レグルスと旅に出るようになって、もうすぐ一年が経つ


 今ではすっかり打ち解け合ってきていて、互いの心も繋がっているのが良くわかる
 何も言わなくても、以心伝心とでも言うのだろうか―――レグルスの考えが何となく理解できるのだ

 最初は彼を怖いと思ったけれど、今は愛しさに変わっている
 そう、自分はレグルスの事を本気で好きになったのだ

 そうなった切っ掛けは断定できない
 毎日の小さな出来事の積み重ねで次第に想いが積もっていった
 そして気が付けば自然に彼を受け入れていたのだから

 もう彼の想いを拒む理由も無い
 モラルもプライドも邪魔なだけだ


 彼が欲しい―――それは偽れない自分の正直な感情
 レンは自らの想いを洗いざらい素直にレグルスに告げる

 その時のレグルスは恥かしそうに耳の端を赤くさせていた
 けれど真っ直ぐにレンを見つめてありがとう、絶対に幸せにしてやる≠ニ誓ってくれた

 彼の言葉に当然ながら異論などある筈も無く――…そして二人は真の恋人同士となったのだ



 しかし―――…その後、問題は起きた

 レンはレグルスが欲しかった
 けれど彼を抱きたいと告げた時、レグルスは明らかに驚愕の表情を浮かべたのだ

 気まずそうに泳ぐ視線
 微かに血の気が引いて見える顔

 その時、レンは悟った

 レグルスもまた、レンを抱くつもりでいたのだ
 そして彼は自分が抱かれる立場になるなど、想像もしていなかったのだ

 戸惑う彼の中には隠せない恐怖の色も見える
 心此処に在らずといった呆然とした表情のまま固まるレグルス
 数分後、彼はやっとの思いで時間をくれ≠ニ告げたがその表情は決して明るいものでは無かった


 互いに気まずいものを抱えたまま数日が過ぎる
 スキンシップの多いレンの行動に、必要以上に敏感に反応する様がレンに後悔の念を植え付けた

 何気なく触れた腕が、肩が、びくりと跳ね上がる
 戯れとして毎日のように触れていた身体が今は遠い
 恐怖の浮かんだ彼の瞳にレンは哀しくなった

 まさかレグルスに警戒されてしまう日が来るなんて…
 こんな事なら何も告げないまま過ごした方が良かったのかも知れない
 彼を傷つけたり怯えさせたりする気なんて更々無かったのに

 このまま彼との距離が開いて行くのは嫌だ
 今更彼と離れることなんて出来ない…!!


 レンは気配を殺しながらレグルスに近付く
 避けられている事はわかっているから、不意打ちという手段を取らざるを得ない
 心の中で何度も彼に謝りつつ、レンはレグルスを背後から抱き締めた


「――――…っ!?」

 驚きのあまり飛び上がるレグルス
 悲鳴を上げなかったのは彼にとってもレンにとっても幸いだった

「…な、何だ…脅かすんじゃねぇよ…っ
 オレはもう、寝るんだからよ…ほら、離しやがれ…っ」

 精一杯平静を装っているつもりのレグルス
 けれど、馬鹿正直な彼は嘘がとても下手だ
 彼の緊張した声と、そして何より震える細い肩が全てを物語っている


 腕の中から逃れようと必死に身を捩るレグルス
 それを許さないレンは力を込めて両腕の牢に彼を捕えた
 逃れられない事を知ると、レグルスの声に焦りの色が混じり始める

「…馬鹿、レン…っ…!!
 ふざけるのも、いい加減にしやがれ…っ!!」

「うん、ふざけてなんかいないから
 ちょっとだけお願い…このまま話を聞いて
 大丈夫だから安心してね、何もしないからさ…」

 耳元で囁く
 真摯な想いが伝わったのか、彼はぴたりと抵抗を止めた

 しかし、震えの止まらない彼の身体
 密着した背から伝わってくる激しい動悸
 それらの全てがレンを拒絶していた


「レグルス、ごめんね…怖がらせるつもりは無かったんだ
 ただ、本当に好きなんだって言う気持ちを伝えたくて―――…」

 泣きそうになる気持ちを抑える
 彼に拒まれたという事、そして彼を傷つけたという事…全てが哀しい


「俺、レグルスが嫌なら絶対に―――…」

「いや…オレの考えが浅はかだったんだ」

 レンの言葉を途中で遮るレグルス
 背後から抱き締めているため、彼の表情はわからない
 けれど、その声が意外と落ち着いている事にレンは内心安堵の息を吐いた


「オレさ、レンと恋人同士になりてぇ…って、ずっと思ってた
 身も心も深く繋がりあう事ができたら凄く幸せな事だろうなって…漠然と考えてた
 でもよ…その、抱くとか抱かれるとか、そんな具体的な所までは考えてなかったんだ」

