ティルティロ旅行記





森の香りのする緑の風に
寂しさに似た物悲しさを感じて空を見上げる

少しずつ高くなり始めた晩夏の空は
子供の頃に見上げたあの日の空と同じ色で
あの日に見た空の色で


どんなところにいても
どんなに離れたところにいても

空はつながっているものなのだと

たとえもう逢えなくても
見上げている空は同じものなのだと


そう信じる事しかできなくて
慰めの言葉はもう届かないから

遠い空に向かって祈る
どうかあなたが幸せでありますように







 ガタン、ごり

 ゴトン、がちん☆




「あいてッ」



 舗装もろくにされていない砂利道の中、車体を大きく揺らしながらバスは進んでゆく


 振動で窓にガコガコ額を打ち付けて気分は啄木鳥
 せめてもの救いは乗車客は俺一人だけであることか

 一月ほど前になら旅行客で一杯だったであろう、
 山奥のキャンプ場もこんな時期に行く物好きは俺くらいのものらしい


 事実、キャンプ場に問い合わせたところ、
 宿泊客は俺一人であり売店どころか電気や水道も止まってしまっていると
のことだった


 そりゃないぜ……


 ああ、いいよもう
 別にそれでも構わないさ


  その代わり、まけろよ?




 それに、考えようによっては他のキャンプ客がいない方が好き勝手できるしな
 山一つ、貸し切り状態ってのもアツい
 持ち物は簡易テントと寝袋、食料と火を熾す道具だけだ


  他は邪魔だしこのご時世、必要なものは金出して買えばいいんだよ


 これで今日から三日の間、
 俺は山奥のキャンプ場で残り少ない夏休みを大自然の中でエンジョイできるぜ



 ガタン



 がきっ☆


  いて―んだよ、クソじじい!



 もうちょいマシな運転できねーのかよ


 ったく……もう昼じゃねーか……
 でもこんな運転じゃ食欲なんてわかねーっつーの……

 ……けっ……しゃーねーな……寝てるか……

 Gジャンを布団代わりに俺は後部座席に横になった
 派手にいびきをかきながら俺は夢の中へ落ちていった。







 あれは夏休みに入る前……



 ずい、と目の前に雑誌が差し出される。

 反射的に俺は


 身を引いた
 



「ちょっと、何で逃げるのよ!」



 俺の視線の先には、両手でその雑誌を大きく開いて座っている一人の女。
 彼女は俺の幼馴染というか……腐れ縁だ。


「いいでしょ、ここ。行きたいな〜……行きたいでしょ?行くよね!?




 強引過ぎる



 彼女は邪悪に微笑んでいる


  ―――行かなきゃシメる


 彼女は無言でそう言っている



 俺はこの表情にとても弱い。

  まさに蛇に睨まれた蛙といった感じで



 俺に拒否権は無い




「……雑誌、見せてみ……いや、ぜひ見させて下さい……


 身の保身のため義務的に雑誌を受け取ると、
 そこには一面に広がる自然の写真が載っていた。




 キャッチフレーズは


今年は森のキャンプ場で一夏の思い出♪
 〜美青年だらけのハーレムテントへようこそ



「……………は?」


 俺は思わず雑誌のタイトルを確認した




猛進☆同人女・俺たちの禁断の夏休み編





 あやし過ぎる



 何故こんな事に



 記事によると、とある有名な女性向耽美小説家が
 このキャンプ場をモデルに物凄いエロ小説を書いたらしい





 ……この作家名はそういえば彼女の愛読書で見たことがある……


「来週から夏休みでしょ? 何日か空けておいてよね」

 上機嫌で鼻歌を歌いながら『これで夏コミのネタはゲット!!』
 と拳を震わせている彼女を見てたら何か悲しくなってき



  今年の夏休みも彼女に振り回されるのか……



 そんな彼女の名前は『大滝 要』

  またの名を『オタッキー大滝』という




 そんな彼女はとりあえず俺の恋人ということになっている

 
 部屋でパソコンばかりして過ごしていた俺には
 それほどたくさんの友達もいなくて、正直言って要くらいしか遊ぶ相手
もいない

 退屈するよりは振り回されつつも彼女と付き合っていたほうがいい……ような気がしている
 俺とは対照的に明るくて行動派の彼女は
 俺に様々な体験を休む間もなく与え続けてくれる



