「…何これ、臭っ!!」


 町に着いての記念すべき第一声がこれだった

 ここは火山をシンボルとした町
 そのおかげで地下水脈が温泉になっているらしい

 見るからに観光客と思われる異種族が目に付いた
 エルフやホビット、フェルプールやパーピーまでいる

 この町でなら三つ目の自分も目立たないかも知れない
 しかし、問題は周囲に立ち込める硫黄の香りだった


「俺、硫黄の臭いって苦手…
 腐った茹で卵みたいで気持ち悪い…」


 さっさと肉を焼いて帰ろう
 果たして肉を焼いただけで目玉が払い落とせるのかどうか――…

 正直言って物凄く疑わしい
 はっきり言って今、俺がここにいるのは自棄になっているからだ


「何で俺、休学届け出してまで肉焼きに行ってるんだろ

 冷静に考えると切なくなってくる

 休学理由の説明はユリィに頼んでおいたけど…
 果たしてあのオカマ言葉で何と言ったか物凄く不安だ

 学生課担当者も、さぞかし驚いたに違いない
 今後、学校に戻るのに不安を感じたレンだった



「…あーあ…前途多難だよ…」

 しかし、ぼやいていた所で事態は好転しない
 まずは行き先を決めなければ

「向かう先は火山観光焼肉屋かな」


 しかし、意外と人が多い

 この分では先に今夜泊まる宿を探しておいた方が良いだろう
 夜になって宿が見つからずに野宿――…なんて事になったら目も当てられない

「ここの宿はどうかな…
 えっ…こんな小さな宿で金貨四枚!?」


 観光地という事もあって物価が高い
 ぼったくりに近いような値段の宿も多かった

「冗談じゃないよ…
 いくらセーロスから路銀巻き上げてきたからって、
 ただ泊まるだけに大枚はたいてられないもんね」

 家族三人の中で一番経済力があるのはレンだ
 学校帰りに食材を買うのが習慣になっているせいで自然とそうなったのだが…

 とにかく、手持ちが多いからといって無駄遣いはしていられない
 レンは少しでも安い宿を探す為に歩き始めた



 しかし―――

「ごほっ…く、臭いよぅ…
 何だか目まで痛くなって―――うわっ!?」


 盛大な破壊音が響く
 目をつぶっていたせいで、目の前のタルの山に気付かなかったのだ

 顔面から突っ込んだタルは衝撃で崩れ落ちて次々と破壊されて行く
 タルの中に入っていた物たちが、一斉にレンに向かって降り注いだ


「う、うわ…うわあっ―――――………って、はいぃ!?」

 悲鳴は途中で疑問符へと変わる
 レンの頭上に降り注いだは――…何故か花吹雪だったのだ
 その場が瞬く間にローズガーデンと化す

 レンの全身に薔薇の花弁が降り積もった
 まるで何かに祝福されている気分になる

 実際にやったのは破壊活動だが


「はは…ははは…
 まさかタルの中に薔薇の花が詰まってるなんて…」

 まぁ、そのおかげで命拾いをしたわけだが―…
 ほっとした次の瞬間、周囲の状況に気が付いた


 レンの周囲に見事な人だかりが出来ている
 ギャラリーのヒソヒソ声が耳に飛び込んできた


「――何あれ…新手のパフォーマンス?」

「いや、頭からタルに突っ込んだみたいだぞ」

「まぁ…何て鈍くさい

 クスクスと押し殺した笑いが上がる


 は、恥かしい…っ!!
 俺は何とか場を誤魔化そうと、ギャラリーに向かって一言

「こ、こんな所に積んであるなんて邪魔だよね
 ダメだなぁ、このタルは…一体何処に目をつけてるんだよ」

 タルに目なんかあるか
 周囲の誰もがそう突っ込んだであろう

 …というより、普通ありえない所に目がついているのは他ならぬレンの方だ


「あーもう、
 薔薇のバカ―――っ!!」

 最後は薔薇のせいにする
 俺は羞恥パワーを駆使し、物凄い速さでその場を走り去った



「もぅ、今日は何処も行く気がしないよ
 さっさと寝て、嫌な事は忘れちゃおう…」

 レンは適当な宿に目星をつける
 どうせ、どの宿も大して値段は変わらないだろう

「宿の受付ってどうやってやるのかな…」

「――‐…一人で泊まる気か?」

「えっ…?」


 宿屋の扉に手をかけた所で、いきなり声をかけられた
 何か悪い事でもしたかと振り返る

 そこには、いかにも素行の悪そうな男が佇んでいた
 黒皮の服を身にまとい、鉄のトゲで全身を飾った見るからに荒くれ者風の男だ

 年齢はレンより少し上くらいだろうか―――…
 深海色の瞳と青みを帯びた長い黒髪が秋風で涼しげに揺れる

 しかし―――…


 そのポニーテールはどうかと思う
 似合ってるのか似合っていないのか物凄く微妙だ



  



 ―――って、そんな冷静に考えている場合じゃない
 これはもしかして…いや、もしかしなくても不良に絡まれているのではないだろうか


「え、えっと…何か用ですか?

