「つ、冷てぇ…!!」


 ひんやりとしたローション
 その冷たさに思わずレグルスは身を竦めた

「…大丈夫、すぐに身体が熱くなるからね」

 レンの指が挿ってくる
 ぬるぬるとした感触が堪え切れない違和感を生む

 軽く呻き声を上げるレグルスにレンは一瞬動きを止めた
 先程の行為で傷を付けてしまったのかも知れない

 そう思うと罪悪感から急に消極的になってくる


「…痛いなら日を改めるよ
 レグルスにも悪い事しちゃったし…止めようか」

「今更止めるって言われたって…
 オレはもう、お前に抱かれる気でいるんだぜ?
 そりゃぁ…さっきのは痛かったけどよ…もう誤解解けたしよ」

 むっとしたレグルスの表情

 膨れた頬から拗ねているようにも見える
 しかし自棄になっているようにも見えなくも無い


「…そんなに痛くねぇし、遠慮すんなよ」

 俺としてはそう言って貰えるのは嬉しいんだけど…
 でも、やっぱりどこか義理的な所があるんだよね

 レンはレグルスの微妙な心境をとらえていた



「無理して抱かれたって気持ち良くないよ?
 レグルス自身が俺の事欲しいって思ってくれないと」

「…ん…オレ、もう覚悟決めた…」

 覚悟、って言われてもねぇ…
 こんなに震えられちゃ何も出来ないんだけど

 さっき乱暴にしちゃったし、やっぱり恐怖心植えつけちゃったかな

 これってやっぱり俺のせいなんだよね
 抱かれる事だけじゃなくて、俺自身まで怖がられちゃったらもう立ち直れないよ…

 やっぱり今夜は止めにして、
 レグルスの心と身体のケアに徹した方が良いような気がする


「んー…まぁ、俺はレグルスの気持ちだけでも嬉しいよ
 俺に抱かれても良いって本当に思ってくれた時に――…」

「だから、本当に思ってるって言ってんだろうが!!
 オレさ…まだガキだし、お前に甘く見られんのはわかってっけどよ…
 でもよ、ガキなりに覚悟決めてお前の全てを受け入れようって思ってんだ」

「うん、それは俺もわかってるよ
 レグルスの気持ちが嬉しいのも本当
 でもね…焦っても良い事なんて無いからさ」

 今日は記念日
 嫌な思い出にしたくない


「焦ってなんかねぇよ!!
 それにガキ扱いされてるけどよ、もうすぐ成人だし…」

「うん、レグルスって年齢はまだ子供なんだけどね
 中身って言うか…精神的には俺よりもずっと年上だと思うんだ
 初めてレグルスと会った時だって、雰囲気的に『この人は年上だな』って思い込んじゃったし」

 華奢で小柄、背伸びした子供のような斜めに構えた口調
 それを差し置いてもレグルスから発せられる雰囲気は何処か落ち着いて見える

 いつまでたっても子供っぽさが抜け切らない自分と比べると悲しくなってくる


「…んな事いってもよ、それって最初の内だけじゃねぇか
 オレ、何ひとつレンに勝てる事なんかねぇしよ…年齢差の壁、いっつも感じてんだけど」

「それは買いかぶり過ぎ
 童顔だから若く見えるかも知れないけど、実態は歳だけとった子供だよ
 本当は今夜だって大人の余裕を見せ付けてレグルスをリードするつもりだったんだけどね
 現実は酷いものだよ…勘違いして頭に血が上った挙句、レグルスに酷い事しちゃったもん」

「オレさ…お前が怒った所、久しぶりに見たような気がすんだけど」

 …そうだったっけ…?
 結構喜怒哀楽激しいと思うんだけど

 あぁ、でも確かに初対面の時以来、あまり怒った事無かったかも…


「心配しなくても、これから嫌ってほど見る事になると思うよ
 俺ってレグルスの事に関しては嫉妬心剥き出しになりそうだし
 良かったねぇ…これって嫉妬されるほど強く愛されてるって事だよね」