  男しかいない映画館とか女装コンテスト会場とか同人誌即売会とか……



 連れて行かれる場所は多少の問題があっても、彼女と過ごす時間はとても楽しかった
 多少強引なところもあるが、何があろうと俺にとっては可愛い恋人なのだ
 暗い性格だった俺も、彼女と一緒にいるときだけは少しだけ明るい気持ちになれた




  彼女のハイテンションに巻き込まれ


 俺は心の中でいつまでもウジウジと悩み続けてしまう性格の持ち主だ
 悩みが悩みを生んで立ち直れなくなる事なんていつもの事だった
 でも、まるで悩みなんて無いであろう彼女を見ていると
 自分が悩んでいた理由も綺麗さっぱりどっかへぶっ飛ばされて
忘れてしまう事ができた

 つーか悩んでいる自分がバカらしくなるのだ



  目の前で『美青年の生足…』などとつぶやく彼女を見ていると



 かなりのインパクトがあるせいか、俺は暇さえあれば要の事を考えているようになった
 俺はこんな時、本当に彼女とは腐れ縁だということを実感する

 こんなに暗くて地味な俺が彼女のような、
 明るい恋人を手にいれることができたのは一種の奇跡だろうか





  それとも何かの呪い




 しかし、世の中何が起こるかわからないもので

 この時俺の目の前で豪快に笑っていた彼女が
 その数日後には故人になってるとは思いもよらなかった



  殺しても死ななそうな奴ほど早死にするものなのだろうか…


 彼女死因は不明だが、
 突然の高熱に犯されて昏睡状態に陥っていたらしい






 やっぱ、呪いか?





  まぁ、そんなこんなで俺はまた元の暗い生活に戻った


 いや、以前より酷くなったと思う

 人との接触を極力避けるようになって、誰とも必要最低限話をしなくなったし、
 友達からの電話もずっと無視をして親
とさえ滅多に顔をあわせない生活をした


 要するにヒッキーだ



 もう、どうでも良いと自棄になっていたのだろう
 学校も、もう行く気もないし食事もする気になれない
 自分で思っているよりも意外と彼女の事が好きだったらしい


 自分でも異常だと思えるほど彼女の死にショックを受けている自分自身にショックを受けた
 彼女の死後から一月ほど経ってしまったけれど、俺は葬式どころか線香一つあげていない

 きっと要は薄情な奴だと祟る準備でもしているだろう



 ようやく心の傷も癒え始めてきた今日この頃
 そういえば要がキャンプ行きたがっていたことを思い出した


  もしかしたら夢枕に立っていたのかもしれないが




 何となく後味が悪い
 連れて行ってやりたかったな、と思った

  でも彼女はもう骨になっている


 骨を連れてキャンプに行く勇気は俺には無い


 で、どうしたかというと
 彼女の写真を胸ポケットに入れて行くことにした


 ちなみに



 遺影ではない



 そして俺はバスに乗り込み現在に至る訳だ

 ガタン、ゴトン。


 頬に当たる日差しはかなり柔らかい。
 時計は既に午後三時過ぎを示している。
 窓の外の景色は緑一色に染まって
 微かに開いた窓からは青臭い草の香りがした。



 頭のコブが結構痛い


「お客さん、もうすぐ着きますよ〜生きてます?


 もしここで死んでたら死因は頭部打撲で撲殺死?


 凶器は窓ガラスかよ


お客さん、額が変色してますから冷やした方がいいですね


 他に言う事ないんかい


 バスの運転手は笑顔で見送ってくれた
 俺は、ちょっと悲しくなりながらバスを降りた


  水道止まってるのにどうやって冷やすのさ……


  俺は生暖かいペットボトルを握り締めて涙した


 いや、きっと川か何かあるさ、前向きに考えよう
 こんな所で負けてはいられないのだ


 だって

  キャンプはまだ始まってさえいないのだ



 ……前途、多難。




 今回は珍しくストーリーが暗めにござりまする
 …が、暗さをフォローする為にも天高く吹っ飛んだコメディを挿入するつもりにござる
 これからどう話が吹っ飛んでゆくのか、行く末を見守ってて下さりませ

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