「カイザル・アイニオスに選ばれたのは話したとおりの5人…募集といっても彼自身が直接テレパシーのようなもので語 りかけてきてな
 条件的には魔王と接触のない一般市民の魔族の中から特に目立たないような戦士を選んでいたようだった
 …魔王クレージュ様に知られないように極秘に行われた任務だから、当然といえば当然なのだがな…
 カイザル・アイニオスは私たち5人に簡単な王族の家計図や側近たちの情報を説明してくれたのだが、その中の特に 要注意人物…
 女王の側近、カーンという魔女の話を聞く際に邪眼という存在も知る事になったのだ」

 カーンというと、あの火山に封じられていた邪神を封印した張本人…
 確かに邪神もカーンは魔王の側近だといっていた

「魔女カーンは自らがターゲットとして定めたものに対し、額に瞳の形をした刻印をするという話を聞いていてな…
 私自身も半信半疑だったのだが、実際にレンにその瞳が現れた時に全てが事実だと実感させられた
 記憶の彼方に忘れてしまっていた火山に封じられた魔女の話も…な…
 話によるとカーンは魔力に秀でた魔女だが戦闘能力は平均レベルで火山の魔女も倒すことが出来ず、封印という形 になったそうだ
 更にその封印自身も不完全なもので安定せず、定期的に生贄を捧げ火山の魔女の力を抑えなければならないという 話もきいていた」
「…って、そこまで知ってたなら何で最初に教えてくれなかったんだよ」
 中途半端な情報しか与えられなかったため、随分と遠回りしてしまった
 おかげでしなくても良いような苦労もさせられたような気もする

「最初にいきなり魔女の話をすればお前のことだ、怖気付いて私たちが同行せざるを得ない状況になるだろう
 しかし仮にも私は以前カイザルの元で働いていた身の上だ…どこで情報が漏れるかもわからん
 私と情報を共有していたユリィも同様だ…それ故にどうしてもレン一人で行ってもらう必要があったのだ…許せ」
「ふーん…でも、それなら何で最初から火山に行けって言ってくれなかったのさ」
 
「何分昔のことでな…思い出すまでに少々時間が必要だったのだ」

 要するに忘れてたって事だね
 …セーロス…
 その物忘れのせいで俺は
  津波に飲み込まれたり
  亀に行く手を遮られたり
  鯨とイカの死闘に巻き込まれたり
「セーロス…恨んでいいかな?」

「…レンもあと5、6年生きれば私の気持ちがわかるようになる」
 物忘れが始まる時期 ってことですかい?
「レン…、お前の無駄な苦労には同情するけどよ…」
  無駄な苦労って言うなぁ――!!
「レグルスにわかるもんか… 芋掘り中に背後から猪に襲われる気持ちなんて…」
「………おう、 本気でわからねぇ
 そんなに力いっぱい断言しなくても…
 しかも凄く真剣な目をして…
 …ちょっと淋しくなるじゃないか…

「まぁ、オレは猪どころかイモすら掘った事ねぇからお前の気持ちはわからねぇよ
 俺たちが知り合う前のことは正直、知りようもねぇってことは確かだ
 でもよ、これからはオレがしっかりお前を護ってやるから…猪だろうがモンスターだろうが絶対にな
 いざとなったらお前の身代わりになっても構わねぇよ…覚悟はいつだって出来てるからよ」
 …魔女や妖精から護り切る自身はちょっとないけどよ…
 前科があるせいでイマイチ格好がつかないのが切ない

「じゃあセーロスに裸エプロン姿でペアルックしてって誘われたら俺の代わりにやってくれる?」
「………………ちょっとリアルで怖ぇんだけど…………」

「レグルスの愛を試すにはちょうど良いかなって思って」
「…そんな愛情表現されて嬉しいか?」
「爆破したくなるかも」
「オレもだ」

 まぁ、好きな人は本当に好きなんだろうけど……
 俺はイマイチ萌え要素がわからない
 もしかしたら、その原因はセーロスにあるのかもしれない
「セーロスさんもよ、いくらユリィさんの趣味でも…もう少し何とかならねぇのか…?」
「無理じゃないかなぁ…」
「何でだよ」
「服もってないもん」
 一着も!?
「セーロスのタンスにはエプロンと戦闘用のフルアーマーしか入ってないよ」
 すげぇ組み合わせだな、おい
 なあ
 それよりもよ
 鎧ってタンスに入れるものなのか?

「セーロスも普段はアレだけど、鎧を着たら凄く格好良いんだよ」
「…あの人はエプロンさえやめりゃぁ何着ても格好良いんじゃねぇか…?」
「まぁね。ユリィもあの口調さえやめたら二枚目なのに…って思った時期もあったよ」
「あのドスの効いた声でおばちゃん口調は犯罪だよな」
「顔がクールだから尚更に迫力があるよね
「白魔導師ってことは医者みてぇなことやってんだろ? 患者、脅えて逃げ出さねぇか?
「訴えられたこともあったよ」
「病状が悪化しそうだもんな…」
「一部の患者には妙な人気があるらしいんだけどね…」
 人の趣味は実に多種多様だ
 何とも奥深いものである
「…それにしてもレンて兄貴のどっちにも似てねぇのな」
「うん、義理の兄だからね。血の繋がりはないんだよ」
「そっか…良かったな
「うん」
 レンは力いっぱい頷いた
「でも悪い人じゃないから嫌わないであげてね」
「おう、嫌ってはいねぇぜ? 何たってレンの大切な兄貴だからな」
「もしかしたら、レグルスの義兄ちゃんにもなるかもしれないよ」
「……………え?」
「………………。」

