「やっぱ温泉饅頭には緑茶が一番だよね〜」


 俺はようやくチェックインできた温泉宿で夜のお茶会を堪能していた
 別に好きでこんな渋い時間を過ごしているわけではない

 …時間が遅過ぎて、他にする事が無いのである
 仕方なく午後10時からのティーパーティを開いているわけなのだが…



「…何で温泉宿に泊まってんのに風呂行かねぇんだ?」

 目の前に座っている不良男は不思議そうだ
 彼の方は今し方温泉から上がったばかりだ
 ほかほかと湯気が上がりそうな肩にタオルをかけている

「昔から温泉に入ると肌が荒れるんだよ
 このマシュマロみたいに柔らかな肌が醜く荒れた所なんて嫌でしょ?」

 火山を通じて流れる温泉は陽の属性を大漁に帯びている
 当然ながらそんなものに浸かったら、全身にダメージが行ってしまうのだ


「じゃあ、何でわざわざ温泉町に来たんだ?
 オレはてっきり美容の為に温泉旅行に来たんだと思ってたんだがよ」

「俺の事は、ほっといてよ
 別に良いんだよ、饅頭食べに来たんだと思うから」

 有限実行とばかりにガツガツと頬張る俺
 まるで饅頭に対して何か恨みがあるかのようだ


「…オレは甘いモンって、そんな大量に食えねぇからよ」

 彼は自分用にひとつだけ取ると、残りを俺に寄越す
 軽く例を言うと、俺は遠慮無くそれらを口に入れた



「……ふぅ…」

 目の前の男は肩にかけたタオルで髪を拭きながらチラチラと俺の事を盗み見ている

 …どうも落ち着かない
 俺は、この男と相部屋にした事を今更ながらに後悔していた


 宿の店主の『同室なら割引』の言葉に釣られたのだ
 貧乏性の俺と、持ち合わせが少なかったらしい男は二つ返事で相部屋を選んだ

 そして、現在に至るわけなのだが―――…



「あ〜あ…予定では今頃、
 綺麗なねーちゃんと温泉で楽しくやってたってのによー…」

 男じゃなぁ、と延々愚痴が泊まらない

「じゃあ、何で俺と泊まるなんて言ったんだよ!!
 どっかで女の人見つけて来たら良かったじゃないか」


 俺としては面白くない

 ただでさえ災難続きでストレスが溜まっているのだ
 属性が火だったら今頃炎を吐いていただろう


「だって他に見つからなかったんだから仕方ねぇだろ
 こんな所に一人で泊まってもつまんねぇし」

 要するに誰でも良いから暇潰し募集中だったって事?

 こんな美青年を前に、何て失礼な…!!
 どうせなら俺の魅力を知っている相手と泊まりたかった



「…俺だって物凄く退屈だよ!!
 こんなガラの悪いナンパ男と相部屋なんて…あー俺って可哀想っ!!」

 一晩中こんな調子じゃ疲れも取れそうに無い
 こんな事なら節約しないで一人部屋を頼むんだった


「不良男にナンパされた挙句、こんな目に遭うなんて…」

「ひ、人聞きの悪い事言うんじゃねぇっ!!
 言っとくけどオレはナンパしたのは今日が初めてだ!!
 大体、ガラが悪いだの不良だの…人を外見で判断しやがって!!」


 外見で、って言うけどさ…

 あんた…

 口も悪いよ


「…そもそも外見で俺を女だと判断して間違った事を忘れてない?
 ちょっと落ち着いて声を聞けば、一発でわかった筈なのに…こっちは被害者だよ?」

「…うっ…」

 痛い所を突かれたらしい
 意外と素直に言葉に詰まる不良男

 この手の輩は外見は強そうでも頭は弱いというのがセオリーだ
 案の定、返す言葉が見つからないらしく口を噤んでしまった

 少し気を良くした俺は男にフォローの言葉をかけてやる



「まぁ、第一印象って案外当てにならないものだよね
 一目見ただけで勝手に自分に都合の良いように人物像を決めちゃうし」

 そういうものだから仕方が無いよ、と彼の肩を叩く
 実際に付き合ってみるまでは、どんな相手かわからないものだ

 俺だって目の前の彼が実際はどんな人なのか…まだ、わからないし
 まぁ、見るからに荒くれ者なんだけどさ…口調も乱暴だし


「…そうだな…オレ、お前が自分の想像通りの奴じゃなかったってだけで、拗ねてた…
 お前は全然悪くねぇのに、オレの勝手な思い込みで、すげー迷惑かけちまったんだな…」

「――…え…?
 ち、ちょっと…っ!?」

 彼は拍子抜けするほど素直に萎んで行った
 そして深々と頭を下げて謝ってくる


「全部オレの責任だな…悪ぃ、謝る」

「い、いや…その、そこまで謝られる程の事じゃないから…」

 こういう展開は予想していなかった
 まさかこんな事で簡単にヘコむだなんて思いもしなかった

 彼の落ち込んだ様子に、俺の方が悪い事をした気になる
 怒りに任せて言葉キツ目に言ってしまった事が今となっては悔やまれた



「ま、まぁ、俺も言い過ぎたよ
 ここはひとつ、お互い様って事で…」

「…でも…元々はオレが悪ぃんだしよ…」

「悪気があったわけじゃないんだからさ、そんな気にしないでよ
 それに俺の方が外見で判断してたみたいだし…こんなに素直な反応返されると思ってなかったよ」

 逆ギレで、ちゃぶ台返しくらいの展開は覚悟していただけに驚きも大きい
 俺の驚きを尻目に、男は中を眺めながらぼんやりと呟く


「あー…それ、母ちゃんにもよく言われてたぜ…」

「そ、そうなんだ…」

「おう、馬鹿正直でいつか身を滅ぼすって言われ続けてきたな
 何かオレって思ったことがすぐ口を突いて出ちまうみたいでよ…そこを良くつけ込まれんだ

「ごめん、フォローの言葉が見つからないよ…」

 否定も同意も出来ない状況で、何を言ったら良いかわからない
 強いて言うなら自覚してるなら性格改めろだろうが…

 しかし初対面の相手に赤の他人が言うセリフでもない


「母ちゃんが『怖い人に虐められないように、更に怖い人のふりをしないさい』って言うんだ
 だからオレもこんな格好して、言葉遣いも変えてナメられないようにしてるんだけどよ…」

