どの位歩いただろう……
 周囲は陽炎で霞んで方向感覚が失われていた
 視界はマグマの色に染まり、あらゆる物が朱色に染まって見えた


「レン大丈夫か?
 ほら、もう少し、あの火口にこの羊を投げ込めば帰れる
 帰りは背負ってやるから、あとちょっとだけふんばれよ……」


 もう、生贄の祭壇は見えていた

 あと少し……それはわかっている
 ……だけど……


「……お願い、少しだけ休ませて……」


 足が限界だった
 全身を巡る水の力が強力な炎によって蒸発してゆく感覚が辛い
 厚手のマントで全身を包んでいても気休めにしかならなかった


「サウナに武者修行しに来てると思えば気休めにならねぇかな?」


  サウナで修行した武者なんて嫌だよ…


「めぇめぇ…」
 羊が鳴いていた

「…どうしたの羊…君も熱いの?」

「めぇめぇ…根性出せや…めぇめぇ…」

「…………」

「ほら、羊もこう言ってるじゃねぇかよ…もうちょっと頑張れ」

 知らなかったよ
 最近の羊って喋るんだね
 沸騰した脳ミソは俺に正常な判断力を欠如させていた…


 生贄の祭壇は花崗岩で出来た豪華なものだった
 炎の灯りを反射させてキラキラと光っている


「ここで、魔女に生贄の羊を捧げるんだね…」

 レグルスは『スタァンッ!!』と小気味よい音を立てて羊を祭壇に置いた



あいよっ! 邪神さん、羊一丁毎度ありっ!!

  ラーメン屋の出前かい

「はいどうも、ご苦労さん」


 どこからとも無く聞こえた声とともに羊は火山火口の中へ吸い込まれていった
 つーか、何か労われた?

「今度の羊もよく肥えていて美味しそうだこと」

 にょ、と火口で煮えたぎるマグマの中から一人の女性が顔を出した




うわぁッ


 流石にこれは沸騰した脳でも驚いた
 目の前には炎に包まれた羊を抱えた女性が佇んでいた

「あらら、驚きました?」

「こいつはちょっと大袈裟なんだ。邪神さん、気にしないでくれよ」

「あらら。二人で来たの?珍しいこともあるものね」

「こいつ、危なっかしいからさ〜…」



 ねぇレグルス…



  何で邪神と普通に世間話出来るの?

「…レグルス…普通さ…『何者だ!?』とか『お前が邪神なのか!?』とか、そういう展開にならない?」

「そんな展開、お約束過ぎて今更誰も喜ばねぇよ。この小説なんて意外性あっての面白さだろ?」

 平凡でもマンネリでもいいから俺は普通に生きてゆきたい…
 …つーか小説って一体何のことだろう…


「…じゃあ、さっさとこの目玉を外して帰らせて下さい…」

「せっかく来たんだから、ここはお約束として私にまつわる昔話でも聞いていきなさいよ〜」

 今、お約束はつまんないって言ってなかった?

「もう、千年以上も前のことかしら…」

 既に語り始めてるし


「そんなに昔のことなんだ〜」


 こいつもタメ口で相槌打ってるし…
 俺が火山で火の属性ダメージ受けてフラフラだってこと、もう忘れてるよね…きっと…ふふふ…
 いいんだ、所詮レグルスの愛なんてこんなものさ…つーか、あんた登場時とキャラ変わりすぎだよ…俺もだけど…

「一生懸命に勉強して炎の魔法が使えるようになって、つい…はしゃいじゃったのよね。喜びのあまり、ファイアーボー ルを連発してたら…いつの間にか人間たちの集落を…えっと、30くらいかしら…消し炭に変えてしまったのよね〜あの 頃は私も若かったわ〜あはははは」
 そしてついた異名が 邪神というわけですかい
 ちなみに、いくら魔族といっても俺たち一般市民の魔族は炎を出したりなんかは到底出来ない
 そういう力を持っているのは魔族の中でも『魔女』や『悪魔』と呼ばれる上流階級の魔族だけなのだ


「そうしたらさ、人間を主食にしてたカーンとか言う魔女が『勿体無い!!』って怒ってさぁ〜
 罰としてこの火山の中に閉じ込
められちゃったのよね〜
 まぁ、住めば都でここの生活も気に入ってるから個人的には結果オーライなんだけどね〜…
あははは」
 それでいいのか邪神よ…
「食事は羊だけなのか?」

「ん〜基本的にはそうね。お腹は減るけど、私たちくらいの力を持つ魔族は絶食くらいじゃ死なないし〜…
 でもカーンの
奴もひどいのよ〜羊って聖なる力を持ってるじゃない…
 食べると一時的に力が弱まってさぁ〜せっかく火山から出られ
そうって時に限って食べさせられるんだもん…
 こりゃあ、いつまで経っても私を出す気はないのね〜って、しみじみ感じ
るわぁ〜あははは」

 あはは〜…って、それでいいのだろうか…

「カーンって魔女は相当強いんだな〜きっと凄い身分が高いんだろうぜ」

「…まぁ、そうなんだろうけどね…」

 魔女や悪魔は力が全てモノを言う
 強ければ強いほど身分が高く、権力も持っているという寸法だ
 生まれ育ちに関係なく魔界最強の力を持つ者が魔界の王、つまり魔王としてこの世界に君臨するのだ
 もっとも、王族は強いものたちの寄せ集めなので王の子孫も当然のように最強クラスの魔族なのだが…

「カーンは自分の事を女王の側近だと言ってたわよ〜王族の事についても詳しく知っていたし…
 まあ、この私を倒すくら
いだからそのくらいの身分を持ってるのは当然といえば当然かもしれないけれどね〜あははっ」

 現在、この魔界を支配しているのは『クレージュ・アイニオス』という女王だ
 噂によれば二人の息子がいるが王座を奪われないように呪いをかけて追放したとされている



「まぁ、今の私にとっちゃ関係ないことだわ〜あはははは…これでも昔は炎の魔女サラマンダとして有名だったんだけどね〜」

「あんたサラマンダていうんだな」

「ええ、今じゃすっかり人柄も丸くなったけど、昔は熱く生きてたものよ〜…でも、所詮は過去の栄光ね」


 邪神と呼ばれた魔女は少し寂しそうに微笑むと俺たちに別れを告げた
 額にあった目玉は、いつの間にか消えていた
 その頃には、俺は既に虫の息だった

「…レン、生きてっか?」

 おかげさまで瀕死ですが辛うじて生きてるよ…
 俺はレグルスの背中に背負われて出口へと運ばれた
 鉄のトゲが俺に何とも言えない緊張感を与えてくれる

 それでも背中から伝わる体温は心地良い
 そっと、俺はその背に頬を寄せた


「大丈夫だって、このまま攫ったりしねぇから…」

「…うん…ありがとう…」

「でも、本当は…ずっとこのままレンを背負って何処までも行きてぇんだ」

「……うん……」

「ずっと、あんな不気味な目玉に憑かれてたんだな…大変だったろ?
 でも今日からはオレがどんなモンスターだろうと魔族だろうと…必ず護ってやるから」


 俺は返事の代わりにレグルスの肩を強く抱きしめた

 俺に愛を囁いた男の背中は…羊臭かった
 どうもムード出ないな…まぁ、出ても困るんだけどさ

 苦笑を浮かべながら俺は意識を手放した




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