ぼーっ…



 もう見慣れてしまった天井を眺めながら、
 ワイバーン族の王子、ノワールは物憂げな視線を彷徨わせていた

 その焦点は定まらず、
 その瞳は特に何かを捉えている訳ではない

 彼は今、完全に放心していた


 一見、何も考えていなさそうな顔をしているが、
 ノワールはこう見えて色々と悩み多き立場にいる

 ここ数日でノワールを取り巻く環境は大きく変わった



 王子とは名ばかりで、
 その存在は無視され続けてきた人生

 それが、人族と竜族の友好を取り戻す架け橋としての役目を担う事になってしまった


 正直言って王位継承権も他人事で、
 自分の地位に対する責任感も自覚も全く持ち合わせていなかった

 満足な教育すら受けさせて貰っていないノワールにとって、
 自分が背負わされた責任はあまりにも荷が重過ぎる




「…祈りを捧げに行け…と言われても…」

 忌むべき存在として、洞窟という名の監獄に監禁されてきた人生
 この暗い洞窟の中がノワールの知る世界の全てだった


 …つまり

 ノワールはこの洞窟から外に出た事がない
 それなのに、突然旅に出ろと言われても困る

 何をどうしたら良いのか、見当も付かない
 自分はあまりにも無知だ

 旅に出れば、全てをあの人族の男に一任しなければならない



「……あ、頭が痛くなってきた……」


 あのセオフィラスという男

 良く言えばマイペース
 しかし、ハッキリと言ってしまえば『空気の読めない男』だ


 彼が何を考えているのか、判断に苦しむ
 あまりにも性格が食えなさ過ぎて脅威すら感じる

 そんな男に全てを託して旅に出なければならないなんて、
 想像しただけで眩暈に襲われそうになる



「……これが…前途多難という心境か…」


 ごろり、と横に転がる
 天井を眺めながら痛む胃から息を吐き出した

 苦手だ
 あの男は苦手な部類に属する

 …どうして良いのか、わからない


 ペリドットの輝きを持つ澄んだ瞳
 彼の瞳を直視することが出来ない

 あの瞳には不思議な力がある
 ワイバーンの心を射抜き捉えるという不思議な力が



 もう、染み付いてしまっているのだ

 ワイバーンのDNAには、
 人に惹かれるという遺伝子が組み込まれてしまっている

 こればかりはもう、どうしようもない


 …セオフィラスは苦手だ
 苦手な筈なのに、惹かれてしまう

 あの瞳に吸い込まれそうになる



 …危険だ
 あまりにも危険過ぎる

 ワイバーンは危険なのだ
 無条件に人族に惹かれる種族なのだ

 それを彼はわかっているのか


 無防備に自分触れてくるセオフィラスの手
 警戒心など全く感じられないその仕草と表情

 どうしてそんな危険な事をするのだろう
 こっちは理性を抑えるのに必死だというのに



 それとも自分がこんな姿だから
 だから警戒心など抱く必要が無いと思っているのか

 こんな奴に性欲なんて無いと思っているのか


 だとしたら―――…その誤解を解かなければ
 自分の理性が切れてからでは遅すぎる

 彼にもそれ相応の警戒心と危機意識を持って貰わなければ

 最悪の事態が起きた時、
 自分にだけ責任を押し付けられるのは御免だ



「…忠告…しに行くか…」


 これから共に旅立つことになるのだ

 それ相当の心構えはして貰わなければ
 必要以上に近付くなと警告をしに行かなければ