 淡々と話すレグルス
 それは今、思いつきで言っているようなセリフでは無かった
 きっと、いつか自分に話そうと思って、何度も己の中で繰り返したのだろう

「オレはレンの事が好きだ…それだけは、絶対に何があっても変わらねぇ
 レンも俺のことを大切に思ってくれてるって知った時、本当に嬉しかったんだ
 それから…オレの事、欲しいって…抱きてぇって思ってくれてるって事も、嬉しい」

「……レグルス……」


「でもよ、オレってバカで臆病なガキだから…
 怖ぇんだ…嬉しいのに、レンに全部やりてぇのに、逃げ出したくなっちまう
 このままじゃ駄目だって思ってるのに、あと少しだけ勇気が足りねぇんだ…」

 彼なりに葛藤があったのだ
 こんな事、誰にも相談できずに…きっと一人で悩んだのだろう

「無理なんかしなくて良いんだよ
 俺だってレグルスと同じ立場だったら困ったと思う」

 レンだって健康な成人男子だ
 好きな相手が出来たら抱きたいと思う
 しかし、その相手の方からも抱きたいと告げられたら―――戸惑い悩むだろう


「ああ、すんげぇ困った…つか、困ってる
 でもよ…今お前と話してて心が決まったぜ」

「…ん?」

「明後日の夜、レンに…俺をやるよ
 ほら、時期的にも丁度良いだろう?」

 時期…?
 レンは壁のカレンダーに視線を向ける
 そして、彼の言う3日後の意味を知った

「…そっか…俺、明後日で22歳になるんだね…」

 夏の暑い時期
 燦々と降り注ぐ太陽の下、キラキラと光り輝く大いなる海
 その海の恩恵に感謝する日が―――明後日、レンの誕生日だった


「誕生プレゼント、オレでも…良いか?」

「これ以上のプレゼントは無いよ
 でも…レグルス、俺の為に無理してない?」

「してねぇよ…大丈夫だっての
 今日の話でレンが俺を大事に思ってくれてるってわかったからな
 何だか吹っ切れちまったんだ…全然怖くねぇって言ったら嘘になるけどよ…」

 今日はまだ、レンの腕の中で眠りにつくだけの勇気が無い
 けれど、明後日からはこの暖かな腕で、胸で、安らぐ日々が来るのだろう

 レンの優しい温もりの中で、レグルスは改めてレンへの想いを感じていた




 気がつくと、既に日は進んでいて
 レンの誕生日を翌日に控えていた

 あまりに早く流れる時間に心が追いつかない
 レグルスは今更ながらに途方に暮れる


「…どうしたら良いってんだ…?」

 窓の外を眺めると、空はオレンジ色に染まっていた
 何もしないまま、時間だけが過ぎて行く

「…このままじゃヤバいよな…」


 大して知識も無い
 当然ながら経験も無い
 こんな状態で彼に抱かれて本当に大丈夫なのか

 レンは何だかんだ言っていても根は優しい
 レグルスが拒めば許してくれるだろう

 けれど、もう彼を拒んで傷付けたくない
 レンを避けてしまった数日間をレグルスは深く後悔していた


 もう、レンに心配を掛けたくない、拒絶して傷付けたくない

 その為には恐怖心を取り払わなければ
 自分から彼を求めるくらいの積極的な勢いが欲しい

「…お、オレに出来るんかな…
 レンを喜ばせられるようなテクなんかねぇし
 それ以前に、無事に抱かれる事が出来るかどうかもわかんねぇんだよな…」

 けれど辛そうな、痛そうな反応を返したらアウトだろう
 きっとレンは途中でレグルスを抱く事を止めてしまうだろうから


「…初めてだし、絶対痛ぇよな…憶測だけどよ
 でも痛がったりしたら、レンに気を遣わせちまうし…」

 沈んで行く夕陽を眺めながら、考えを巡らせる
 そして暫くした後、ある決意をして立ち上がった

 要するに、初めてだから怖いし痛いのだ
 初めてでなければ恐怖心も痛みも大した事無い―――と、思う


「…れ、練習…しておけば、大丈夫だよな…?」

 突発的に閃いた大胆極まりない発想
 しかし当の本人は名案とばかりに自分の道具袋を漁り始める

「何か手頃な大きさの物って持ってなかったか…?
 …エンピツは細過ぎるし…小刀は下手すると大惨事になっちまう…」

 レグルスはいくつか候補を絞ると、それらをベッドの上に並べた

 今日の宿が一人部屋で助かった
 思う存分トレーニングが出来る

 …こんな所、絶対にレンには見せられない


「えっと…多分、このくらい…か…?」

 レンの身体なんて見た事が無い
 だからあくまでも自分の身体が基準だ
 想像の範囲での事なので不安は尽きないが、何もしないよりはマシだろう

 レグルスが手に取ったのは愛用の整髪剤の缶
 どうせもう残り少ないし、これなら水洗いも出来る

「…ちょっと…太過ぎるか…?
 でもこのくらい余裕があった方が安心だよな…」

 着ているものを全て脱ぎ捨てると、ベッドの上に寝そべる
 白くて華奢な身体が露になるとレグルスは溜息を吐いた

 レンの健康的でふくよかな身体とは大違いの自分
 エルフの血が混ざっているせいか、どうも他と比べて成長が遅い気がしていた
 自分の細腰では、かなりの負担が掛かる事が予測される


