。…俺、いつかまたここに遊びに来るよ」

「ええ…お待ちしておりますわ」

「その時は俺、今よりもっと強くて格好良くなってみせるよ」

「私はこの町を手に入れて見せますわ」

「……………。」

 今、何て言った?


 レグルスが俺の肩をポンとたたく
 ―――深く追求しないほうが身の為だ、と目が言っていた


「次に会う時が楽しみですわね」

「………そ、そうだね…………」


 俺は背に寒いものを感じたまま炎の民の神殿を後にしたのだった
 ―――…ホムラちゃんって…意外と野心家だったのね………

 本当に、人は見かけによらないものだ、そう思った俺であった



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