目覚めた時、外は既に茜色だった


「―――…っ!?」

 慌てて飛び起きる
 寝過ごしたというレベルの失態ではない

 夕べ眠れなかったツケが、まさかこんな形になるなんて
 カラスの鳴き声が切なく響く部屋の中で、レグルスは慌てて身支度を整えた



「―――…レン、レンっ!?」

 彼の部屋に呼びかけても返事はない
 ノックの音がむなしく響くだけだった

 レグルスは居た堪れなくなって、外に飛び出す
 夕陽が全てを染め上げていた

「ど…何処に行っちまったんだ…?」

 恋人の誕生日なのに何もしてやれなかった
 一番祝ってやらなければいけない自分が、まさか寝こけてるなんて

 流石のレンも呆れただろう
 いや、怒って自分を置いて先に旅立ってしまったのかも知れない


「…オレ、何て馬鹿なんだ…」

 嘆いていても仕方がない
 とにかくレンを探さなければ取り返しのつかない事になる

 レグルスは駆け出した
 レンの向かいそうな所と言えば…?

 想像を巡らせて、とりあえず郊外へ向かう
 郊外に安い店があるとレンが話していたのを思い出したのだ

 買い物上手のレンなら、きっとそこにいる筈だ―――…
 そう目星をつけて、祈る気持ちで郊外へ奔る


「…レン―――…!!」

「あ、レグルス?」

 意外なほど、あっさりとその姿は見つかった
 レグルスの予想通り、買い物袋を抱えている
 何が入っているのかはわからないが、大荷物だ

「レン、悪ぃ…!!」

「おはよう…じゃないか、おそよう
 良く寝てたから起こさなかったけど、大丈夫?」

 レンはいつもの笑顔だ
 少女のように可愛らしい笑顔は、いつもレグルスを癒してくれる
 けれど、今日はレグルスを不安に陥れるだけだった


「レン…怒ってねぇ?」

「ん〜…別に、そうでもないよ?
 今夜の為に色々支度出来たから結果的には良かったよ」

 レンが紙袋を振る
 そういえば何を買ったのだろう

 何を買ったのか訊ねても、『帰ってからのお楽しみ』という返事が返ってくるだけだった



 通されたレンの部屋は、既に準備万端状態だった
 テーブルの上にはレンの好きな魚料理と、レグルスの好きな卵料理が並んでいる

「レグルスって甘いもの、そんなに食べられなかったよね?
 甘さ控えめのチーズケーキにしたんだけど、これなら大丈夫かな〜…」

「…お前の誕生日なんだから、オレに合わせる必要はねぇんだけど」

「良いんだよ、どうせなら二人で楽しみたいもん」

 レンはそういって笑うと、そっとレグルスの頬に唇を落とす
 随分と積極的なレンにレグルスは嬉しさと恥かしさで顔が綻ぶのを感じた


「やっぱりレンは可愛いな…」

「レグルスだって、綺麗だよ」

 唇を軽く啄まれる
 そのまま何度も繰り返される口付けに気分が高揚してくる

 もしかしてこれは誘われているのだろうか…


「れ、レン…」

「…うん…ダメ?」

 甘えるように頬を擦り付けてくる
 長くて柔らかい髪からシャンプーの香りが漂った
 レグルスの胸が鼓動を早める

「優しくするよ」

 耳元で囁きながら腰に手を回してくるレン
 絶対計算している――…明らかに確信犯だ

 それがわかっていても逃げる術がない
 レグルスは思わず両手を強く握り締めた

 レンの事は好きだけれど、痛いのは絶対に嫌だ
 押し寄せてくる恐怖心に背筋が冷たくなる

 しかし自分自身をやると言ってしまった手前、今更逃げられない



「…怖い…?」

 レンの問いかけに、レグルスは素直に頷いた

 怖くて怖くて仕方が無い
 緊張と恐怖から膝が微かに震えるのを感じる
 こんな恐怖心を覚えるくらいなら、昨夜何もしなければよかった

「…やっぱり、痛ぇよな…」

「痛くないように気をつけるよ
 優しくするから怖がらないで」

 抱き締められた腕は柔らかくて暖かい

 …この腕が好きだ
 否、腕だけでなくレンの全てが好きなのだ


「…本当に、痛くしねぇ…?」

「うんと優しくしてあげるよ」

 大丈夫だろうか
 レンを疑う訳ではないが恐怖心は拭い去れない

 けれど――…


「…わかった…」

 レグルスはレンの首に手を回すと、その唇を深く味わった
 経験豊富なレンから見るとレグルスの行為は子供じみていて青臭いのだろう
 微かにレンが笑ったのを感じてレグルスは思わず顔を赤らめた