「…いきなり太いの挿れるのも酷だよな
 と、とりあえずは指で…慣らしてみるか…」

 人差し指と中指を口内に含ませる
 手を洗ったばかりだからだろう、石鹸の香りが広がった

 舌先に当たる爪の硬い感触
 少し伸びている…切った方が良かっただろうか
 しかし切りたての爪では逆に身体を傷付け兼ねない
 仕方なく、レグルスはそのまま指を受け入れる事にする

「だ、大丈夫…指くらい痛くも痒くもねぇ…よな…?」

 躊躇っているうちに指が乾いてしまう
 そっと指先を押し当てると、息を止めて一思いに圧し込んだ


「―――…っく……」

 拒まれてるのが良くわかる
 キツくて上手く入って行かない
 引き攣れる痛みと異物感に耐え切れずレグルスは指を引き抜いた

「…身体が受け付けねぇ…
 もっと濡らさねぇと無理だな…」

 油でも塗れば滑りも良くなるだろうか
 いや、油でなくてもクリームのようなものがあれば充分かも知れない
 レグルスは袋から軟膏状の傷薬を取り出すと、ペタペタと塗り始めた


「…何か、すっげぇ惨めだ…ちくしょう……」

 一体自分は何をやっているのか
 いい加減に馬鹿らしくなって来る
 けれど此処で中断してしまったら、明日自分が泣く羽目になるだろう

「痛ぇのは最初のうちだけだって言うもんな
 これも慣れてきたら気持ちよくなる筈だ…自信ねぇけど」


 再び指を差し入れてみる
 クリームの滑りで大した痛みも無く受け入れる事ができた

「な、何だ…ちゃんと濡らせば痛くねぇんだ…これなら余裕じゃねぇか」

 二度三度と指を抜き差しして、レグルスは安堵の息を吐く
 想像していたような激痛が無かった事で、気が楽になった
 まだ指一本しか受け入れていないが、きっとこの様子なら大丈夫だろう

 レグルスは指を引き抜くと缶を手に取る
 そして丁寧に軟膏を塗りつけ始めた

「指の一本も二本も大差ねぇよな…」

 レグルスは缶の上に跨ると、そのまま腰を落として行く
 目を閉じて、細く息を吐きながら身体の力を抜くように勤める

「…んっ…」

 冷たい金属の感触
 けれどクリームの潤いで抵抗無く受け入れられる―――筈だった
 しかし太い缶はレグルスの許容量を越えていたのだ


「――…っ…い、痛ぇ―――…っ!!」

 ズキ、と腰に響く痛みに慌てて缶を引き抜く
 想像の範囲を超えていた痛みに全身が萎縮する
 ズキズキと痛みを訴える秘所は熱を持って脈打つ
 缶に塗られた白い軟膏に赤いものが混じっていた

「うぅ…痛ぇ…!!
 指より太いモノは無理だ…裂けちまう…」

 痛む部分を労わるように、そっとうつ伏せになる
 とてもじゃないが座る事なんて出来そうにない状況だった


「…濡らしても太いモンは痛ぇんだな…
 俺の身体には、この缶より細いモンじゃねぇと入らねぇって事か…」

 直径5cmくらいのスプレー缶
 ペーパーナプキンで汚れを拭うと、そのまま缶を投げ捨てた
 もう一度これを挿入する気にはなれずに断念する


「…いくらレンでも、ここまで太くは無いだろ…」

 あくまでも想像の範囲だが、自分との身長差を考えても大した事無いだろうと考える
 指なら簡単に入ったし、一応もっと太いものも一瞬だけど挿入できた
 とりあえずこれで初めてではない―――と、言えなくもない

「これでレンに抱かれても大丈夫…だよな…?」

 ずっしりと不安が圧し掛かる
 けれど何もしていないよりは随分とマシだろう
 そう自分に言い聞かせて、レグルスは服を身につけ始める
 しかし、まだズキズキと痛みを訴えている秘所が明日の恐怖を駆り立てた


「…本当に無理だったら…泣いて土下座して許して貰うしかねぇな…」

 少しだけ弱気になるレグルス
 レンを受け入れたいという気持ちは今も変わらない
 しかし―――…先程の痛みが忘れられない恐怖心を植え付けて行ったのだ

「…オレには痛くねぇ振りなんて出来ねぇよ…
 我慢なんか出来るタチじゃねぇし、嘘も演技も下手だしなぁ…」

 どうしよう…レンを傷つける事にならないだろうか
 それが心配でしょうがない

「本当に…大丈夫か…?」

 不安で眠れない
 結局、レグルスは夜が明けるまで心を悩ませていた