「…嫉妬はともかく、怒られんのは…ちょっと嫌なんだけどよ…」

 複雑そうな表情を浮かべるレグルス
 お前って怒ると怖ぇしよ、という呟きが初対面時のトラウマを物語っている



「まぁ…短気で心の狭い男だと思われて嫌われたくないからね、自制心を鍛えるよ」

「別に、オレの事好きでやってる事なら文句言わねぇよ
 それから…お前の事、何があっても絶対嫌わねぇから要らねぇ心配すんじゃねぇ」

「…えっ…な、何か凄く情熱的な発言…」

「う、うるせぇ!!
 どうせこんな事言うガラじゃねぇよ!!
 でっ…でもよ、事実なんだから仕方ねぇだろうが!!
 行動とか性格とか全部ひっくるめたレンに惚れてるんだからよ、嫌いになる要素がねぇんだよ!!」

「そ、そう…」

 ここまで凄い剣幕で告られる事も珍しいよね
 こういう時、俺はどういう返答をすればいいのかな…


 迷っていると、レグルスの方から行動を起こしてきた

 躊躇いがちに傍によると、その唇を押し寄せてくる
 頬を摺り寄せて、『愛している』と囁いた

 これって…もしかしなくても誘ってるんだよね…?


「…えっと…本当に、良いの?」

「良いって言ってんだろ」

 少し拗ねた表情
 上目遣いで縋り付いてくる

 密着した身体から体温が伝わる
 俺の体温も否応無しに上昇した

 もう一度だけ、聞く
 これが最後


「………本当に、良いんだね?」

「もう、ローションで慣らされてるしよ
 ここで止められた方が辛ぇよ…なぁ、オレの事抱いてくれねぇの…?」

「…って、そんな目で見られると俺の方が歯止めがきかなくなるんだけど…」

 俺だって健康な成人男性なんだよ?
 好きな相手にそんな眼差し食らって、更にそんな事言われちゃったら――…


「…何するかわかんないよ?」

「お前といたら、いつも津波とか妙な事故に巻き込まれるし…
 今更何されたって大丈夫なんじゃねぇか…って思うんだけどよ」

 妙な事故…って、俺が意図的に起こしてるわけじゃないんだけどね…
 って言うか、そんな例え方されても微妙な感じ…

 俺に抱かれるのって、津波と同扱い?