「その…オレさ、あんまし経験ねぇから…」

「大丈夫、全部教えてあげるよ
 凄いテクニシャンになっちゃうくらいにね」

 レンはレグルスをベッドに誘導すると、先程買い物をした紙袋を用意する
 色々と物が入っているらしく、中でカチャカチャとぶつかり合う音がした


「…なぁ、何買ったんだ…?」

「レグルスの為になるものだよ
 まずは―――…これを飲んで」

 手渡されたのはビンに入ったドリンク剤

 恐らく栄養剤か何かだろう
 成分が気になったが、あえて深く考えず一気に飲み干す
 苦いし後味が奇妙だったが変に甘ったるいよりは飲みやすい


「ほら、飲んだぞ」

「…うん、良い子だね
 即効性があるから、すぐに効いて来ると思うよ」

 レンの口調から、媚薬の類いを飲まされたのだと理解する

 どうせ初めての自分は何をやっても上手く行かない
 それならいっそ、薬の力を頼った方が賢明だと――…つまり、そういう事なのだろう

 レグルス自身も異論は無い
 薬で痛みが和らぐなら、それに越した事は無かった

「このローションは麻酔効果があるんだって
 これで慣らせば大丈夫――…あ、俺はゴム使うから大丈夫だよ」

「……そ、そう…か……」

 思わず顔が引きつる
 一体どんな顔して買って来たのだろう
 紙袋から次々取り出されるアイテムの数々にレグルスは苦笑を浮かべることしか出来なかった


「…えーっと、脱いでくれるかな?
 レグルスの服って凶器だから危ないよ」

 鉄のトゲが付いた服は確かに危険だ
 レグルスは素直に服に手を掛けると一枚ずつ脱ぎ始める

 気を遣ってくれたのだろう
 タイミング良く照明を落としてくれる

 少し考えた後―――…髪を結い上げていた輪も取り外した


「…案外あっさり脱いじゃったね
 もっと恥らう仕草を見せるかと思ったのに」

「もう腹括ったからな
 今更こんな事で泣き言なんか言ってられねぇよ」

 服を脱ぐ事くらい、大した事じゃない
 これからもっと辛い目に遭う事になるのだから

 やっぱり恥かしいし、凄く怖い
 レンの事を信用しないわけではないけれど―――…

「…ねぇ、そんな顔しないでよ
 何だか虐めてる気分になるよ」

「べ、別にそんなつもりじゃねぇよ…」

「緊張を解す為に、もう一本くらいいっとく?
 一度に多量に摂取すると意識が飛ぶ恐れがあります、って書いてるけど」

「………いらねぇよ
 オレは大丈夫だから、変に気を遣うんじゃねぇって…」

 あまり怖がっていても格好がつかない
 レグルスは意を決すると自らベッドの上に腰掛けた



「ほら、来いよ」

「……うん…そうだね……」

 レンの手が優しく身体を這い回る
 愛撫と言うよりは、落ち着かせる為の行為

 自分はこんなに緊張しているのに、レンは余裕綽々だ
 それが羨ましくもあり、嫉ましくもある

「経験豊富…なんだよな」

「でも、男を相手にするのは初めてなんだよ
 これでも一応、ちょっとだけ勉強してみたんだけどね…
 いくら知識で得てても、こればかりは実践に生かされるかどうかはわかんない」