 お母さん…
 その教育はどうかと思うんですけど


「でも、この服って自分でも刺さりそうで怖ぇんだよ
 せっかく母ちゃんが用意してくれたものだから着てるけどよ」

「そ、そうなんだ…」

 っていうか、どんな母親なんだろう…
 息子想いだって事は理解出来るけど方向性誤ってるような気がする


「おう…本当は村の民族衣装を着てる方が好きなんだけどよ
 でも結果的には自分の身を守る為だからな…鎧だと思う事にしてんだ
 実際、この格好をするようになってから怖ぇ奴に絡まれる事も減ったし…」

「まぁ、怖そうだもんね」

「でもよ…やっぱり怯えられるのって哀しいな
 何処にいても寂しい気分を味わってばかりなんだぜ

 普段、男はあまり寂しい≠ニか哀しい≠ニか言わない
 初対面の俺に対してここまで感情を口に出す事自体が、彼の素直さを物語っている

 基本的に隠し事が苦手なタイプなのだろう


「まぁ、いつの間にか言葉遣いもこれで定着しちまったし、
 この服もオレのポリシーだと思えるようになってきているんだ
 …昔のオレを知ってる奴が見ても、絶対にオレだってわからねぇな」

 湯飲みに口をつけながら自嘲気味に呟く青年
 彼の心中は計り知れないが、相当のストレスが溜まってそうだ

 無理矢理肩を怒らせて牙をむき刺しにして生きるのは大変だろう
 まして、彼のような素直な性格の持ち主なら尚更に

 俺はようやく見つかったフォローの言葉を彼に告げる


「まぁ、確かにちょっと言葉遣いは乱暴だけど…
 でも別に対して不快に感じるほどでもないよ
 ただ単に君の本当の性格がわかったからなのかも知れないけど」

「そっか…ありがとうな
 でもよ、これだけは信じてくれ
 オレは普段は自分から相手に話しかけたり喧嘩腰になったりはしねぇんだ」

「まぁ…そんな感じだよね
 でも俺に対しては初対面から随分と怒鳴ってたけど」

 言ってから、ちょっと嫌味っぽくなってしまった事に気付く
 彼は少し気まずそうに頭をかきながら、それでも俺を真っ直ぐに見て言葉を続けた


「オレさ、ナンパは初めてだって言っただろ?
 普段は自分の方から他人を遠ざけてんだからな…
 でもよ、あの時だけはどうしても―――…お前に声をかけずにはいられなかったんだ」

 俺ってそんなに浮いてただろうか…


「ど、どうして…?」

「ん…一目惚れってやつだな」

 それは米の銘柄かな?


「…あ、あの…今、幻聴が聞こえたのかな…
 何か物凄いセリフが聞こえちゃったような気がするんだけど」

「幻聴でも聞き間違いでもねぇよ
 オレは顔面からタルに突っ込んで行ったお前を一目見た時から…」

 ちょっと待て

 何故そこで惚れる!?


「そこで惚れるのはどうかと思うよ…
 もしかして美的センス狂ってない?」

「そんな事ねぇよ!!
 薔薇の花に埋もれた姿が物凄く可憐に見えたんだ
 胸が熱くなって、無我夢中でお前の後を追ったんだぜ」

「俺さ…あの時確か薔薇に向かって愚痴ったような気がするんだけど」

「そうだったか…?
 悪ぃ、見惚れてて何も聞こえてなかったみてぇだ」

「……………。」


 盲目の愛、今ここに


「もう、自分でもどうしたら良いかわかんなくてよ
 とにかく追いかけて話しかけようって思って…
 でもよ、やっと追いついて声かけたら胸ぐら掴み上げられてよ…
 すげー怖ぇし、ドスの聞いた声で凄まれるし…トラウマが出来ちまった」

「…あは…ははは…」

 確かに可憐な少女だと思って話しかけたのなら、ショックも大きかっただろう
 今となってはお互い、笑うしかない展開なのだが――…



「…でも、やっぱり可愛いな…
 男だってわかってるんだけどよ、全然気が萎えねぇ」

「ふふん、まぁ俺の美貌を前にしたら当然だよね」

「そうだな」

「…………。」

 えーっと…
 ここではどんなリアクションをするべきなんだろう…

 ふと、今の状況が客観的に脳裏に過ぎる

 目の前には自分に惚れたという男
 隣りには二人分敷かれた布団
 そして、ここは温泉宿
 現在は深夜―――…

 ……ちょっと、待て
 もしかして俺って今、物凄く危険な状況にない!?


「ね、ねぇ…」

「ん?」


 犯る気ですか?

 …なんて、とてもじゃないけど聞けない
 馬鹿正直に『うん』なんて言われたら、それこそ悲惨だ
 自分は男に惚れる趣味も無ければ男と寝る趣味も持ち合わせていない


「………ううん、何でもない…」

 引きつった笑顔を見せながら、何とか取り繕う

 …どうしよう…

 内心冷や汗を流しながら、精一杯平静を装って饅頭を齧るしかないレンだった



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