 …それが彼の為にもなる
 そう、彼の為を思ってのことだ


 決して自分が彼に会いたいからではない

 自分は彼が苦手なのだ
 空気の読めない性格の持ち主なんて狙い下げだ

 特別な理由や用件でもない限り会いになど行くものか


 そう何度も自分に言い聞かせる
 そんな自分が、だんだん切なく思えてきた

 どんなに理屈を並べても、
 所詮言い訳だという事は自分自身が一番良く理解している




「………早く行こ……」

 勢い良く起き上がる

 その反動で全身がプルプルと揺れた
 鱗のないノワールの肌は、とにかく柔らかい


「……………。」

 ふと思う

 この姿で『襲うかも知れないから警戒しろ』と言った所で、
 説得力はあまり無いのではないか

 警戒されるどころか、また愛玩動物のように可愛がられるのが目に見えている



「…人型に…模して行くか…」


 あまり気は進まない

 セオフィラスは人型の時よりも、
 本来のノワールの姿の方が気に入っているように思える

 その証拠に、竜の姿の時は気安く触れてきたくせに
 人型に模した途端に彼は突然自分から視線を逸らせた

 話をしても上の空で、まともな会話も出来なかった
 そして、彼はそのままその場から立ち去ってしまったのだ


「…いや、別にそれが寂しいとか…そういうのではなくて…っ!!」


 必要以上に近付かれない
 それは自分にとっても、彼にとっても良い事だ

 それは…わかっている
 わかってはいるのだが―――…

 ただ、露骨に態度を変えられると対応に困るのだ




 当たり前のように触れてくる彼の暖かい手が
 惜し気もなく向けられる、あの澄んだ瞳と笑顔が

 それが姿を人のものに変えただけで、向けられなくなってしまう


 触れてきた手は離れ、
 視線は露骨に逸らされる

 向けられるのは何処か困惑したような眼差し



「………い、いや、だから、
 それが寂しいとか、そういう事ではなくって…!!」


 誰も突っ込みを入れて来たりなどしないが、
 何となく体裁を取り繕って言い訳をしてしまう

 そして、言い訳をすればする程に自分が悲しくなる


 …つまりは…寂しかったのだ
 人型になった途端にセオフィラスが冷たくなった気がして

 だから――…もう一度、セオフィラスに会いたくなった
 ただ、それを素直に認めるのはプライドが許さない


「け、警告に行くんだ
 オレにあまり近付くなと…!!」

 内心矛盾を感じるが、
 あえてそれには気付かないふりをした





 慣れない人の姿で歩くのは疲れる
 それも足場の悪い洞窟の中だ

 うっすらと浮かび始める汗を拭いながら、
 ノワールはセオフィラスに割り当てられた客室を探す


 普段から他人を遠ざけてきたノワールだったが、
 何故か今日に限って誰ともすれ違わない

 一部屋ごとに中の気配を窺って回らなければならなかった


「…ええと…ここ、か…?」

 ようやく人の気配のする部屋を探し当てる
 部屋の中から微かに人特有の甘い香りが漂ってきていた

 途端に緊張してくるノワール



「……せ、セオフィラス……?」


 恐る恐る部屋の中を覗き込む
 すぐに部屋の中央で床に横たわる人影に気付いた

 暫く眺めていたが微動だにしない


 具合が悪いのかと一瞬心配になったが、
 彼の脇に綺麗に置かれた鎧や剣を見て安堵の息を吐く

