ワイバーンの巣窟
 それはまさにアリの巣巨大バージョンと呼ぶに相応しいモノだった

 俺は二匹に案内された女王アリ――…もとい、
 キュウリ王の部屋で生きた心地のしない接待を受けてた



「…どうぞお召し上がり下さい
 生肉と泥水しかありませんが」


 嫌がらせか?

 目の前にはゴザの上に乗った何かの肉
 そして中途半端に濁ったヤバそうな水

 どちらも一口でトイレと仲良くなれそうな勢いだ




「貴殿の口に合うかどうかはわからぬが…」


 口に合う合わない以前の問題で、
 人体に影響があるか否かで判断して欲しい

 これが嫌がらせなのか、
 それとも純粋な好意なのかどうかすら微妙なところだ


 俺は給仕役と見られる竜の持て成しを断ると、
 そそくさとキュウリ王と向き合った

 とにかく本題に入らせてもらわないと埒が明かない



「ディサ国の使者よ、
 我々ワイバーン一族は貴殿らの要求を受け入れよう
 ディサ国と友好条約を結び、貴殿らの助力となることを誓う」

「キュ…いえ、ワイバーンの王よ感謝致します」


 良かった…
 思ったより早く帰れそうだ

 昇給万歳!!

 心の中でガッツポーズを決める俺
 しかし、そんな俺に水を差すキュウリ王







「…申し訳ないが、今すぐというわけには行かんのだ」


 焦らしプレイかよ
 やっぱりそう楽に事は進まないか…


「大まかな事はラキオバに聞いたと思うが…
 我々と人との間には決して深くは無い歪みが存在する
 貴殿らとの友好条約を全ての民が受け入れているわけではない、ということだ」

「…はぁ…まあ、そうでしょうね…」



「そこで、だ
 貴殿には申し訳なく思うが…
 まずは人に対し不信を抱いている者たちの信頼を得て欲しい」

「要するに何かやらせる気なんですね」


「…つまりはそういうことだ
 よくわかったな、予知能力でもあるのか」

「いえ、お約束的展開ですから」


 信頼を得るとか誠意を見せるとか大義名分を唱えて、
 厄介事や面倒毎を押し付けられるなんて良くある話だ


 大抵の勇者が通る道とも言える




「それで何をやらせる気ですか?」

「うむ…少々話は長くなるのだが、
 我々が神の怒りを買ったことはラキオバが伝えたと聞く
 それでは我々が担った罪により神々に呪われた事はご存知かな?」


 俺は無言で首を振った
 …呪いなんて初耳だ

 しかし何故だろう

 呪いという言葉に対して、
 あまりシビアなイメージが湧いてこないのは








「実は我らワイバーン一族は神の呪いにより、
 代々王族の第一子は必ず異形の姿で誕生する
 とても我らと同じ竜族とは思えぬまさに異形の姿だ

 そのような姿では王位を継ぐことなど不可能
 竜の姿を成さぬ異形の王に民は従わない
 それ故に我が一族は常に第二子、第三子が王位を継承してきた」

「はあ…」


 自分の子供が全く似ていない異形で生まれたら、
 やっぱり親としてはショックだろうな…

 思ったよりずっと深刻な呪いだ
 もっと笑えたりオチのある内容だと思っていた



「しかし我には第一子しか授からなかった
 この歳では第二子は望めない…我々は世継ぎを失ったも同然
 我がワイバーン一族は確実に滅びへの一途を辿っている
 これもまた神の意思と受け入れるか、それとも神に許しを請うべきか…」


 許しを請うって…

 謝って許して貰えるなら、
 そうした方が断然良い気がする

 ゴメンで済めば万々歳





「…ゆ、許しは今まで請わなかったのですか…?」

「我ら一族は罪を担ったその日から、
 一日たりとも許しを請わぬ日など無かった
 しかし―――…未だに神の怒りは治まらん」


 執念深いな



「我は常々思っていた
 我ら一族が許しを請うだけで足らぬのではないかと」


 元凶は俺たち人なんだから、
 ワイバーンが謝ったところで許しては貰えないのかも知れない

 神様もそれがわかってるなら、
 ワイバーンを呪わずに人を呪えば良いのに


 ……いや、それはそれで困るからダメか……







「つまり、我々人も――…」

「ああ…我らと共に許しを請うてくれまいか
 時間は掛かるかも知れないが、
 いつか神が我らをお許しになるその日まで」


 長丁場になりそうだな


「いや、許される日まで協力しないというわけではない
 ただ民の心を動かす為に貴殿も祈りの場へ向かって貰いたい
 共に許しを請うその姿を目の当たりにすれば民も心改めるだろう」

「そう…ですね
 わかりました、私も共に参ります」



「ありがたい…それでは頼む
 我々が神に祈りを捧げる場がある
 そこへ向かい、神へ許しを請うのだ

 本来ならば我が共に行くべき…
 しかし我は老衰により遠出は出来ぬ身
 歯痒い思いだが我が王子と向かって頂きたい」


 かなり老けてんだな

 ハッキリ言って爬虫類は年齢不詳
 喜怒哀楽の感情もイマイチ伝わりにくい



 あーあ…

 トカゲってだけで凄く嫌なのに、
 更に表情すらよくわかんない奴と遠出すんのか…

 ――――……って、


 遠出!?





「あ、あ、あの…王?
 祈りの場って…そんなに遠いんですか?」

「我々の歩む道は常に神の怒りが降り注ぐ
 神の怒りにより我々は空を失ったのだ
 …つまり、今の我々は飛ぶことが出来ない
 祈りの場へ向かう為には大海を泳ぎ荒野を歩かねばならん」


 泳ぐんだ…

 こんなのと海で遭遇したら泣くぞ俺は
 良かった…海上で遭遇しなくて本当に良かった…



「ローテーションを組んで随時祈りの場へ向かっているが…
 かなりの遠出でな、ちょっとした旅気分を味わうことが出来る」

「ワイバーンの歩幅で『ちょっとした旅気分』って…
 それは我々人の歩幅となると、どのくらいのスケールに…?」


「……ふむ……」

「……………………。」

「………あぁ、それでは王子を紹介しよう」


 露骨に誤魔化した!!




「ち、ちょっ…王っ!?」

「旅はな…旅は良いぞ…良いものだぞ…
 若いうちは特に旅をしておくべきだ…うん、うん」


 こらジジイ
 遠い目して語りだすな



「生きることは旅なんだ
 つまり人生とは―――…」


 人生語り始まった!!

 長くなる
 これは絶対長くなる!!

 老人の人生語りは酔っ払いの恋話より始末に終えないんだ!!



「…わかりました、わかりましたよ!!」

「そうか、わかってくれたか
 それでは王子を紹介するとしよう」

「……………。」


 とんでもないことになった
 果たしてこの先、どうなるのか全く予測不可能

 行き先不安とはこの事だろうか…