「…シェル、少し良いか?」



 外は雪

 まだまだ冷え込む冬の空を眺めながら、
 シェルは一人のんびりと午後の緑茶を楽しんでいた


「何じゃ?」

「…ん……ちょっと…な…」



 歯切れが悪い


 普段から話し上手ではない為特に気にも留めない
 はっきりと物事を言わないのも、いつもの事だ

 攻撃的なくせに妙な所で気弱な性格の持ち主
 彼との会話は、こっちが聞き手になるとストレスが溜まる

 シェルは火波が話し易いように、わざと憎まれ口を叩いた
 こうすると反論や突っ込みと共に、用件も早く聞き出せる



「…ハッキリと申せ
 年下の子供相手に何を遠慮しておる
 少しは年配者としての威厳と落ち着きを見せたらどうじゃ」

「その歳で隠居じみているお前に言われたくないわっ!!
 …ったく…お前こそ、少しは大人を敬おうという気は無いのか?」

「無い」

「……………。」


 火波は悲しそうな視線をシェルに送った
 ―――…が、それもすぐに諦めに変わる


「…最近の若造は…嘆かわしい」

「不老不死のくせに年寄りじみたことを申すでない
 それより用件があったのじゃろう?」

「…あ―――…うん、ちょっとな…」


 再び言葉を濁す
 普段の彼なら、ここで勢いに任せて全て話し切っている頃だというのに

 …今日は、何かが変だ




「…何なのじゃ、一体…」

「ん――――…その、お前…空腹は感じていないか?」

「は?」

「…菓子…買ってきたんだが」

「………はぁ……?」


 用件、そんな事?
 散々言い渋っておきながら…たったそれだけ?


 今度はシェルが口を噤む

 変だ
 絶対に変だ

 普通はたかが菓子ひとつに、ここまで言い淀んだりはしない
 となれば用件はまだ他にある筈だ

 余程、話し難い話題なのだろう
 もしかすると、人知れず悩み事でも抱えていたのだろうか


 火波は茶を飲みながら相談事に乗って欲しいと思っているのかも知れない
 そう考えれば、彼が珍しく菓子を買って来たことも納得出来る


 シェルはそう自分の中で納得すると、席を立った




「…それでは、火波の分も茶を淹れてくるかのぅ
 せっかく茶菓子も貰った事じゃし、湯を沸かしに―――…」

「あっ…いや、待て!!」


 ぐい


 肩にかかる圧迫感

 常に手袋をはめているものの、火波の手は鋭い爪を持っている
 シェルの肩に食い込んだ爪は傷こそ付けなかったが微かな痛みを伴った


「……何をする……」

 無理矢理に振り向かされて、不快感も露な表情
 真正面から向き合う形になった火波は、その不機嫌な視線を直に浴びて怯む

 …が、その肩から手を離す事はしなかった



「……その…用がある…」

「知っておる」

「ああ…そうだな
 その、だから――…行くな、ここにいろ」


 ……………。

 じゃあ、早く話せ
 そう言って跳ね除けたい衝動を必死に抑える

 シェルは溜まってゆくストレスを感じながら、それでも平静を努めた


「…肩に手を置いても構わぬ
 だが、爪を食い込ませるのは勘弁しておくれ」

「あぁ――――…すまん」


 慌てて離れる指先
 しかし手そのものは離れる様子が無い

 そのまま無言のまま時間が過ぎて行く



「………火波よ、焦らしプレイも度が過ぎれば殺意を抱くぞ?」

「ま、待ってくれ
 その…大した用件じゃないんだが…」

「大した用でもないのに引き止めておるのか?
 ならば、こちらとしても迷惑極まりないのじゃが」

「……う……」


 一つ言えば三言は返してくるシェル

 火波は返す言葉も見つからずに黙り込む
 そして、それが更にシェルのストレスを悪化させた





「ええい、くどいわっ!!
 ならば早々に用件を伝えるが良い!!」

 ついにキレたシェルを前に、火波も焦りだす

「ま、待ってくれ…
 その、こっちにも心の準備が…っ…」

「その間に夜が明けるわ阿呆っ!!
 ウジウジしておらんでハッキリとせぬか犬めが!!」


 一喝どころか三喝は来た

 流石のシェルも、ついにキレたらしい
 肩に置いた手も叩き落されそうな勢いだ

 火波は視線を泳がせた後、おずおずと空いた手を差し出す


「…………これ………」

 火波の手には綺麗にラッピングされた包み
 ラベルにはここ近辺で名の知れた洋菓子店の名前が書かれている

 彼が言っていた、買ってきた菓子なのだろう



「…で、それが?」

「………その…中身、チョコレート…なんだが」

「ほう?」


 だからどうした

 内心そう思いつつ、
 シェルはイラつく心を落ち着けようと冷めた湯飲みに口付けた

 火波はそんな彼の表情を伺いながら、ぼそりと呟く



「………バレンタインデーの、チョコレート」





 ……。

 ……………。

 ……………………。



 ――――…ごふっ



 たっぷりと10秒は間を置いた後、
 シェルは口の中で緑茶を逆流させた

 …要するに、茶を噴き出したわけだが

 二人は真正面から向かい合う体勢
 必然的に火波は顔面でそれを受ける事になるわけで



「………おい……」

「す、すまぬ…」

 ゴシゴシと口元を拭うシェル
 しかし、その仕草はどこかぎこちない


「ほ、火波…その、バレンタインデーって…」

「時代錯誤なお前でも、流石に意味は知っているだろう?
 ―――…で、受け取ってくれるか?」


 ずい、と目前までチョコレートを押し付けられる

 たかがチョコ
 されど、チョコ

 ただの菓子が物凄く深い意味合いを持つ日―――…バレンタインデー



「……これ、拙者に…か?」

「ああ、お前のイメージで抹茶味にした
 有名な店らしいから味の保障は出来ると思う」

「そ、そうか…」


 肩に置かれた大きな手
 その存在感が一際大きく感じる

 シェルは自分の頬が、耳が赤く染まって行くのを感じた




  