 わざわざ鎧を脱いで荷物を整理してから倒れるような、
 そんな器用で用意の良い者はそういないだろう

 どうやら単に眠っているだけらしい



「…そうか…今、夜なのか…」


 洞窟の中では時刻がわかりにくい
 どうやら今は夜――…しかも、深夜らしい

 成る程

 どうして途中誰にも会わなかったのか
 その理由がようやくわかった

 どうやら皆、既に眠りについてしまっているらしい


 しかし――…そうなると困った事になる

 話をしようと思ってきたのに、
 相手はぐっすりと夢の中

 起こさないよう早々に立ち去るべきなのだろうが、
 せっかく苦労しながらここまで来たのだ



「……せめて、寝顔くらい……」


 今のところは特に下心もない
 まだ理性は余裕で押さえ込めている

 ただ一目だけ彼の顔を見たい
 そんな純粋な気持ちでノワールはセオフィラスに近付いて行く

 起こさないように、息を殺して足音を忍ばせて
 そーっとセオフィラスの顔を覗き込む


 その瞬間、ノワールの目の前で何かがキラリと光った

 反射的に飛びずさる
 それと同時に空を切るような音と、微かな風が頬を掠めた

 少しの間を置いて
 ノワールの髪の毛が数本、ハラリと床に落ちて行く



「…な、な…っ…!?」


 そのまま腰を抜かすノワール

 鈍く光る物の正体を知って背筋に冷たい汗が流れる
 それは粗末ながらも丁寧に磨き上げられた鋼の剣だった


 寝ているとばかり思っていた騎士は、
 ノワールが近付いた瞬間、傍らの剣を掴んで斬り掛かって来たのだ

 間一髪で避けたが、
 直撃していたらと思うと全身が縮み上がる


「…ひぃ〜…」

 寿命が縮まる思いだ
 しかし、驚いたのはノワールだけではなかった



「の、ノワール王子…っ!?」

 驚愕に目を見開くセオフィラス
 まさか剣を向けた相手が王子だとは思わなかったらしい

 一瞬硬直した後、しかし我に返って謝罪の言葉を口にする


「も、も、申し訳ございません…っ!!」

 セオフィラスは慌ててノワールの頬に手を伸ばす
 丁度、彼の剣が掠めた辺りだ



「お、お怪我は…!?」

「いや…大丈夫だ
 それにしても…凄い反射神経だな
 横になった態勢から剣を構えるまで一瞬だったぞ」


「これでも騎士の端くれですから…
 眠りに落ちた状態でも、それなりの気配を察知する事くらいは出来ます
 それに常に手の届く範囲に剣を置くことは、騎士として当たり前のことです」

「そうか…そうだな
 戦いを生業としている者には当然の事か
 不用意に近付いて悪い事をした、もうしない」


 剣を収めるセオフィラスに、
 ノワールは素直に謝罪を口にした

 セオフィラスは騎士として防衛本能を働かせただけだ


 常に戦いの中へと身を投じる騎士
 この位の反射神経がなければ命など無いのだろう

 寝込みを刺客に襲われるという事も無いとは言えないのだから





「そ、それで…ご用件は?」

「えっ…」

「何か、あったんですよね?
 こんな深夜にわざわざ訪ねて来るような事が」

「…ん、ま…まぁ、な…」


 頷きながらもノワールは内心汗をかく

 どうしよう
 何て切り出したらいいのか、わからない



「…ええと…その、オレたちは共に旅に出る
 つまり同じ時間を共有する事になるわけだ
 それで…そうなると、だ
 否応無しに四六時中一緒にいる事になるわけなんだが…」

