距離的に半分の位置に達したらしい
 レンはここで休憩にしようと言ってきた
 昼も夜もわからない暗い森の中では時間経過すらわからなくなってくる
 今が何時なのか確かめる気にもならなかったレグルスはレンの提案に従った

「それにしてもさっきは驚いたなぁ〜…」

 レンはあくまでも山火事だと思い込んでいるらしい
 のんびりと回想にふけりながら適当に腰を落ち着けた
 あまりの気楽さに一言何か言ってやりたくなる
 しかし、このマイペースさのおかげで命を救われたのもまた事実だ


 間近で血塗れの亡骸を見て
 自分もそうなると覚悟した
 強大な力を持った敵を前に
 己のあまりの無力さを嘆いた
 気が狂いそうな程に怖かった
 震えた指はナックルを通すことすら難しかった
 それでも躊躇いは無かった
 その昔、母親が自分をそうしたように
 自分も愛する者の盾となって戦いたかった
 たとえ命を落とすことになっても…


 しかし…

「現実と理想って…何でこんなに違うんだろうな…」


 自分は格好良いナイトを気取ってみた筈なのに
 実際は一撃も攻撃を与えることが出来なかった
 護るどころか返り討ちにあうところだった

 そして何より
 …砂かけ大会になるなんて…っ!!



<↑回想>


 あまりの馬鹿馬鹿しさに腹が立つ
 そんなことで腹が立っている自分に悲しくなる

「…レグルス…顔が険しいけど、どうしたの…?」

 気がつくとレンに顔を覗き込まれていた
 心配そう、というよりは物珍しそうに見られているのが切ない
 どうやらオレの百面相が楽しいらしい

「次はビックリした顔してみてよ」
「…………。」
 ああ…それでも可愛いよ、レン…
 オレはリクエストどおり驚きの顔を作ってやりながら心で涙した
 ぽっちゃりとして抱き心地の良さそうなその身体をこの腕に抱けるようになるのはいつの日の事だろう…
 いや、そんな日は生来ないような気が
 自分で突っ込み入れて、また悲しくなってみたり…

「そういえば、レグルスって武器なんか隠し持ってたんだね」

「あ? ああ、あくまでも飾りのつもりで買ったんだけどな」

「そっかぁ…俺もいざという時のために何か武器を用意しておこうかな」

 レグルスにはレンが武器をもっている姿はどうも想像できない
 彼には無粋な凶器なんかよりも可憐な花の方がずっと似合う筈だ
 もっと強くなろう
 レンが武器なんか持たなくてもいいように
 オレがレンの剣となって護り抜いていきたい……
 ああ…純粋で可憐なオレのレン…←酔ってる

「旅に出るときにさ…セーロスから餞別にでっかい斧を二本も貰ったんだ…
 今思えば…あの斧は、売り飛ばさないで両手に一本ずつ装備したほうが良かったかもしれないね」

「………」

 レグルスの脳裏に巨大な斧を両手に持って振り回すレンの姿が浮かんだ
 …ああ…純粋で可憐なイメージが音を立てて崩れてゆく…
 いや、そんなことではいけない!!
 誰が何と言おうとレンは純粋で可憐で可愛いんだ!!

「そういや斧って見た目よりも重いんだよ。前に農村で芋掘りに使ったクワよりも重かった」

 …イモ掘り……

 かっ…可憐…なんだっ!!
 …レンは…イモ掘ってても純粋で可憐……っ!!


「あの時は一ヶ月くらい風呂にも入れなくてさ〜…全身から腐った臭いがするんだよ」
「……………。」

 レン、お前オレに何か恨みでもあるのか…
 それともオレの愛を試しているのか…?
 ふっ…でもそんな事じゃオレのこの溢れる想いは止められないぜ


「…レン…愛してる…」

 ふわふわの髪の毛を優しく撫ぜてその瞳を覗き込めば、大きなエメラルドの瞳が潤んでいた


「眠い…」
 続いて大きな欠伸を一発
「………」

 …いいんだ、別に…
 実る恋だとは最初っから思っていねぇよ…ふ…
 レンが自分に寄りかかって寝息を立てているこの現実だけで十分幸せさ…
 そっと肩を抱いて目を閉じると幸せな温もりを感じる
 天使の寝顔に見とれつつ、その肩を優しく撫ぜた時、ふと気付いた
  肩幅、オレより広いかも知れない…
 少しショックかも…
 …いや、でもレンは結構ぽっちゃりした体型だから肩幅が広いのもそのせいかも知れない…
 うん、そうだ…そういう事にしておこう!!
 …でも身長もレンの方が微妙に高いような…
 …………。

 …く、靴底の厚さの違いだ!!
 オレの靴底が極端に薄くてレンの靴底が極端に厚いんだ!!
 うん、そうだ…絶対にそう!!
 2、3cmくらいの身長差なんて靴でどうにでも出来るよな!!
 ははは…レンの奴、見栄張って厚底の靴履いてるんだな〜可愛い奴め♪

  …あえて確認はしないけどよ

 誰も見ていないというのに、さり気無く足元から視線をそらすオレ…
 何となく自分が悲しくなってくる行為だ
 風が俺たちの間をすり抜けてゆく

 ちょっと夜風が身にしみる夜だった


「…レグルス、どうしたの…?」

 レンは落ち着かなかった
 出発して以来、何故かレグルスが自分とちらちらと盗み見ている
 そして、時折思い出したかのように溜息をつくのだ
 言いたい事があるなら直接はっきりと言ってくれれば良いのに…


「…俺の顔になんかついてる?」

「いや、別に…」

「…ヒゲ剃ってないから変?」

「別に目立たねぇよ」


「…寝癖が酷いとか…?」

「普段から爆発したような髪型だろうが」


「…俺があまりにも男らしくて格好良いから見とれてた?」

「お前、男らしい≠チて言葉の意味わかってて言ってんのか?」
 うわ失礼っ!!
「俺…一応、身長は170cm近くあるんだけど…」

「…ひ、170cm!? 嘘だろ!?」

「ふふふふ…驚いた?」


 自慢じゃないけど学校でもそれなりにモテるのだ
 今まで何度、愛の告白をされたことだろう…
 しかし、レン自身がナルシストであることが災いして未だに恋人のポジションを得た者はいないが…

「こう見えても俺は経験豊富なんだぞ〜まぁ、困ったことがあったらお兄さんに相談しなさい♪ …なんてね」

「…………経験…豊富………」

 色々な意味でショックを受けたレグルスであった…


 森を抜けた頃には既に日は傾き始めて空は茜色に染まっていた
 閑静な居住区が立ち並ぶ小さな町だが、森の香りと潮の香りが溶け込んだ風の吹く、なかなか風情のある場所だっ

「イセンカは、どっちかというと漁業よりは商業の方が発展してるかな…」

「まぁ他の町が全部漁業だからなぁ…別にこの町が漁なんかしなくても事足りるってわけか」

「うん、ラト山脈で採れる木の実や薬草を加工して他の町に出荷してるんだ」


 言われてみれば町を行き交う人々は皆、商人風の姿をしていた
 中には大量に果物や薬草を積んでいる者もいる
 露店には先程山から採って来たばかりと思われる果実や木の実が並んでいた
 夕食の買い物をする人々と、品物を売る商人たちの和やかな会話が町全体を包んでいる


「…平和で、のんびりして、穏やかで…いい所だな……」


 レグルスは知らない
 ダナン家によって度々町が恐慌状態に陥っていることを
 レグルスは知らない
 これから連れて行かれる、その場所こそが

 この平穏なイセンカの町で
 最も平和からかけ離れた所だという事を



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