「まぁ、良いけどね…
 じゃあ誕生日プレゼント、遠慮なく貰うよ」

「……うん…」

 自らベッドに横になるレグルス
 太ももから伝うローションがシーツに染みをつけた

「なあ…うつ伏せと仰向け、どっち?」

「えっと――…そうだね…」

 うつ伏せの方が体勢的にも楽だ
 レグルスにあまり負担を与えたくない

 でも、彼の顔をずっと見ていたかった


「…仰向けのままで良いよ」

 腰の下にクッションを差し込むとレグルスの足を開かせる
 触れた彼の肌は予想以上に熱かった

 よく見ると汗が滲んでいる

「さっき飲んだの、効いてきたみたいだね」

 満足そうな笑み
 それとは対称的にレグルスは苦々しく笑った

「…オレ、てっきり栄養剤とか精力剤とか…そっちの類だと思ってたんだけどよ」

 狂ったように脈打つ身体は痛いほどに疼く
 レグルスは次第に呼吸が荒くなるのを感じていた

 初めて感じる枯渇感
 堪らずにレンを求める


「…笑ってねぇで…
 は、早く…っ…抱けよ…!!」

「美味しいものは、ゆっくり味わって食べなきゃ勿体無いでしょ?
 レグルスって見かけによらず性急なんだね…って、薬のせいか」

 あはは、と無邪気に笑うレン
 それでもその視線は獲物を見据える獣のものだった

 レグルスの肢体に舌を這わせて言葉通り、ゆっくりと味わう

 細くて硬く骨ばった、ゴツゴツした身体
 少年から青年へと成長しようとしているその身は女性のものとはまるで違う

 レンは慣れない男の身体に戸惑っていた


 女性の身体は個体差はあるけれど全身が性感帯だ
 何処を愛撫しようと、ある一定の快楽は与える事が出来る

 でも、レグルスの場合はそう上手くは行かない
 まず彼の好きなポイントを探る所から始める必要があった

 首筋、鎖骨―――…
 指や舌で刺激を与え続ける

 しかし、思うような反応が返ってこない

 全く感じていないわけではないみたいだけれど…
 どうやら身を捩ったり声を上げるほどの刺激ではないらしい


 レグルス自身は焦らされていると思っているようだった
 恨みがましい視線を向けられてレンは内心汗をかく

 不幸中の幸いなのはレグルスが初めてだという事だろう
 もし彼が他の相手を知っていたら、ハッキリと『へたくそ』という烙印を押されていた筈だ

 比べられる相手がいない事にレンは心から感謝していた




「…えっと…じゃあ、今度はこっち…」

 レグルスの足を抱え上げると、膝裏に口付ける
 太ももを柔らかく揉み解しながら爪先に向かって舐め上げると――…

 …す、スネ毛が…スネ毛で舌が痛い…っ…!!

 硬い毛質が、まるでおろし金のようだ
 そしてザラザラした刺激が何とも言えない

 例えるなら食事中、誤って食べ物と一緒に髪の毛を口に入れてしまった時の不快感


「れ、レン…?」

 急に顰め面になるレンにレグルスが不審の眼差しを向ける

 さっきからお前は何をやっているんだ
 無言の視線がそう言っていた

 プレッシャーがずっしりと圧し掛かる


「…なぁ、レン…
 やっぱりオレなんか抱いてても…つまんねぇ?」

 ぎこちない愛撫を嫌々な態度だと受け取ったらしい
 レグルスは涙の浮いた瞳を手で拭いながら、悲しそうに顔を背けた

 重い空気を前にレンの方も泣きたくなってくる
 しかしここで『下手なだけだから安心して』とは流石に言えない

 レンにも一応、プライドというものがある

「い、いや、そんな事は無いんだよ
 ただ何て言うか…俺も男相手にするのは初めてで――…」

「…途中で気色悪くなってきた?」

「違うよ、そうじゃない!!
 レグルスの身体、白くて綺麗だし…
 こうやって触ってるだけで凄くドキドキしてるんだよ」

 ただ、問題なのは俺のテクニックで――…!!

 情けなさ無限大
 こんな事になるならユリィに教わっておくんだった

 レグルスでさえ自主トレーニングに励んでいたというのに


「…なら苛めてねぇで、ちゃんとオレの事…抱いてくれよ」

 いや、俺だって苛めたり焦らしたりする気は無いんだよ
 出来る事なら『もう駄目』ってくらい悶えさせてあげたいくらいなんだけど

 そうさせる為には、どこをどうすれば良いのか…
 まさかこんな初歩的な所で躓くなんて思ってもみなかった

 今から参考書を買いに行くわけにもいかないし
 本気でどうしたら良いんだろう―――…

 さり気なくレグルス自身に探り入れてみようかな
 一人でやるときは、いつも何処触ってるのかとか…何かの参考になるかも


 レンは何気なさを装って、笑顔でレグルスに訊ねてみる

「ね、ねぇ…レグルスはどこ触られるのが好き?」

「………えっ……」

 その瞬間、レグルスの頬に赤みが差した
 視線を泳がせる彼を前に、レン自身も落ち着かない

「…あ、あ、あのよぉ…?」

「う、うん…?」

「もしかして、レンって羞恥責めマニア?
 何となくサドっぽいとは思ってたけどよ…」

「はぁ!?」

 何で!?

 顎が外れる錯覚に陥る
 一体何処ですれ違ったのだろう


「えっと…どうしてそう思うのかな…?」

「だってよ…オレに恥ずかしい事、言わせてぇんだろ?
 エロい事言わされて恥ずかしがるオレの姿見て興奮すんの?」

「…………。」

 いや、そう訊ねられても困るんだけど…
 探り入れるつもりが、何でこんな事に――…

「オレ、そういうプレイは想定してなかったんだけどよ…
 でもお前が好きだって言うなら頑張って挑戦してみるぜ
 要するにオレからリードして行けば良いって事だよな…?」

「…………。」


 えーっと――…

 …………。

 ……………………。


 結果オーライ…ってやつだよね?
 これも俺の運が良いから…なのかな…?

 何はともあれ、とりあえずレグルスに『下手』扱いはされずに済みそうだ

 恥ずかしそうに身を捩るレグルスを見ながら、
 レンは心の中でガッツポーズを決めていた

 夜はまだまだ長い―――…