 じゃあ、ある意味レンも初めてという事で
 しかも実践してみなければどうなるかわからないとの事で――…


「ふ、不安になってきた…」

「だっ…大丈夫だよ、きっと
 痛くないように優しくするから」

 レンはそう言うとローションの入ったビンを手に取る
 麻酔効果があるなら確かに痛みは誤魔化せるかも知れないが――…

「レグルス、脚開いて」

「………うぅ…」

 羞恥心だけは、どうにも誤魔化せない
 腰の下に枕を差し込まれただけで、泣きたくなって来た

 カーテンは閉められているし、照明も消されている
 それでも部屋の中はまだ微かに明るかった


「…は、恥かしい…んだけど」

「うん…大丈夫だよ
 すぐに羞恥心も感じなくなるから」

 それはそれで心配だ
 失態を曝す事だけはしたくない
 今でも充分情けない姿だが…

「…とりあえず指挿れて良いかな
 大丈夫だから…痛くないから、ね?」

「ん…指なら意外と余裕なんだ
 もっと太い奴の時は死ぬかと思ったけどよ…」

「……えっ……?」

 レンが眉を顰める
 動きを止めると、無言でレグルスの顔を覗き込んだ


「…ん…どうした…?」

「レグルスって経験あったんだ
 それなのに俺の事、あんなに拒んでたんだね
 もしかして――…俺ってレグルスに焦らされてた?」

 レンの表情から笑みが消える
 無表情の彼から黒いものを感じて、レグルスは背筋が冷たくなった

 確かに今の言い方では誤解を招く
 自分の失言に気付いたレグルスは慌てて取り繕う


「い、いや…そうじゃねぇ!!
 そういう意味じゃなくってだな…」

「初めてのふりして優しくしてもらおうと思ったの?
 俺ってレグルスに信用されて無いんだね――…」

「違うって言ってんだろ
 オレの言い方が悪かっ――――…ぐあぁ――っ!!」

 弁解の言葉は途中で悲鳴に変わる

 前触れも無く指を受け入れさせられた
 圧迫感と嫌な鈍痛に息が苦しくなる

 何の準備もされていない身体は全力でレンを拒んでいた



「…うん、思ったよりは柔らかいかな…」

 レンは感触を確かめながら遠慮無くレグルスの体内をかき回す
 無理矢理捻り込まれた二本の指は凶器となってその身体を傷付けた

「痛い――――っ!!」

 泣き叫びながら必死にレンの身体を押し退けようとする
 しかし全体重をかけられている不利な体制のせいで上手く力が入らない

 想像を絶する痛みを前にレグルスは今更ながらに気付く
 自分の指とレンの指では、そもそも太さが全然違うのだ

 細い自分の指は楽に受け入れられてもレンの太い指は痛みを伴った


「もっと広げないと俺のは入らないね
 やっぱり濡らさないと無理なのかな…」

 更に指を増やされる
 身体がギチギチと嫌な音を立てて軋んだ

「レン…っ…!!
 止めてくれ…痛い…!!」

「うん、痛いんだろうね
 可哀想に…こんなに涙流してる」

 舌先で涙を舐め取る
 慰めるように口付けの雨を降らせながら



「…くぁ…は…っ…ぁ…」

 レグルスが口を開く
 しかし荒いと息に掻き消されて上手く聞こえない

「ん…?
 何て言いたいの?」

 口元に耳を近づける
 レグルスは苦しそうに呻きながら、それでも言葉を発した


「…れ、レン…っ…は、
 オレの事、嫌い…?」

「馬鹿な事言わないでよ…
 愛してるに決まってるじゃないか」

「…ほ、本当…?」

 不安げに揺れる瞳

 暴力的な行為は愛情に疑問を抱かせた
 このままではレグルスの心が離れて行くかも知れない


「……ごめん」

 そっと指を引き抜く

 微かに呻くレグルスを抱き締めた
 細い肩が哀れなほどに震えてる

 血の気の引いた身体を温めるように、レンは両手で包み込んだ



「…レン…オレの言い方が悪かった…」

 擦れた声
 でも何処か濡れて艶を含んでいる

 その声がレンの身体を熱くさせた
 レグルス自身は気付いていないだろうが――…

「オレさ、レンに抱かれると思って…自主トレしてたんだ
 指とか…他にも挿れてみたりしてさ…でも、ダメだった
 自主トレしても何の役にも立ってねぇな…やっぱり痛ぇしよ」

 しかも、予想以上に痛かった
 これではレンに抱かれるなんて出来ない

「…レン…オレ、無理かも知れねぇ…
 抱かれようって覚悟決めて頑張ったんだけど…」


「―――…って、本気で…?」

「ん?」

「自主トレって…隣の部屋でしてたの?」

 こくん、と頷くレグルス
 レンは心の中で舌打ちする

 …見ておけばよかった…

 これはこれで萌える光景である
 いつか改めてやってもらおうと心に決めるレンであった


「じゃあ、俺の為に頑張ってくれたんだ
 それなのに痛い思いさせて…ごめんね?」

 頭を撫ぜるとサラサラと硬い髪が指から流れ落ちる
 レグルスからは温かい土の香りがした

「…ねえ、怒ってる?
 乱暴にしちゃったから…」

「そんな事ねぇよ
 オレだってレンに抱かれたいと思ってんだ
 ただ、痛いのが…どうしても耐えられなくて」

 怒りの色が見えないレグルスに一先ず安心するレン
 何とか嫌われずに済んだらしい

 しかし恐怖心はしっかりと植えつけられてしまったようだ
 それでも自分に抱かれたいと言ってくれるレグルスが愛おしくて堪らない


「…ねぇ、痛くなければ俺に抱かれてくれる?」

「痛くなく出来んの?」

「うん、大丈夫だよ
 さっきのは乱暴にしちゃったから…
 でも今度は優しくするし、傷付けないようにするよ」

 安心させるように、笑いかけてやる
 レグルスは少し迷う素振りを見せていた

 しかし意を決したのか無言のまま頷くとレンの体に腕を回す
 暫くそのままベッドの上で抱き合いながらレンはレグルスへの愛情を再認識していた