「あぁ…!!
 この緊張感の無い顔と、
 締まりの無い身体に癒される…!!」


 ノワールの部屋に来るなり、
 その癒し効果を全身で満喫する俺

 暖かくてプヨプヨで病み付きになる




「…訪ねて来た第一声がそれか?」


 ぷにょん

 モチモチとした身体を突かれながら、
 ノワールは居心地の悪そうな声をあげる

 実際、居心地は悪いのだろう
 声にだんだん非難めいた抗議が含まれ始めてくる


 もしかしたら睨みも効かせているのかも知れない
 ……が、表情が表情なので全く効果無し

 全く怖くもなければ迫力もないので、
 遠慮無くぷにぷに揉み放題



「揉むな…揉むなぁ…っ!!
 一体、何をしに来たんだっ!!」

「揉みに来ました」

帰れ


「…ご機嫌伺いも兼ねてます
 ノワール王子ご機嫌はいかがですか?」

「やかましい」


 ぺいっ

 強引に引き剥がされる
 見た目はアレでも、腐っても竜

 力は普通の竜並みにあるらしい
 …だからといって特に恐怖心は湧かないのは表情のせいだろうか




「今の私には癒しが必要なんです」

「オレにそれを求めるなっ!!
 外で小動物とでも触れ合って来い!!」


「小動物は逃げるじゃないですか」

「オレだって逃げてぇわ!!
 大体、何なんだお前は
 いくら異形でもオレはれっきとした王子であって――…」


 うーん…

 口調と表情が合ってない
 このウルウルな瞳で『オレ』とか言われてもねぇ…



「…いっそ一人称を『のわるん』とかにしてみては如何でしょう?」

人の話を聞けぇ!!


「ほら、こういう時には、
 『のわるん話聞いてくんなきゃプイッ☆』
 ――…くらいの事は口に出来ないとイメージダウンですよ」

「これ以上王子としての威厳を損なわせるな!!
 そもそも、お前はオレをどういう方向に養成する気だ!?」


「外見と中身の釣り合いを持たせる事も大切ですよ?」

「だからって外見に合わせる事ないだろうっ!!」



「この容姿はもうどうにもならないんじゃないですか?」

「だああああああっ!!
 もうほっとけよ―――…っ!!」


 ぴよぴよぴよぴよぴよ…


 あぁ…興奮してピヨり始めた
 これはこれで可愛いなぁ…

 あの口調で喚かれるより、
 ピヨコちゃんの声で鳴かれる方がずっと似合う





「あぁ…癒される…」

「こらセオフィラスっ!!
 そこで頬を染めて悦に入るなっ!!」

「そ、そう言われてもっ…!!」


 あぁ…揺れてる…
 頭の花が左右に揺れてる…っ!!

 何て可愛いんだ―――…抱きしめたいっ!!
 これが…これが萌えという感情なのか…っ!?


 ぐっと両手のコブシを握り締め、
 初めて感じる身体の奥底から湧きあがってくる感情を噛み締める俺

 …無言でそんな俺を見つめてくるノワールにはこの際、気付かない事にした




  





「…いっそ、オレも人型に模すか……」

「人型にって…
 普通の人の形になれるんですか?
 腕は二本で指が五本なのが一般的ですが」

「その言い方が妙に引っかかるんだが…
 目の前にモデルもいる事だし大丈夫だろう」



「それでは私がアドバイスしましょうか?」

「そうだな…
 それでは人体の構造について聞こうか」


「…耳は三つで足は四本ですよ
 尾は二股に分かれていて色はピンクです
 髪の毛は陽が落ちると同時に小刻みに震えだすんです」

張り倒されたいか?



「人が親切に教えて差し上げているというのに…」

「人との交わりが途絶えて久しいとは言え、
 一応人に関する基本的な知識はあるんだっ!!
 お前の今の言葉には明らかな悪意が感じられたぞ!?」


「悪意だなんて人聞きの悪い…
 ちょっとした悪戯心と好奇心です」

「屁理屈言って開き直るなっ!!
 わけのわからん姿に変身したのを見て楽しむつもりだろう!?」



 …ちっ…バレたか…

 だって普通の姿だったら面白くないじゃないか
 何か一つくらい珍妙な特徴がないとノワールらしくない…


「今は個性の時代ですよ
 少しくらい冒険してみませんか?」

「お前の言いなりになると少しの冒険どころか、
 未踏の秘境を彷徨わされそうな気がするんだが」

「行き着く果てにはパラダイスがありますよ…たぶん」



「たぶんって言うな!!
 もういい、オレが自分で変身する――…」

「………じぃ―――――……」


「凝視するなっ!!」

「…でも、視線を感じた方が
 ノリが良くなりそうな気がしません?
 人に見られる事って快感ですよね」

「しないっ!!
 そんな趣味は無い!!」



「照れちゃって…
 恥ずかしがらなくても良いですよ」

「そういう問題じゃないっ!!
 いいからこっちを見るなっ!!」


「見られていたら変身出来ないんですか?」

「気が散るわっ!!
 終わるまで出て行けっ!!」


 ぺいっ



 摘み上げられて放り投げられる俺

 ドアのない巨大な穴ぐらなので、
 見事な弧を描きながら遠くへ吹っ飛んで行く


 …これ、鎧着てなかったら危なかったぞ…

 やれやれと起き上がると、
 そんな俺を覗き込んでくる小さな影が一つ





「……貴様は…何をやってるんだ」

「あっ…セリ殿」


 見上げるとそこには人間嫌いの毒舌美少年

 今日も不機嫌そうな顔だ
 眼の下にハッキリと残るクマが、
 不機嫌さに拍車をかけている


「…吹っ飛んできたように見えたのだが」

「ノワール王子に投げ飛ばされたんですよ」

「貴様…一体、何をやった?」



「そうですねぇ、何と説明したものか…
 『イヤん見ちゃダメ』『よいではないか』みたいなやり取りがありまして…
 結果的に私が王子に摘み上げられて放り投げられるという事に――…」

「何やってんだ貴様はぁ!!」


 うがーっ!!

 吼える美少年

 人の姿を模しながらにして、
 竜の片鱗を見た瞬間だった



「王子の愛嬌に理性が崩れました」

「お、襲われないように注意しろとは言ったが、
 だからって貴様の方から襲えと言った覚えはないぞ!?」


 額を押さえながらフラリとよろめくセリ
 どうやら少々激しい光景を想像したらしい

 …うん、若いってイイね




「め、眩暈がしてきた…
 いいか貴様、いくら外見がアレでも我が一族の王子なんだ
 今後一切、無礼な振る舞いは自粛するよう慎んで――…」

「さてこうしてはいられない!!
 早く王子の部屋に戻らなければ!!」

聞けぇ!!


 セリが引き止めようと腕を伸ばしたときには既に遅く
 セオフィラスの背は遠く彼方、小さくなっていた

 後を追うべきか、
 それとも何も知らなかった事にしておくべきか


「……か、かかわりたくない……」


 率直な本心

 くるりと方向転換すると、
 セリは何事もなかったかのように自室へ引き返した