「…ほ、火波…」

「何だ、柄にも無く照れているのか?」

「だ…だって、火波…」

 かぁっと赤くなった顔を手で覆いながら、
 シェルは恥ずかしそうに目を伏せる


「…火波が女の子の列に混じってチョコを買っている姿を想像すると恥ずかしくって…」

「―――…って、こら!!
 何を想像しているっ!!」

「だって、店の中は女の子で溢れ返っておるじゃろ?
 その中に頭二つ分大きい、しかも暗くて地味な男が混ざってると思うと…滑稽で」

「滑稽言うな!!
 止めろ、その想像を今すぐ止めろっ!!」


「あはははは…
 絶対、浮いておったじゃろ?
 変な目で見られたりしなかったか?」

「むしろ同情的な目で見られたぞ!!
 自分で自分に買ってる、凄く寂しい奴だと思われたとも!!
 店員も客も、わし以外は皆女だし――…とんだ生き恥かいたわっ!!」


 それでも買ったらしい
 その辺の勇気は評価に値する

 ある意味、男気を感じなくもない





「拙者の為にわざわざ、すまぬのぅ
 ありがたく受け取らせてもらうが―――…開けても良いか?」

「こっ…ここでか!?」

「うむ、折角じゃからのぅ」

「あ、ああ…えっと…
 じゃあ、わしは茶を淹れ直してくる…」


 こそこそと、逃げるようにその場を後にする火波
 流石に目の前で包みを開けられるのは恥ずかしいらしい

 これ以上、生き恥をかかせるのも可哀想だ
 シェルは特に引き止めるわけでもなく、包みを開いた

 彼が言っていた通り、抹茶味と思われる色のチョコレートが顔を覗かせる



「……これは…意表を突かれたのぅ……」

 抹茶というからには、渋めのものを想像していた
 しかし、目の前のチョコレートは―――…ファンシーなハート型

「…緑色のハートとは…何とも迫力があるのぅ…」


 長方形の箱に、綺麗に三つ並んだラブリーなハート

 というか、わざわざこれを選んで買って来たと言う事実が凄い
 抹茶味のチョコレートなら、他にも色々な種類があっただろうに


 しかも――――…
 三つのチョコレートにはそれぞれ、メッセージが書かれている



 シェル、

 これからも、

 一緒にいよう



「……………。」


 チョコレートのペンで書かれた達筆な文字
 火波が書いた物ではない事は一目瞭然だ

 という事は―――…



「…こっ…これ、頼んだのか…っ!?」


 確かに、そういうサービスはある
 買ったチョコレートを持って行って、メッセージを書いて貰う場所は所々にある筈だ

 それはつまり…

 チョコを買うだけではなく、更にメッセージを書いて貰う為に並んで
 しかも『シェル、これからも、一緒にいよう』という言葉を書いて欲しいと頼んだわけだ

 あの火波が、
 お世辞にも明るいとは言えない風体の大男が、
 ぬぼーっと女の子だらけの列に並んで受付にチョコを差し出す姿の迫力は凄まじいものがあるだろう




「……おほぅ……」


 思わず変な声が出た

 凄い
 凄過ぎる

 何だか凄く甘酸っぱい
 いや、それを通り越して―――…何か、しょっぱい


 真摯に受け入れるには抵抗があり、
 かといって軽く笑って受け流すには、あまりにも重々しい

 そして、妙に痛々しいものを感じるのは何故だろう


 シェルには絶対に真似できない―――…真似したくない芸当だ

 引き攣った表情のまま固まるシェル
 その肩を火波が遠慮がちに叩く




「…茶、淹れてきたぞ」

「……うむ…丁度、胸焼けを起こしておった所じゃ」

 食べる前から鼻血が出そう
 相当頭に血が上っているらしく、微かな眩暈がする


「…火波…このチョコレート…」

「なっ、何も言うな!!
 良いから黙って食え!!」

「…う、うむ…」


 真っ赤
 火波もシェルも耳の先まで赤く染まっている

 …が、気恥ずかしさから互いの顔が見られない
 それぞれ己の平静を保つ事で精一杯の二人は、相手に構っている余裕など無かった

 それが幸か不幸かはわからないが―――…



「…お、お返しは…何が良いかのぅ」

「べっ…別に、わしが勝手にやった事だし…
 お前はそんな事に気を遣う必要は――…」

「じゃが、貰いっぱなしというのも…
 それにホワイトデーなら…拙者も買い易いし…」

「……そ、そう…か…」


 ぎこちない会話
 まだまだ青臭さの抜けないバレンタインデー

 それでも二人の距離は縮まった





 外は雪

 まだまだ冷え込む季節
 月さえも凍えて見えるような寒い夜

 それでも


 今夜は暖かく眠れそうだ




 …色々と青臭い…ですな

 まぁ、この二人は性格がアレじゃし…
 なかなか素直にラブったりはしないじゃろうて

 でもポロっと凄い事をやってのけるのじゃよ、火波は
 そうやって不意打ちのようにシェルの度肝を抜いたりするのじゃよな…

 極端にズレた事はやらず、ある程度狙ってやっている所がメルキゼとは違う部分じゃな
 とりあえず火波は人生経験も豊富な常識人(?)にござりまするから


 …ところでこれ、シェル×火波? それとも逆じゃろうか?