「ええ、そうなりますね」


「そ、それで…だな
 オレたちの事情を踏まえて、だな…
 その…ほら、色々とあるだろう、人と竜の間には」

「はぁ…?」


 首を傾げるセオフィラス
 話の意図が掴めないらしい

 頼む
 察してくれ

 そう心の中で念じても、
 このセオフィラスという男は元々空気の読めない性分だ

 ノワールの心情など、さっぱり伝わらないらしい




「あぁ…心配しなくても大丈夫ですよ
 そんな釘を刺されなくても、
 旅中で王子の正体が竜だということを吹聴する気はありませんから」

「あ…あぁ、それは助かる…
 いや、そうじゃなくて…その…」


 何て言えば良いのだろう
 警告をしたくても、どのような言葉を選べば良いのかわからない

 彼の澄んだ瞳を前に露骨な表現は憚られる
 人の目は何故、こうも澄んで見えるのだろう

 不埒な下心を抱く竜の性を無言で責められている様な気がしてくる



「……オレたち竜は…だな……
 その、これはもう遺伝的なものなんだが…」


 言葉に悩む

 あまりにも露骨でストレートな表現をすると、
 その剣で再び斬りかかられるかも知れない

 剣の恐怖をその身で覚えてしまったノワール
 あまりセオフィラスを刺激しないような言葉を探す


 『食指が動く』というよりは、
 『惹かれる』という言葉を使った方が良いだろう

 人に惹かれるのは
 人を愛するという事は

 それはワイバーンとしての性なのだと
 それをいかにソフトな表現でセオフィラスに伝えるか…




「……あの…王子?」


 言葉が途切れたノワールに不審そうな視線を向けるセオフィラス

 否応無しに言葉を促されて、
 焦燥感に急き立てられる


「い、いや、ええと…つ、つまり、だな…」

 言葉が見つからない
 こうなったら仕方が無い

 せめて不快感を与えないように、
 気持ちを込めた姿勢で誠意と心意気を感じて貰おう

 もう、それしかない



「せ…セオフィラス…!!」

 彼の両手を掴んで握り締めると、
 ノワールはセオフィラスの目をしっかりと見つめる

 空気の読めない男でも、
 流石にここまですれば真剣な気持ちを察してくれたらしい


 真顔になると、真摯な瞳でノワールを見つめ返してくる

 真っ直ぐな視線を向けられて、
 途端に平常心を失うノワール

 もう心臓はバクバクと破裂しそうなほどに激しく鼓動を繰り返している



「そ、その…お、お、オレ…オレは…っ…!!」


 両手に力が入る
 緊張で頭の中は真っ白だ

 きっと、自分の顔は真っ赤に茹で上がっている事だろう

 逃げ腰になる自分を奮い立たせながら、
 ノワールは出来るだけ簡潔に自分の意思を伝えようとした


 自分は彼に惹かれている
 彼を想う気持ちに偽りは無い

 けれど、だからこそ距離を取りたいという事
 竜の遺伝子に深く刻まれたこの想いを理解して欲しい事を――…



「セオフィラス―――…」

「…は、はい…」


好きだ!!



 ………………。

 ……………………………。


 時が、止まった



 薄く唇を開いたまま硬直するセオフィラス

 そして…そんな彼を前に、
 熱に浮かされた頭が急激に冷えて行くのを感じるノワール

 赤く染まった頬は、見る間に血の気が失われて行く


「――――……。」


 …待て…

 オレは…オレは…っ…
 オレは今…一体、何を…っ…!!

 何を言いやがったオレはっ!?


 違う

 違う、違う…違うっ!!
 これじゃあ、まるで愛の告白じゃないか!!

 オレが伝えたかったのは、そういう事じゃなくて…っ!!




「ま、待て待て待てっ!!
 ち…違う、違うんだっ!!」


 告白をしに来たんじゃない
 自分は警告をしに来たんだ

 なのに…何故、こんな事に…っ!!


 確かにセオフィラスに惹かれてはいる

 それは紛れもない事実だ
 しかし――…だからと言って、こんな展開は望んでいない

 そういう意味合いで伝えたかったわけではないのだ



「い、いや、確かに好きな事に違いは無いんだが!!
 だが何というか…その、お前に見られるとドキドキして…
 それに何だかお前からは良い匂いがして、それに惹きつけられるというか…」


 ――――…って、ダメだ!!
 どんどん墓穴が深くなって行く!!

 話の内容が当初の目的から、
 とんでもない方向へと吹っ飛んで行く!!



「え、ええと…そ、そ、それでっ…!!
 つ、つまり―――…オレは危ないんだ!!


 ………。

 オレ…今、
 自分で変態宣言しなかったか…?



「ま、待て!!
 そういう意味合いじゃなくて…ええと…!!」


 どうしよう
 どうしよう、どうしよう…っ…!!

 もうズタボロ
 何をどう言えば伝わるのか

 このままじゃオレ、ただの危ない奴じゃないか…っ!!



 違うんだ
 別に、恋人になって欲しいとか…

 そういう下心があるわけじゃなくて!!
 い、いや、全く無いというわけじゃないけど…っ!!


 ただ、純粋な旅仲間として良好な関係を築く為に!!
 その為にお互いを理解し合って、程好い距離を取ろうと…!!

 それが互いの為になると伝えたかっただけなのに!!




 そう、そうなんだ!!

 だから告白をしたかったわけではなくて
 全てはセオフィラスと平和に安全な旅をする為に…!!

 でも、状況は正直言ってかなりピンチ
 このままでは距離を取るどころか亀裂が生じかねない


 な、な、何て誤魔化せばいいんだ…!?


 もっと健全に――…そ、そうだ、友情だ!!
 竜と人の間に失われた友情を取り戻そうと言う事で!!

 …よ、よし、そう伝えよう
 別に自分は恋愛感情を求めているわけではなくて!!


 心の絆を取り戻すためにも、
 まずは自分とセオフィラスの間に深い友情を芽生えさせようと!!