 レンは小さな溜め息を吐くと視線を床に落とした
 レグルスの頭は回転速度を急激に減速し始める
 言葉の意味をどう解釈してよいかわからない
 その態度が何を意味するのかもわからない
 単に、この家に置いてくれるという意味なのか

 ……それとも………?
 急に身体が強く抱きしめられる
 暖かい感触にレグルスは思わず目を閉じた
 微かに甘い香りが鼻腔を擽る

「レグルス…」
 レンの声がどこか遠くから聞こえる
 痛いほどに身体を締め付けられて心まで抱きしめられているようだった
「……レン……」
「レグルスっ!! しっかりしてよ!!」
 …………。

 ………あ?
 何故かレンの声は切羽詰って聞こえる
 オレは恐る恐る目を開けた
 そこには
 部屋中を這い回る謎の触手

ゃああああ ―――!!!!?」

 阿鼻叫喚地獄絵図
 全身は謎の触手にスマキにされていた
 皮膚は血行が止まって赤紫になり始めている
「なななん、なん、なんだこりゃ―――っ!?
 部屋中を埋め尽くす触手はソファやテーブルを持ち上げて振り回していた
 レンは迫り来る触手に勇敢にも回し蹴りを食らわせている
 …意外と武闘派だ
 状況も忘れて思わず見入っていると



「どぁぁああ―!!」

 ドアを蹴り破ってフルアーマー姿のセーロスが飛び込んできた
 手には巨大なグレートソード

 普段はふざけたエプロン姿の彼も流石は戦士
 見事な剣技で次々と触手を断ち切ってゆく
 レンが言っていた通り、セーロスの鎧姿は物凄く格好良かった

 でも
 …何故…?
 何故こんな事に!?
「せっ…セーロスさんっ!! いきなりモンスターがっ!!」

 セーロスはオレを締め上げている触手を一刀両断すると
「あれは鍋物だ!! 加熱したら凶暴化した!!

 セーロスはそう説明するとキッチンへ走って行った

 …………………。
 …………………なべもの……?
 鍋物!?
「……れ、レンっ……な、な、何で……な、鍋がっ………!?」
「落ち着いて。この家では良くあることなんだ」
「呪われてんのか!?」
「セーロスが料理するといつもこんな感じ だよ………ほら」
 レンが指をさした先には
 それを実証するかのように

 土鍋を抱えた鎧姿の男が立っていた

「…驚かせて、すまなかったな…普通は動きはすれど、襲い掛かってくることは滅多に無いのだが…」

 …セーロスさん……
 普通、鍋は動きま せん

「…どうやら中のダシ汁が意思を持って襲うようになったようだ…
 だが、具は無事だぞ。食べるか?
「絶対に遠慮します」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。悪の根源は絶たれたから
 悪の根源はセーロス自身じゃないのか… …?
「味付けは結構美味しいのよ〜レグルス君、騙されたと思って一口食べて御覧なさい?
 大丈夫よ、何かあっても白魔導師の私がちゃんと助けてあげるから安心して…ね?」
「安心できるか――!!」
「…好き嫌いは良く ないよ?」
 好きとか嫌いとかそういう次元の 問題ではない
「一度動かなくなったご飯は無害だから大丈夫だって…
 俺だってセーロスの作った物食べて成長したんだからさ」
 笑顔でレンは説得にかかる
「そうよ、元の食材の原型が残っているものは比較的安心して食べられるわ」
 安心できるような出来ないような微妙なフォローをしてくるユリィ
「確かに止めはさしたから大丈夫だ。私の剣の腕を信じろ」
 誇らし気に的外れな事を言う土鍋戦士

 信じられないのはお前の料理の腕だ
 しかし
 最終的に説き伏せられて
 鍋物の入った小鉢を押し付けられてしまった…
 ユリィの目や鼻から出しちゃダメよ?の一言と共に……

「……どうしても食わなきゃいけねぇか………?」
 いまいち踏ん切りがつかない
 するとレンが小鉢を取り上げた
「…レグルス、はい、あーんして?」
 子供のように澄んでキラキラした瞳で迫るのは確信犯だろう
 凄く嬉しそう…というより楽しそうだ
 …そんなにオレを虐めるのが楽しいのか…?

「あら〜良かったわねレグルス君、ラブラブ晩御飯ね〜
 そうやってると私とセーロスの若いころを思い出すわ〜」
「…だってさ。ほら、レグルス口あけて〜?
 それとも俺とラブラブするのは嫌なのかな〜?」
「ひ…卑怯だっ!! お前ら兄弟は、やり口が汚ねぇっ!!」
 
 本気で悩むレグルス

 心の底から遊んでいるレン
 そんな二人を微笑ましく黙認しているユリィ
 いつの間にかエプロンに着替えなおしているセーロス
 
 今晩のダナン家はいつもにも増して賑やかだ


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