 正直言って、こういうタイプは相手にしたくない

 本当に今日は散々な日だ
 これで更にカツアゲ…なんて事になったら救い様が無い


 まぁ、いざとなったらレンだって多少は戦えるつもりだ
 状況は一対一だし、セーロスから基本は叩き込まれている

 全体重に遠心力を加えた跳び回し蹴りは、
 正面からまともにくらえば巨漢のセーロスだって吹っ飛ぶ破壊力だ

 レンは相手に気付かれないように、こっそりと構えの姿勢をとった


 目の前の男は斜めった視線を向けながら、徐に宿のドアを指差す

「いくら観光地でもよ、今のご時世に女の一人旅は危険だぜ
 宿の中だって安心ならねぇ…部屋取るんならオレが一緒について行ってやるぜ」

「…………………。」

 俺は思わず不良男の胸倉を掴み上げていた


「うをっ!?」

「ちょっと、お兄さん…誰が女だって?
 美青年相手だからって、ふざけてんじゃねぇよ…?」

 自分の声が1オクターブ以上低くなっているのがわかる
 気分を害した時の俺は義兄二人がかりでも手に負えないくらいタチが悪い


 確かに俺は美少女と見紛うばかりの美青年だと自負しているし、
 俺自身、自分の美貌には絶対的な自信を持っている

 それに可愛い≠ニ、自分の自分の容姿を褒められるのも好きだった

 しかし――――…それは、あくまでも美青年≠ニしてだ


「俺はねぇ、女に間違われるのだけは絶対に許せないんだよっ!!」

 相手が不良だろうが荒くれ者だろうが、これだけは譲れない
 男の胸倉を乱暴に放すと、俺は自分自身を指差した

「確かに俺はこの世の者とは思えない位に超絶可愛いよ?
 だからこの俺を見て思わずナンパしたくなったお兄さんの気持ちもわかるんだ」

「い、いや、別にそこまでは言ってねぇ―――…」

「でもねぇっ!?」


 バキッ


「ひぃっ!?」

 蹴飛ばした塀が盛大な音を立てる
 衝撃を受けたレンガは微かに欠けた


「俺は女の子みたいに可愛い≠じゃない
女の子よりも可愛い≠だよっ!! わかったか、このハリネズミ男っ!!
 これは俺の可愛さに対する冒涜なんだ――…二度と間違えるんじゃないっ!!」

「な、なんだ…男じゃねぇかよ、ふざけやがって!!」

 逆ギレする荒くれ男
 勝手に間違っておきながら酷い言いようだ


 大体、この眩いばかりの可愛らしさの俺に対して、
 その失礼極まりない喋り方ってどうなのさ

 こういう教育のなっていない相手には、俺だって容赦しない


「ふざけてるのはどっちだよ!!
 この俺を女扱いするなんて間違うにも程があるっ!!
 その極悪目つきの瞳には本当に視力があるの!?」

「なっ…だ、だってその服は女物じゃねぇのか!?
 黒皮ボンテージにパフスリーブじゃ、誰だって男だなんて思わねぇよ!!」

「だって、安かったんだもん!!
 それに一応これって男女兼用コーナーにあったんだ!!
 バーゲン品なんだから多少の事には目をつぶってよね!!」

「―――って、バーゲンかよ!!

「バーゲン品をバカにするなぁ!!
 バーゲンって言っても最近は―――…」


 その後、当の本人である俺も良く分からないまま、
 何故かバーゲンの正しい歩き方について熱弁を振るった




 ――数時間後――――…


「あ、あの…お客様……」


 背後から、蚊の鳴くような声をかけられる
 俺たちが振り返ると、そこには宿屋の店主らしき男が泣きながら立っていた


「うちの店の前で妙な言い争いしないで下さい
 …っていうか、泊まるんなら早く受付して下さい…っ!!」



「あー…悪ぃ…」

「ご、ごめんなさい…


 気が付けば、とっくに陽は暮れていた
 俺たちは慌てて宿の中に駆け込んだのだった



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