 そういう意味合いで『好き』だと言ったのだと伝えて誤魔化そう!!



「せ、セオフィラス…」

「……は…はい……」

「その…まずは友達から始めないか!?


 ………。

 あぁ……


 やってもうた


 何なんだ、この『お友達からお願いします』な展開は!!
 春風感じる青春モードに突入させてどうするんだオレは!!


 ほら見ろ
 セオフィラスの引き攣った表情を!!

 この、『誰かコイツを何とかして』的な視線を!!



「…ノワール王子……
 もしかして、用件って…夜這いですか…?」

「ち、ち、違う!!
 そこまで煮詰まってはいない!!
 まだ現時点では理性を押さえ込めているんだ!!」


「ちょっ…なんですか、
 その『まだ』ってのは!!」

「だ、だ、だって、仕方が無いだろう!?
 ワイバーンには人族に惚れる遺伝子が入ってるんだ!!」


「そ…そう言われても…」

「いや待て、そう怯えるな
 別にオレは開き直っているわけじゃないんだ」


 顔色を失って行くセオフィラスに焦るノワール

 彼を落ち着かせて安心させようと、
 言葉を選びながらゆっくりと語りかける




「オレにだって自制心や良心はある
 お前の意に沿わない関係を強要する気は無いんだ
 オレはお前に手を出さないように極力努力するつもりだ
 だからお前もオレを挑発するのは止してくれ」

「ち、挑発…って…」


「必要以上にオレに触れるなということだ
 意味深な言葉を掛けたり、無意味に近付く事も避けてくれ
 その事を了承してくれれば、オレもお前に何もしないと約束する」

「…お、王子…」


「だが、約束を違えてオレに挑発的な態度を取った時は…
 正直言ってお前の身の安全を保障することは難しくなる
 互いに良好な関係を保つ為にも、一定の距離を取って行動して欲しい」

「……はい…わかりました
 肝に銘じさせて頂きます」



 すんなりと頷くセオフィラス
 もう少し軽蔑の視線を受けるかと構えていた
 取り乱して剣を振り回されるという最悪の事態も想定していた

 しかしノワールの予想に反して、
 セオフィラスは驚くほど自然にその言葉を受け入れた

 その事に面食らうノワール


「……お前…もしかして、知っていたか?」

「…実は…セリ殿から…」

「そ、そうか…
 なんだ…知っていたのか…」



 ふっと力が抜けて行くのを感じるノワール

 じゃあ、あの気安いスキンシップは何だったんだ
 知っていながら、あんなにベタベタ触ってくるなんて


 こっちがどれだけ理性と葛藤していたと思っているのか

 そして、さっきまでの自分の苦労は一体…
 あんなに言葉を選んで恥をかきながらも頑張ったというのに…





「…あぁぁ…」


 力が抜ける
 怒りを通り越して、脱力感に襲われる

 そんなノワールを前に
 空気の読めない男はのんびりと言葉を続けた


「…じゃあ、乾杯でもしましょうか」

「…………は…?」

「だって、私たち友達になったんですよね?
 握手をしたらスキンシップになってしまうので、
 友情の杯でも交わすことにしませんか?」

「……………。」



 …確かに『友達からお願いします』発言はしたけれども
 この流れで、どうしてそうナチュラルに事を進められるのか


「私、もう一本ワインを持って来てたんですよ
 折角なので乾杯しましょう――…安物で申し訳ないですが」


 いそいそと道具袋を漁り始めるセオフィラス

 あぁ…マイペースだ
 いつの間にかセオフィラスのペースに巻き込まれている

 これが空気の読めない男の威力なのか




「ワイバーン族と人族の友情に乾杯♪」


 そう言ってワインに口付けるセオフィラス

 彼が一体何を考えているのか
 この男の脳内が計り知れない


 本当にこの男と旅に出て大丈夫なのか

 果てしない不安を感じつつ、
 勧められるがままにノワールもワインに口を付けた


 とりあえず、
 二人の友情に乾杯

 そして―――…


 …空気読めない男の鈍感力に完敗

 友情の杯は妙に甘く、
 しかし何処かほろ苦い味がした