シャツで隠れていて普段は良く見えないけれど
 実は俺のベルトには人形が住んでいる
 要が作ってくれたフェルト製のマスコット人形だ

 彼の名前はカーマイン≠ニいう
 要が描いていた同人誌のオリジナルキャラらしい
 このキャラのモデルとなっているのは――――他でもない、この俺だ

 ちなみに着せ替え人形仕様
 着替えの服も付属品として渡されている
 しかし自分をモデルとして作られた人形に学ラン白衣を着せる勇気は無かった
 そのため、カーマインはプレゼントされた時から変わらない姿だ

「でもこのGジャン、地味に凝って作ってあるんだよな」

 背中にカーマイン≠ニ、ちゃんと名前がプリントされているのだ
 貰った当初は複雑な心境だったが今ではかなり愛着もわいている
 そういうわけで今日も俺の分身はボールチェーンでぶら下がっていたりする

 でも見られると恥ずかしいから裾の長いシャツで隠しているけれど…









「…なぁカーマイン、お前はどう思う?」


 俺はマスコット人形に語りかける
 視線の先には焚き火の炎

 そして

 一部炭化しつつも焼けたウシガエル
 俺は焼きガエルを前に冷静さを失い始めていた


「あはは…本当に焼いちゃったよ…」

 空腹って恐ろしい…
 俺は自分で自分が信じられなかった
 確かに釣りたての魚を炭火で焼いて食べた経験はある

 しかし――――カエルってどうよ?
 これは文明人として許されるのだろうか
 一体俺は、何を血迷っているのだろう……


「イメージ的には鶏のササミって感じなんだけれど…爬虫類だしなぁ」

 焼いたからには食べなければウシガエルも成仏できないだろう
 それに他に食料は無いわけだし……

「…虫類よりマシ…ってことで」

 両手で焼きガエルを掴んだまま、延々と言い訳を繰り返す俺
 もしかしたら自己暗示なのかもしれない

 だって空腹に負けてウシガエルを獲って食った男というレッテルをはられる事になるし……
 ――って、別に俺が誰にも言わなきゃ、このままキャンプ場の闇と共に消えていくんだから別に良いか


「よ…よぉし…!! 食ってやろうじゃないか!!」

 イモリの黒焼きは惚れ薬の材料になるらしい
 じゃあカエルの黒焼きは一体何の効力があるのだろう

 意を決してカエルを口に含む
 調味料など無いが、そのため素材本来の味が楽しめる―――決して楽しくは無いが
 悩んでいても仕方が無い、ここは漢らしく頭から丸齧りだ



 かぷ




 …………………。










「半生だった―― ―っ!!!」







 外側はカリカリの炭
 しかし――――中は思いっ切りでした……

 口全体に広がる炭の味
 泥のようなドブのような独特の風味

 いや、それよりも食感が…食感がぁぁ………


 どう説明すればこの切なさを共感してもらえるのだろう
 妙に弾力のある生肉が口の中でいつまでもクチャクチャと踊っている感触を……
 調味料はカエルの生暖かい血のソース

 そして、きっと口の中に転がる球状のものは…目玉でしょう…――――ッ!!!











「う…うぐげェжгдбШёБ……っ!!!」



 うめき声が途中でわけのわからないものに変化する
 このまま飲み込むのと吐き出すのとでは、どっちが楽なのだろう

 さて、ここで究極の選択です

 この半生カエルを己の胃で消化するか
 それとも口から血みどろの塊を吐き出し、その物体を目の当たりにするか……

 飲み込むのは辛い
 しかし口に入ってるものを改めて見るのはもっと辛いっ!!

 俺は地面をバシバシ叩いて気を逸らしながら決死の思いで生ガエルを飲み込んだ
 鼻にぬける泥と血の臭いに、目頭が熱くなる


「…しっ…死ぬ……」

 一行に止む気配の無い吐き気に俺は、ついに地面に転がった
 …絶対腹壊す…下手したら食中毒になるかも知れない

「……もしかすると…俺…バカじゃないか……?」

 もしかしなくてもバカである
 誰もが認める大馬鹿者である

「うう…気持ち悪い…」

 吐き気を我慢しすぎて涙が出てきた
 ああ……目の前が白くなって良く見えないよ……
 それに気のせいか、手足が痺れて感覚がなくなってきた様な感じが――――って……


 これって、ちょっとヤバくないか!?

 ……もしかして…いや、もしかしなくても―――毒ガエルだった!?
 このカエルさん、実は毒持ちさんだったのね……

 あぁ…大学生、山中で毒ガエルを食べて死亡、とか新聞の一面に載ったらどうしよう……


「―――って、んな事言ってる場合じゃないっ!!」


 ……死ぬ

 このままだと全身に毒が回って死ぬっ!!
 ロクな死に方しないだろうと思ってはいたが、幾ら何でもこんな死に方あんまりだっ!!










「ぎゃー!! 手足の感触が無いのに、カタカタ震えてるーっ!!」

 物凄く不気味だ
 視界が白っぽく見えるのも気になる
 内臓が痙攣しているのも恐ろしい……


「の…飲み込まないで吐き出せばよかった……」

 そういう問題じゃない
 それ以前に、カエルを食おうと思ったこと自体が間違いだったことに気付け

「いっ…いくら俺が二枚目じゃないからって…こんなカッコ悪い死に様をさらす事になるなんて……」

 顔ではなく脳の構造に問題があることに彼が気付くのはいつの事だろう


「ああ…要…俺は毒を盛られて死ぬんだ…ふふふ…今君の側に逝くよ…」

 盛られたのではなく自分で獲って焼いて食ったことを失念しているあたり、脳まで毒が回ったらしい
 恋人としてもこんな状態で来られても困るだろう
 ―――というより毒ガエル食って死んだアホの頂点に達した男を天国の恋人はどんな思いで見ていることだろう……


 視界がグルグルまわる
 自転の中心になったような気分だ

「ははは…世界が俺を中心に回ってるよ…あぁ…口から泡が出て…ははは…」

 口から泡を吹きつつ笑うその姿は墓場から目覚めたゾンビ
 今更ながらに己の馬鹿さ加減に気付き――――もう笑うしかない

 夏の終わり頃、山奥のキャンプ場で
 バカがひとり、虚ろに笑いながら意識を失った




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