朝起きて最初に見たものは見知った天井だった



 長年慣れ親しんだ自分の部屋の壁紙

 いつものベッドと毛布の匂い
 窓の向こうの変わらない景色

 自室のドアをくぐって馴染みの廊下を歩き、
 1階のダイニングキッチンへと向かう毎朝の習慣

 そして視界に飛び込んでくるのは、


 床を這い回るアメーバ―


「セーロス…今朝は何を作った…?」



 周囲は何故か赤紫の霧が妖しく立ち込めている
 キッチンではトレードマークのピンクの裸エプロン姿マッチョ男が、

 中華鍋を片手に懺悔していた


「レン、すまん…また生み出してしまっ

「……で、これは何?

チャーハンのつもりだ




  



「俺には紅生姜が乗った哀しいアメーバーにしか見えないよ…」


 いつも疑問に思ってることなんだけど、
 何で生命体になるんだろうね


「やはり、朝からチャーハンはヘビーだったということか……」

「それはそうかも知れないけど……」

 でも問題はもっと別の所にある



「こ、こっちの鍋は何かな…?」

 中が沸騰しているのだろうか
 フタがカタカタと音を立てている

 ―――が、鍋の底に火はついていなかった
 触れてみても鉄の冷たさが伝わってくるだけである


「…この鍋、一体何に反応してるの…?」

 まさかこの中でも新たな生命が誕生しているのだろうか

 恐る恐る、鍋に耳を押し当ててみる
 すると微かに声のようなものが聞こえてきた


 ―――…あ〜め〜ん……


「せっ…セーロスっ!!
 何故か鍋の中が祈りの場なってるよっ!?」

「あぁ、それはワカメスープだ」

 中で宗教活動が勃発しちゃってるんだけど
 果たしてそれをスープと表現しても良いものか


 怖いもの見たさで鍋のフタを開けてみる
 中では墨汁のような液体がボコボコと泡立っていた

 驚きの黒さ


「……ダークネス…」

 俺は鍋にフタをすると、視界に入らない場所まで遠ざけた




「…で、ユリィ兄ちゃんは?」

黒い蝶襲って来る夢を見たそうだ
 今頃は身を清める為に白装束姿で滝に打たれているだろう」



 何かやったのか


「まぁ、奴はその内帰ってくるだろう…それよりも、朝食にしよう」

 義兄の手には市販の菓子パンが二つ
 あるんなら最初から、そっちの方を寄越せよ…


「……そういえば、何も聞かないのだな……」


 何を?

 突っ込みたい事なら山のようにある


「この間は私自身も情報が少なすぎて曖昧な事しか言えなかったが、今度は確かだ」

「ふーん……で?

 どうせまた下らない事だろう



 セーロスは視線を遠くに向けながら、おもむろに呟く

「南の火山へを焼きに行って来い…」


 またそれかい


「……つーか、
何で火山!?

「火山へ向かうのはファンタジー世界のお約束だろう」

「お約束で俺の人生を決定させないでよ」


 っていうか、肉って何?

「…質問が山積みなんだけど」

「質問なんかする間でもないだろう?
 別に、火山に巣食うモンスターやドラゴンを退治して来いと言っているわけでも、
 クリスタルを集めろと言っているわけでもない…ただ肉を焼くだけだ、簡単だろう?」


 その肉の意味が最大の疑問なのだ
 しかも、展開的に考えると――…

 それってマグマで焼肉しろってことかい?
 だとするとかなり命がけのような気がするんだけど…

 そもそも、そこまで身体を張って肉を焼く意味がわからない



「さあ行け」

 行きたくねぇ


「しかも火山って…俺は火の属性持ってないんだよ?
 そんな所に行ったら一時間持たないでダウンしちゃうよ」

 むしろその逆、最悪の水属性だったりする。




 ―――余談だけど、ここでちょっと真面目に属性の話をしよう


 世界には四つの属性、「火」「水」「風」「土」があり、誰しもがどれかの属性を持っている

 の属性を持っていると火傷をしにくい体質だったり、火を熾すのがやたらと早かったりする
 水の属性を持っていると水中で長く息が続いたり泳ぐのが得意だったりする

 俺が海のド真ん中に放り出されても無事だったのはの属性のおかげだ
 このの属性のおかげで過去に何度も命拾いをした

 でも、属性には厄介なこともある
 の属性を持つと、とにかくとの相性が悪い

 そして相性の悪い属性の場所に行くと最悪の場合、体調に支障をきたす事があるのだ



「火山なんて、まさに火の属性の塊じゃないか
 俺、具合悪くして死ぬような気がするんだけど」

「誰か、火の属性の友人に同行してもらって助けてもらえばよいのでは?」

「…火属性の友達、いないんだけど…」

「なら旅先で作れ」


 マジっすか
 つーか、やっぱりまた行かされるの…?


「ねぇ、別に俺行かなくてもいいんじゃぁ……」

「何を言ってる、額の目を取ってもらうためにはそうしなければならないんだぞ」

「あ」


 また目の存在忘れてた



「そーだよ、俺、この無気味な目を何とかしたかったんじゃん!!
 やっぱり何か存在感薄いんだけど……」

「……とりあえず私達の知ってる情報は今話した限りだ
 信憑性はあまり無いが、その目を取る唯一の手段と信じて行って来い」

「俺は信憑性皆無だと思ってるんだけど」


 目を祓い落とす事と、焼肉をする事に一体何の関係があるというのだろう
 足が痺れた時には額にツバをつければ治る――…というのと同じくらい信用ならない



「もし行っても治らなかったら責任取ってよね?」

「月の小遣い、2倍にしてやる」

「3倍なら良いよ
 あ、食費は別に頂戴ね」


 金で懐柔

 普通に考えれば小遣い云々レベルで済ませる状況ではない
 この兄にして、この弟―――…と言った所である

 そして、とりあえず再び南に向かうレンであった


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